01 第二砦。~期待しているよ~
場所:第二砦
語り:小鳥遊宮子
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まだ朝になりきらない薄暗い時間。
メルローズから転送ゲートを抜けた私、小鳥遊宮子と、ターク様、マリルさん、エロイーズさんの四人は、第二砦の基地でガルベルさんに迎えられた。
戦火に飲み込まれたポルールと、その南にある谷の間に、現在の前線基地のある第二砦は位置している。
最初に目に入ったのは屋外に置かれた輿に集まる、たくさんの兵士達の姿だった。
美しい程に無表情な少女達が、厳重に警備された輿のなかで、しゃん、しゃん、と鈴を振っている。
「真ん中の彼女がミアさんですのよ」と、マリルさんが少し切ない顔で教えてくれた。
ギュッと唇を噛みながら、輿を見つめているターク様。大切な人が表情を失くしていく様子を、彼はいったい、どんな気持ちで見てきたのだろう。
「こっちへ来て。作戦を説明するわ」
私達は輿の前を横切って、第二砦のなかに案内された。
「今だ! 撃てー!」と、兵士達に合図を送る大きな声が、石の壁に響いている。
そこではたくさんの兵士達が、ターク様のお父様が作ったという魔導砲を、砲台からポルールで暴れている魔獣達に向けて撃ち放っていた。
兵士達に指示を出しているのは、なんとカミルさんだ。私達に気付いた彼女は、屈託のない元気な笑顔を見せながら駆け寄ってきた。
「おーい、ターク! やっとポルールに戻って来れたんだね!」
「カミル、どうしてここにいるんだ!?」
驚いた様子のターク様に、カミルさんは胸を張って答えた。
「えへへ。ガルベル様に連れてこられちゃった。第二砦は僕とアグス様に任せてよ!」
「いや、しかしお前、大丈夫か……?」
「平気平気。砦からは出ないし、イーヴ先生やフィルマン様もいるからさ。イーヴ先生、ファシリアの力で強さ十倍になってるからね! かっこよすぎて本当最高! 死んじゃうかと思ったよ!」
「うーん……興奮するのは分かるが、ケガするなよ」
鼻息を荒げて話すカミルさんに、ターク様は心配そうに眉を顰めた。そんな彼を見て、カミルさんはテヘヘと笑っている。
「ところで、アグス様には会えたの? 君、聞きたいことがあったんだよね?」
カミルさんがそう言った時、白衣姿の男が砦に入ってきた。
「父さん……」
緊張した顔で呟くターク様。
――この人がターク様を拘束して敵に引き渡したっていうお父さん……? やつれてるけど、ターク様によく似てるわ。
苦労を刻みつけたような深い眉間のシワは迫力があるし、ターク様にそっくりな切れ長の目も、なんだかミステリアスで悪役に見えなくもない。
物凄く寝不足のときのターク様といった感じだろうか。顔色が悪く、クマやシワがある分、ターク様より重症に見える。
ターク様の少し後ろから、アグスさんをこっそり観察していると、彼はターク様をスルーして、私に話しかけてきた。
「君がベルが言っていた青薔薇の歌姫か。歌うだけで皆の魔力を回復できるとは、全く素晴らしい力を持っているな」
「は、はひっ」
「私の魔道具を持ってしても、ミアでは回復量に限度がある。今日の作戦に君は欠かせない。期待しているよ」
「ひゃいっ」
――やだ。なんて渋くて優しい声。予想外すぎてメロメロになってしまいそうだわ!
焦って変な声ばかり出してしまう私を見て、アグスさんは、ターク様にそっくりの笑顔で楽しそうに笑った。
「ふ、はは。面白いな君は」
途端にターク様が私の前に立ち、アグスさんから私を隠すようにマントを広げた。
「父さん……ミヤコはあなたのものにはなりませんよ」
鋭い目付きでアグスさんを睨むターク様。アグスさんは驚いたように眉を上げ、歪んだ笑顔を見せた。
「はは。これは怖いな。泣いて逃げ帰ったガキだとは思えんよ」
「く……」と息を漏らしたターク様を置いて、アグスさんは出ていってしまった。思った以上に、二人の溝は深そうだ。
不機嫌そうに眉を顰めたままのターク様の顔を、カミルさんが覗き込む。
「ターク、そんなに食ってかかっちゃ、アグス様が可愛そうだよ。彼は君の為に全てをかけてるっていうのに」
「何の話しだ?」と、ますます眉をしかめるターク様。
「とにかく、今日の作戦を成功させて、坑道を取り戻そう。そうすれば全て分かるから。君ならやれるよ、ターク!」
「あぁ。もちろんだ」
ターク様がどんなに沈んでいるときも、彼の活躍を信じて疑わなかったカミルさんの力強い言葉に、ターク様はキリリと表情を整えた。
砦の砲台の向こう側には、体長六メートルの巨大な魔獣がうようよ蠢いている。
これから、このポルールを突っ切って、私たちは壊れた第一砦のある、沼地との境目まで移動しなくてはいけない。
ゴクリと生唾を飲んだ私の背中に、マリルさんが手を添えた。
第二砦に着いた宮子たちの目に飛び込んできたのは、無表情に兵士たちの魔力を回復する、ゴイムの姿だった。心を痛めながらも砦に入った宮子に、楽し気に話しかけたアグス。しかし息子との関係はかなりピリピリしているようです。
次回は五年前のカミルのお話です。アーシラの森で、精霊の闇に堕ちたカミルを発見したアグス。二人はどんな話をしたんでしょう。
次の投稿は二十日七時になります。




