01 退屈!~全てを禁止されたゴイム~
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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ターク様の部屋に一人残された私、小鳥遊宮子は、ベッドの上で暇をもてあましていた。
「なにもせずに寝ていろ」と言われてから、もう三時間近くたっているだろうか。
サーラさんも仕事に戻ってしまい、一応寝ようと頑張ってみたものの、少しも眠くならなかった。
身体はまだあちこち痛いけれど、じっとしているのはどうも落ち着かない。
――ターク様のベッドが、派手過ぎるからかなぁ~。
ベッドを抜け出した私は、バスルームで自分の顔を眺め、大きなため息をついた。
右のおでこから瞼にかけ、紫とも茶色ともいえない痛々しい色に変色し、こんもりと膨れている。
もともとぱっくり割れていたことを思えば、これでもかなり綺麗にはなっている。
けれど、顔のケガに気が滅入ってしまうのは、女子なら仕方のないことだ。
ターク様は「心配いらない」と言ってくれたけれど、昨日の恐怖とこの先の不安はなかなか拭えなかった。そもそも、ターク様が面倒を見てくれると言ったのも、所有者が見つかるまでの話だ。
――なにかしていないと、余計に嫌なことばかり考えちゃうわ。
私が鬱々としているその間も、メイドのアンナさんは忙しそうだった。私に着替えを持ってきてくれたり、あちこち掃除をしたりしている。
――私は奴隷のはずだけど、こんなお客様みたいに、まったりしてていいのかな?
忙しそうなアンナさんを見ていると、余計に不安になってくる。
私は思い切って、書庫で本の整理をしていた彼女に声をかけた。
「あの、なにかお手伝いできることはないでしょうか?」
だけど、アンナさんはサーラさんと違い、かなりとっつきにくい。
落ち着き払った眼差しで、チラリとこっちを見たかと思うと、迷惑そうに私から目をそらした。それは少し、冷たいと感じるくらいの態度だった。
「ご主人様から、あなたになにもさせるなと言われてます。あなた、まだ顔がひどいですよ。じっとしていてください」
「そ、そうですよね……」
あまりはっきり「顔がひどい」なんて言われると、つづく言葉が出てこない。彼女といい、ターク様といい、少し無神経なタイプなのだろうか。
だけど、これくらいで引きさがるわけにはいかない。なにかやることを見つけないと、暇すぎて気力が奪われてしまう。
――そうだ、お料理はどうかな。クッキーを作って、ターク様やメイドの皆さんにお礼をするのは……?
仕事の手伝いはダメでも、一人でなにかしている分には、問題ないんじゃないだろうか。そう思った私は、勇気を出してもう一度彼女に声をかけてみた。
「あのう、じゃあ、キッチンをお借りできませんか?」
しかし彼女は、食い気味に「無理です」と言っただけで、振りかえってもくれなかった。
「はい……」
――ただ、少し恩返しができたらと思ったんだけど、まだ時期が早いのかな。
しょんぼりしていると、アンナさんが手を止めて振りかえった。
「ミヤコさん、本当にあなた、記憶がないのね? ゴイムは基本的に、所有者が許可しないかぎり全てが禁止ですよ」
「えぇ!?」
「あなたのご主人様がだれだか知らないけど、許可する人がいないんだから、全て禁止ですよ。ここのご主人様にだって、それはどうすることもできません。許可を求められても困ります」
「そ、そうなんですか……?」
彼女は「そうです」とだけ言うと、また忙しそうに手を動かしはじめた。
――全てが禁止って、そんな、理不尽な……。
もっと詳しく聞きたい気持ちはあったけれど、これ以上仕事の邪魔をするのも悪い気がする。
まだあちこち痛いのも事実だし、悪くして、懸命に治療してくれているターク様に、迷惑はかけられない。
思いなおした私は、諦めて大人しくしていることにした。
――窓の外でも眺めていよう。
それからは私は、メイドさんたちの邪魔にならないよう、バルコニーから外を眺めていた。書斎の隣の客室にある、ちょっとおしゃれなバルコニーだ。
窓の外は見知らぬ世界だった。
屋敷の周りは、広々とした庭園になっていて、すぐ下にはステキな噴水のある広場が見える。
坂の向こうには、赤い瓦屋根の小さな家が立ち並ぶ可愛らしい街が見え、その向こうには砦と大きな川が見えた。
屋敷に出入りする人々の出で立ちは、遠目でもここが異世界であることがわかるものだった。
基本的には、シンプルなワンピースや、チュニックなんかを着ている人が多い。だけどときどき、鎧姿の人や、ローブ姿の人が、剣や杖を持って歩いていたりもする。
それから驚いたことに、猫のような耳が生えている人の姿も見えた。あれはもしかして、獣人というやつだろうか。
できれば外に出て、もっと近くで見てみたかった。
バルコニーが飽きると今度は、ベッドルームの窓から外を眺めた。
バルコニーとは方向が違うその窓からは、青々とした畑と、大きな森が見えた。
暇な私は、もっと遠くの、外の世界にも想いを巡らせた。
この世界に迷い込んでから、私はまだ、地下牢とターク様の部屋くらいしか見ていない。
だけど、この世界にも街があり、国があり、異国があり、世界はまだまだ広がっているようだ。
それも、世界の何割かの人は魔法が使え、街の外には魔物が出たりするような不思議な世界だ。
――どうせならもっと、観光気分で外を見て回りたいな。
――なんだか、一日がとても長いわ……。
ため息ばかりが口からこぼれて、吐き出した空気で部屋が淀んでしまいそうだ。
せっかくなら楽しいことを考えようと、一応努力もしてみた。
だけど思い出すのは、いなくなった幼なじみ、達也のことばかりだった。




