09 降ってきたマリル。~なぁに?また修羅場なの?~
語り:ターク・メルローズ
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――父さんは結局、私をゼーニジリアスに捕まったカミルの身代わりにしたかっただけなのか……?
訓練所でカミルを問い詰めた後、やはり本人に確認しようとメルローズ本邸に立ち寄った私、ターク・メルローズは、屋敷に背中を向け、大きなため息をついた。
父は外出中だとメイドに追い返され、また会う事が出来なかったのだ。
あの記憶が蘇った時は、正直父が金のためにゼーニジリアスに協力し、戦いを長引かせているのかと思ったが、やはりいくらなんでも、そんな事はないと思いたい。
――いや……あり得るか?……うーむ、まさかな……。
確かに父は金の亡者と囁かれてはいるが、いつもヨレヨレの研究服を着て研究に没頭している父が、いったい何に金を使っているのか、私には見当がつかなかった。
頭の中で堂々巡りを繰り返しながら、私は一人、王都を彷徨う。
ミヤコの歌のおかげで、あちこちの広場で治療を求め、集まっていた怪我人達は、殆どその姿を見なくなった。
気が立っていた人々も落ち着きを取り戻し、街は随分平和に見えた。
――つい黙って出てきてしまったが、ミヤコ、怒っているだろうか……。
私は彼女の好きなお菓子の缶をいくつか買ってメルローズに引き返した。屋敷に着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
戦いが始まる前は魔力で明るく光っていた町の街灯は、最近は微弱な光を放つのみだったが、ミヤコが魔道具に魔力を供給するようになってから、メルローズ領の夜も随分明るくなり、安心して歩けると領民からも喜びの声が聞こえていた。
彼女が居なくなった後のこの国を想うと、ため息を漏らさずにはいられない。
屋敷の門をくぐり、馬を降りると、私は領主用の入り口に向かった。入り口の前には、何やら話し込んでいる様子の、ミヤコとタツヤの姿が見える。
私が近づくと、私に気付いたタツヤがミヤコを抱き寄せながら、眉を顰めて私を睨んだ。
「こんな場所でなんなんだ」
私が思わず呟くと、ミヤコがタツヤを押し離して振り返った。その瞳は涙に濡れ、まるで一日中泣いていたかのように腫れぼったい。
「ターク様……あんなに心配させておいて、黙って行っちゃうなんてあんまりです……!」
「ミヤコ……」
私は手に持っていた菓子の缶を落としながらミヤコに駆け寄った。しかし、タツヤが私の前に立ちはだかる。
「ターク君……みやちゃんには触れさせない」
私が思わず唇を噛んだ時、頭上から「キャー!」と甲高い叫び声が聞こえ、私達は空を見上げた。
「なんだ?」
目を凝らすと、箒にまたがったガルベル様が、マリルを抱き抱えて空から舞い降りてくる所だった。
星空にフリフリしたスカートが広がって、白いペチコートが 丸見えになっている。
思わず目をそらした私とタツヤの前に、ガルベル様は降り立った。
「なぁに? また修羅場なの? 歌姫ちゃんの取り合いはいい加減にしたら?」
マリルを抱えたままだと言うのに、あまりにも無神経な発言に背筋が凍りつく。
「取り合いはしてません」
「あら、もう諦めたのね」
「く……」と息を漏らした私の前に、ガルベル様はマリルを突き出した。
「タッ君、私、やっぱりマリルンと歌姫ちゃんを連れて行くわ」
「はい!?」
「えっ!?」
ガルベル様の発言に私とタツヤが同時に声を上げると、マリルは大きな目を更に見開いて、私達を交互に見た。
「ターク様が、二人いる……」
「あら、またその説明から始めなきゃいけないの? タッ君、婚約者には何でも始めに報告しておかないとダメでしょ?」
「ガッ……ルベル……様、あの……僕、マリルとは……」
「何なの? 浮気してるのかと思っつたら、まさか貴方達、別れたの!?」
ヒステリックな声で叫ぶガルベル様に、頭がクラクラして、思わず屋敷の壁に手をつくと、ミヤコが私に駆け寄った。
「ターク様、大丈夫ですか? ガルベルさん、もうやめて下さい。ターク様の心が砕け散ってしまいますよ!」
泣きはらした目でガルベル様を睨むミヤコ。
「それに、ターク様は、浮気なんてしてません!」
ミヤコの叫びに、私の胸は貫かれたように跳ね上がった。
――た……多少、定かではない面はあるが、少なくともマリルに振られるまでは、私は彼女を裏切っていない。
壁に手をつき傾いたまま、私が引き攣った顔を上げると、なぜかタツヤが口を挟んだ。
「マリルちゃん、ターク君は、驚くほど君を大切にしていたよ。心の中で見てた僕が言うんだから間違いないよ」
「貴方が……異世界から来たタツヤさんですの? ターク様から出ていらっしゃったんですのね」
意外と落ち着いた様子のマリルを見て、少し胸をなでおろす。
タツヤの奴、私から出られたからと、私とマリルを復縁させようと思っているのだろうか。
――とりあえず浮気の疑いが晴れて良かった。しかし……。
「ガルベル様、マリルとミヤコを連れて行くって、どう言う事ですか? その話は終わったはずです!」
私が気を取り直して声を上げると、ガルベル様はうんうんと頷くように首を振った。
「当然、説明が必要よね。とりあえず客室に移動しましょう」
自分を心配し、泣いていた様子の宮子に駆け寄るターク様ですが、達也に阻まれ近づくことが出来ません。そんな二人の頭上からマリルを抱えたガルベルが降りてきました。ガルベルの無神経な発言にひやひやするターク様でした。
次回、ガルベル様は、宮子とマリルを巻き込んだポルール奪還作戦を話し始めます。
次の投稿は十九日十一時になります。




