08 姿を見せたゼーニジリアス。~いったい誰がそんな事を…?~
場所:ルカラ湿地帯
語り:イーヴ・シュトラウブ
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ポルールに戻った私、イーヴ・シュトラウブとガルベル様は、魔獣の溢れる街の真んなかで、鬼の形相で大剣を振り回すフィルマン様を上空から見下ろしていた。
「なんて迫力だ。さすが英雄フィルマン様!」
「だけど早く加勢しないと、耄碌ジジイだけでは第二砦が危ないわ!」
巨人族のフィルマン様でさえ、小さく見えるほどに魔獣は大きい。
空から雷を落とし加勢していると、背後から「チッ」と舌打ちをする音が聞こえてきた。
「お前は!?」
私の背後に浮いていたその男は、銀色の長い髪を揺らめかせ、赤い瞳で不敵に微笑んでいる。
「まったく、引退したじじいだと聞いていたのに、なんなんだあの巨人は。私の魔獣が可哀想ではないか」
とっさに何十本もの電撃剣を撃ち込んだが、男は目にも止まらぬ速さで移動し、それを躱した。
「まさか、お前、ゼーニジリアスか!?」
私の問いかけを無視するかのように、空中に手をかざした彼は、黒いモヤのかかった大量の槍をフィルマン様に向かって飛ばしはじめた。
大剣でそれを弾き返すフィルマン様。しかし、このままでは状況が非常に悪い。
ファシリアが風の刃を銀髪の男に飛ばしはじめると、男はようやくこちらを向いた。しかし、風の刃は男の手前で止まり消えてしまった。
「チッ。ファシリアか。面倒だな。お前は私の好みじゃない。あっちへ行け。それに、お前が飛べるなんて聞いてないぞ、イーヴ」
まるで私たちを知っているかのように話す男。見た目はなんだか白っぽいが、その赤い瞳には深い闇を感じる。
「いまなら攻めきれるかと出てきてみたが、はー、面倒だ。いい加減、諦めてポルールを私に引き渡したらどうだ?」
「ふざけるな! 名を名乗れ! お前がゼーニジリアスか?」
「見てわからないか? 見た目より少しバカだと聞いていたが本当のようだな」
「なんだと!? いったいだれがそんなことを……」
向きを変えこちらに飛んでくる槍を風になってかわす私。
ゼーニジリアスの苛立った舌打ちが聞こえてくる。
「なるほどファシリアと契約したのか。面倒だな。一旦帰るとするか」
ゼーニジリアスはそういうと、私たちに背を向け沼地に向かって飛びはじめた。
「イーヴ! 追いかけるわよ! 秘宝を取り上げてやりましょ!」
箒で飛びながらゼーニジリアスに向かってファイアーボールを投げまくるガルベル様。
それが彼の髪に当たり、毛先が少し焦げると、彼は止まり、くるりとこちらを向いた。
「大魔道師ガルベルか。私に攻撃を当てるとは。やはり一番厄介なのはお前だな」
「知ってるなら二度と来ないでちょうだい! いますぐポルールへの攻撃をやめないと、そのキザな頭、ハゲにしてやるわよ!」
「なにを言う。ポルールは水の精霊アクレアが治めている場所だ。ここだけじゃない。ベルガノン王国の全域が本来ならアクレアのもののはずだ。あとから来て勝手に住み着いたのはお前たちだろう。そしていま、アクレアは私のものだ。つまりここも私のものだ。お前たちが退くのだ」
「なにを言ってるの? その水の精霊があの闇を吐き出してるんじゃないの? さては、あんたが闇に突き落としたのね!?」
「人聞きが悪いな。私たちは愛しあっているだけだ」
そう言ってニヤリと笑うゼーニジリアス。ガルベル様の投げるファイアーボールは彼を避けるように軌道が曲がってしまう。どうやら、秘宝の力を使いバリアを張っているようだ。
「ポルールを奪ったってダメよ! 砦はまだまだたくさんあるんだからね! 早く魔獣を連れて帰ってちょうだい!」
「はたしてそうかな? そこの鉱山はお前たちの経済活動の要だろう。長く使えないままでずいぶん国力が低下したんじゃないか? だが私たちの生み出す魔獣は無限だ! 我々の進軍を止められなくなるのも時間の問題だな」
「忌々しいやつね!」
悔しそうにゼーニジリアスを睨むガルベル様。秘宝に込められた大量の魔力を前に、さすがの彼女も少し怯んでいるようだ。
「ガルベル、きみは先の戦争の英雄なんだってな。そんなナリをしてるが本当はおばあちゃんなんだろ? きみが本当の姿を晒しながら私に泣きついてくる日が楽しみだよ」
「なんですって!? いったいだれがそんなことを! これは私の本当の姿よ! まったく、バカにして!」
ガルベル様の激しい攻撃に眉ひとつ動かさず、ゼーニジリアスは余裕な顔でガルベル様を挑発した。
ガルベル様の年齢の話は、彼女を動揺させるのに一番効果がある。どうやら私たちの情報を、ゼーニジリアスに売った奴がいるようだ。
「ガルベル様、深追いは危険です。この奥は闇のモヤが深い。迷い込んだら奴の思う壺ですよ!」
私の呼びかけにガルベル様が止まり、ゼーニジリアスは沼地を覆う黒いモヤのなかに消えていった。
「なんなのあいつ! あんな魔獣が無限に出せるなんてズルすぎない!? このままじゃ本当に第二砦を壊されちゃうわ」
ヒステリックに叫ぶガルベル様。確かにこのままではジリジリとこちらの不利になっていくのは間違いない。
魔獣を生み出しているあの闇のモヤを取り払わないことには、戦いの終結はもとより、逃げ去ったゼーニジリアスを探すことも難しい。
しかし、いまやこの広い沼地の半分を覆い隠している闇のモヤを取り払うことなど、だれにできるというのだろうか。
「とにかく、早くポルールを取り返しましょう。採掘の再開が、問題解決への一番の近道だってアグスも言ってたわ」
「鉱山ですか……。確かに国力の増強は大事ですが少し悠長すぎませんか……?」
「向こうもものすごく慎重だわ。だけど、急に姿を見せるなんて、なにか企んでる可能性が高いわね」
「うーん。坑道は魔物だらけで、すっかりダンジョン化しています。いまの戦力では第二砦を守るのが精一杯で、坑道まで手が回りませんよ……」
「まずは第一砦を再建するのよ。やっぱりもう一度王都に戻るわ。あの子たちの力が必要よ」
「タークがまた怒りますよ……」
「イーヴ、あなたはここをお願い」
ガックリと肩を落とした私を置いて、ガルベル様は一人、街へ飛び去ってしまった。




