07 闇に堕ちたカミル。~ピカピカのタークは気に入らない~
場所:アーシラの森
語り:カミル・グレイトレイ
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メルローズ本邸にある練習場を抜け出した僕は、一人アーシラの森に来ていた。
僕が考えた作戦はこうだ。
スアの実をいくつか見つけたら、それをエサにしてタークのやつを練習場に誘き出す。そして、油断してるところをカーンと一発くらわせてやるんだ。決め台詞は、「イーヴ先生の一番弟子の座は僕がいただいた!」がいい。
そしたらあいつも、少しは身を入れて練習する筈だ。サボったことを謝ったら、スアの実を食べさせてやってもいい。
――タークはどんな顔をするだろう。悔しがるかな?
――スアの実を見たら、喜ぶかな?
そんなことを考えながら、僕はどんどん森の奥に入っていった。
こう見えても僕は森には慣れている。なぜなら僕は、小さいころからときどき、こっそりイーヴ先生のあとを追っているからだ。
僕はイーヴ先生の全てが大好きだ。あの美しすぎる顔も、優しい声も、かっこいい魔導の剣技も、僕たちみんなを愛してくれるところも。
それに、先生は僕がケガをすると、いつもあたふたして泣いちゃうんだ。可愛いよね?
僕は、ずっと、そんな先生を見ていたかった。
イーヴ先生は、ポルールの戦いが始まるまで、シュベールさんに会うため何度も森に来ていた。僕はその様子を、美しいなって思いながらずっと木の影から眺めていたんだ。
女神様みたいに綺麗なシュベールさんと、金色の髪と神秘的なグリーンの瞳をもつイーヴ先生は、本当にお似合いに見えた。
もし、イーヴ先生がシュベールの加護を受けてたら、タークよりずっと似合ってたって思う。
先生なら美しいまま、永遠を生きるのもいいかもしれない。だって先生は、特定の人のものにはならないから。
だけどシュベールさんは、なぜかタークに癒しの加護を渡してしまった。
彼女が真っ黒になって、それでも変わらず森に通いつづけるイーヴ先生を、僕はやっぱり追いかけた。
先生にバレない僕の潜伏魔法はかなりすごいでしょ? ウォーターイブルの透明化は気配だって消せるんだ。
だから僕は知っていた。
あの癒しの光が本当は呪いだってこと……。
そして、あの優しいイーヴ先生が、いつかタークを殺すため、あの遺跡の鍵を隠し持っていることも。
だけど、先生はきっと、タークを殺せないだろう。先生は愛する弟子を殺せるような人じゃない。
たとえ、あの寂しがり屋のタークが、孤独と苦しみのなか、永遠を生きることになったとしても……。
だけど僕は、おばあちゃんになってから、若くてピカピカのタークに見送られるなんてゴメンだな。あいつがピカピカなのはどうも気に入らない。ミアだってきっとそうだ。
それなのに、タークはもう、すっかりあの光を受け入れてしまっている。
いつもそうだ。あいつはなんだって自分のなかに受け入れて、大切にしてしまうんだ。
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気がつくと僕は、精霊の遺跡に来ていた。
この遺跡は、この場所を知り、力を欲するものを強力によび寄せる。
僕も何度か、頭に響く声によばれ、吸い寄せられるようにここに来ていた。
「シュベールさん、タークを殺す以外に、あいつから光を取りあげる方法はないの?」
鬱蒼と繁る背の高い草の影から、彼女が僕の様子を伺っていることに、僕は気づいていた。
「カミル、また来たのね。坊やを救うのは諦めたほうがいいわ。あなたが闇に堕ちるだけよ」
おずおずと現れた彼女は、もう闇のモヤを放ってはいなかった。光を失い痩せこけて、かつての美しさは失われていたけれど、彼女はしっかりした口調で話していた。
「きみ、もうすっかり闇を乗り越えたんだね」
「そうね。ファシリアとイーヴのおかげよ」
ボサボサの髪の隙間から、大きな窪んだ目を覗かせて、シュベールさんは儚げに微笑んだ。彼女はいま、失った癒しの力を必要としているはずだ。
「癒しの光をきみに戻すことはできないの?」
「そんなの無理よ。力の移動には大きな愛が必要だもの。きっとタークは私を憎んでいるわ」
「シュベール、タークはきみを憎んだりしないよ。ねぇ、タークに会ってあげて!」
僕は彼女を説得しようとしたけれど、彼女はゆっくりと首を横に振った。
「私はあの坊やに呪いをかけ、イーヴやあなたに遺跡の鍵を渡し、タークを殺せとけしかけたのよ? 可愛い坊やに愛されるわけがないわ」
「なら僕が、秘宝を使ってタークを殺してもいいの!?」
「やめておいたほうがいいわ、カミル。あなたが傷つくだけよ。あなただって、坊やを愛してるでしょう?」
シュベールが突拍子もないことを言い出すものだから、僕は驚いて思わず赤くなってしまった。
「ち、違う! 僕が好きなのは、イーヴ先生だ! 僕はイーヴ先生を助けたいだけだ!」
僕はそう叫んで、一年前にシュベールから渡された鍵を使い、遺跡のなかへ駆け込んだ。
△
遺跡のなかは、秘宝を守る闇魔導師と魔獣の巣窟だった。僕はウォーターイブルを使って、スルスルと遺跡の奥へ入り込んだ。
秘宝によび寄せられ、たどり着いたその場所には、石の台座にセットされた、禍々しい黒い宝石が飾られていた。
僕は秘宝を手にとって叫んだ。
「お願い! タークを元に戻す方法を教えて!」
途端に周りにいた闇魔導師や魔獣たちが僕に気付き、一斉にこっちを見た。
――しまった。ウォーターイブルは声を出すと効果が切れるんだった!
「ひぃっ」
僕は青ざめて尻餅をついた。手に持っていた秘宝が遠くへ転がっていく。魔獣たちが僕目掛けて飛びかかり、もうダメだ……と思ったとき、黒いモヤの塊が飛んできて、僕に絡みついた。
「うぁあぁ! 嫌だ、なにこれ!」
僕は黒いモヤに包まれ、遺跡の外に引きずり出された。緑の風が僕の周りを吹き抜けていく。
――なにかに助け出された?
その時僕は、そんなふうに思った。
そして僕は、ふらふらしながら森のなかを彷徨って、必死にその場から逃げ出した。ピリピリとひび割れを起こす僕の体から、どんどん闇が噴き出してくる。
「お前……カミルか……? その姿……いったいどうしたんだ……」
黒いモヤを吐き出しながら、森を彷徨う僕に声をかけたのは、タークの父、アグス・メルローズ伯爵だった。
実は何度もイーヴ先生を尾行していた様子のカミル。彼女は先生の秘密を知っていただけでなく、彼女自信もシュベールから遺跡のカギを渡されていました。
遺跡に踏み入り、秘宝を使ってしまった彼女の前に現れたのは、タークの父、アグスでした。この続きは十二章でお話しします。
次回、ポルールに戻ったイーヴとガルベルのもとに、ついにあの男が姿を見せます。




