10 ガルベル様の作戦。~飛び出した無数の魔法陣~
場所:タークの屋敷
語り:ターク・メルローズ
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「そんな訳でね、まずはやっぱり、第一砦を立て直そうと思うのよ。だけど、それにはどうしても、マリルンと歌姫ちゃんの力が必要なの!」
客室に移動したガルベル様は、私達に戦地の状況を語って聞かせ、マリルとミヤコの必要性を熱弁した。
彼女の作戦は、まず、マリルの燃える鉄壁で沼地からポルールへの魔獣の侵入を防ぎ、その間にポルール内の魔獣を一掃しつつ、第一砦を再建する、と言うものだった。
砦の再建はガルベル様が、魔獣の一掃はイーヴ先生とフィルマン様が他の兵士達と一緒に行う。
その間、マリルとガルベル様の魔力が尽きないように、ミヤコにはマリルの隣で歌っていて欲しいらしい。
「ね、簡単な作戦でしょ!? 二人の事は、何があっても私が守るから!」
ガルベル様がそう言うと、タツヤが険しい顔で立ち上がった。
「冗談じゃないですよ。みやちゃんをそんな危険な場所で歌わせるなんて」
「私も反対です。彼女は異世界の住人ですよ。これ以上この国の戦いには巻き込めません」
ミヤコとマリルは考え込んだように黙ったままだった。
「だけどね、これをやらない事には、ゼーニジリアスから秘宝を奪い取るなんて無理なのよ。あそこには特大の闇のモヤがかかってるでしょ? あれを取り除くには、ポルールを奪還して、坑道を使えるようにするしかないってアグスが言ってたわ」
父さんの言う事を盲目的に信じるきらいがあるガルベル様は、採掘場の再開が全ての問題を解決すると信じているようだった。
「つまり、その作戦を決行しないと僕達は日本へ帰れないと……?」
タツヤも神妙な顔で黙り込む。
――採掘場の再開であの沼地の巨大な闇のモヤが払えるなんて、意味がわからないな。
――父さんは採掘場を再開して金儲けがしたいだけじゃないか?
「アグスが言うんだから間違いないわよ」と、得意顔でそう言うガルベル様に、ミヤコが不思議そうに質問した。
「だけど、ターク様のお父様は、ターク様を敵に売ったんじゃないんですか……?」
そうだった、今朝私は、ミヤコに抱きついて、泣きながら彼女にそう訴えたのだ。
彼女の問いかけに、全員がポカンと口を開けて固まってしまった。
あれがカミルを守るためだったとしても、本当に父さんを信じていいのか、私には全く分からない。
私が事情を説明すると、ガルベル様は、しばらく黙り込んでから言った。
「もしかして、私やイーヴの悪口をゼーニジリアスに吹き込んだのもアグスなの?」
不満そうに唇を尖らせるガルベル様。どうやらゼーニジリアスは、主力全員の弱点を父さんに白状させたらしい。
「ガルベル様、ゼーニジリアスに会ったんですか?」
彼女は、今まで一向に姿を見せなかった彼が、自分達の留守にひょっこり現れた事に、かなり焦っているようだった。
「あいつ、第二砦が落ちない事に業を煮やして、いよいよ何か仕掛けるつもりじゃないかと思うのよ」
頭を抱えたガルベル様を見て、マリルが真剣な表情をする。
「よろしくてよ。ポルールの奪還は皆の願いですもの。わたくしにしか出来ない事があるのでしたら、わたくし、頑張りますわ!」
「マリル……待ってくれ。ポルールはお前が思っているよりずっと危険だ。私は……」
「ターク様、アグス様は貴方のお父様ですのよ? 悪い方な訳がありませんわ。もし、アグス様が何か悩んでいらっしゃるなら、その問題を解決するためにも、早くポルールを奪還しましょう」
マリルがそう言うと、黙っていたミヤコまで勢いよく立ち上がった。
「わ、私も行きます! 私の歌で、ポルールを奪還します!」
彼女も時々妙に威勢がいい。私は頭から血の気が引いていくのを感じながら、ミヤコを見上げた。
「ミヤコ……待ってくれ、もうそれは言わないって約束したじゃないか……」
「黙って出て行くターク様との約束なんて、知りません!」
ミヤコは口を尖らせて私から目を逸らした。今朝の事で、彼女はまだ怒っているようだ。
――だからって当てつけにポルールへ行こうなんて……。
私が頼るようにタツヤを見ると、タツヤもただ青くなってミヤコを見上げていた。
「こうなったら手がつけられないんだよね」みたいな事を考えていそうな顔だ。変なところが自分にそっくりで気持ちが悪い。
頭を抱える私の肩に、ガルベル様が手をかけて言った。
「タッ君、貴方は何でも一人で背負いすぎなのよ。心配なのは分かるけど、二人の力を信じてみて? 彼女達は凄い力を持っているわ。タッ君に守られてばかりじゃないのよ」
「また何か、僕に呪いをかけるつもりですか?」
私は肩に乗せられた彼女の手を振り払い、立ち上がった。
「貴女は……僕を戦地に行けなくしておいて……ポルールで彼女達が危険に晒されながら戦っている間、のんびり屋敷で待っていろと言うんですか!?」
「タッ君……、ちょっと落ち着きなさいよ」
「マリルもミヤコも、守るのは私だ! もう呪いなんて冗談じゃない!」
私は力の限りに叫んだ。
次の瞬間、私の身体から、白く光る無数の魔法陣が飛び出し、空中で大きく広がったかと思うと、パリンパリンと音を立て、割れるように消え去った。
身体中のあちこちが裂け、勢いよく血が吹き出す。それは本当に、とにかく凄い衝撃だった。
「あらやだ。暗示が解けたわ」
「まぁ! 何ですの!? この恐ろしい封印魔法の数は! 酷すぎます! こんなの、悪夢としか思えませんわ!」
私を憐れみ叫ぶマリルの声を聴きながら、私は顔面から床に倒れた。
いったいどれだけ強力に暗示をかければ、これほどの魔法陣が身体から飛び出すのだろう。私はまさに、がんじがらめにされていたのだ。
「ターク様! しっかりしてください……!」
ミヤコの慌てる声が聞こえる。
――私は、もう、ポルールに行けるのか?
次第に意識が遠のいて、私はそのまま、気を失ってしまった。
マリルと宮子を組み込んだポルール奪還作戦を話すガルベル。二人を心配して反対するターク様と達也ですが、マリルと宮子はやる気を見せます。ガルベルに肩に手をかけられ怒ったタークは自力で自分に掛けられた暗示を解いてしまいました。
次回、倒れたターク様の眠る傍で神妙な様子で話し合う宮子とマリルと達也。そんな中ターク様は寝ぼけて……。




