06 辛気臭いのは嫌い。~ターク!君ってやつはぁ!~
場所:メルローズ本邸
語り:カミル・グレイトレイ
*************
――五年前、王都にあるメルローズ本邸にて。
僕はカミル・グレイトレイ。世界一かっこいいイーヴ・シュトラウブ先生のもと、魔道剣士を目指して修行中の十三歳だ。
だけど、半年前から始まったポルールの戦いのせいで、イーヴ先生は戦場に出かけたまま帰ってこなくなってしまった。
僕とタークはいま、先生に言われたとおりの練習メニューで、自主練習の日々を送っている。
練習場は、メルローズ家本邸の広い敷地内にあった。
当主のアグス様が、一人息子のタークのために準備した場所だ。
たとえ先生がいなくても、僕は立派な魔道剣士になるため、努力は惜しまない。先生が戻ったら、成長した僕を見てもらって、思いっきり褒めてもらうつもりだ。
だけど、兄弟子のタークときたら、最近全然気合いが入っていないんだ。
今日も堂々と練習を抜け出したかと思ったら、またミアと一緒にサボるつもりみたいだった。
△
僕は得意の透明化スキル、ウォーターイブルを発動しながら、こっそりとタークの様子を伺っていた。あいつのせいで、僕まで練習に身が入らないのは本当に迷惑だ。
ふらふらしながら屋敷から出てきたミアを、タークが出迎えている。
――好きな子に会うっていうのに、またずいぶん辛気臭い顔をしているな……。
そんなことを考えながら、二人の会話を盗み聞きする僕に、タークはまったく気が付かない。
「ミア……またそんなにふらふらになって……。どうして父さんはきみにこんな酷いことをするんだ……」
「ターク様、これは私がアグス様にお願いしていることです。どうかアグス様を責めないでください」
「どうしてなんだよ……ミア……!」
――あー! なんて切なくて情けない声を出してるの? ターク!
僕は背中がゾワゾワして、一人で頭をかきむしった。タークは神童なんてよばれているイーヴ先生の一番弟子で、僕の唯一のライバルだっていうのに、なんだかちっともカッコよくないんだ。
それに、僕が思うに、ミアが好きなのはタークじゃない。もしタークのことが好きなら、あいつにあんな顔はさせないはずだ。
思ったとおり、ミアはタークから目を背けた。
「ターク様はいま、剣の練習の時間の筈です。私にかまわず行ってください」
「嫌だよミア、父さんのところにはもう行かないで……」
タークはますます切ない声を出して、屋敷に戻ろうとするミアを抱きしめた。アグス様のサキュラルで弱ったミアを、癒しの光で回復するつもりらしい。
――練習をサボって好きな子とイチャイチャしてるなんて、不死身の神童はいいご身分だよね、まったく。
そう思いながらも、僕は大きなため息をついた。
アグス様がどうしてミアをゴイムにしてしまったのか、僕だって疑問だったんだ。
以前はすごく優しかったアグス様が、最近はすっかり人が変わったみたいになってしまった。
ミアは確かに、無尽蔵な魔力の持ち主だけど、これじゃタークがあんまり可愛そうに思える。
タークがミアを好きなことは、この屋敷にいる皆が知っていることだ。
タークはもともとすごく人懐っこいやつだったけど、ミアといるときはとにかくニコニコして、優しくして、好きな気持ちを隠そうともしなかった。
アグス様がそれを知らないわけもないのに。
――まぁ……タークのことなんてどうでもいいんだけどね。
僕はいつまでもミアを抱きしめているタークに呆れながら、だれもいない練習場に戻った。
△
タークが練習しないなら、僕にとっては好都合だ。いまのうちにいっぱい練習して、僕がイーヴ先生の一番弟子になればいい。
僕は一人、水属性魔法の練習をはじめた。
――だけど、あんな奴に勝ったって面白くないかもな。
――うまくやって一撃くらわせたってどうせ不死身だし……。どう考えてもあれはずるいよね。
僕はそんなことを考えながら、上空に向けアクアボールを次々に放つ。
――あー! まったくつまらない!
そう思ったとき、自分が放ったアクアボールが僕のうえに降ってきた。ぼんやりしてる間にサイズが膨れあがって、小さい池ならひとつで満水にできるくらいに大きくなっている。
「うぁぁ! イタタタ!」
バシャーン! と水面に叩きつけられたような衝撃が走り、仰向けに倒れた僕は、全身ずぶ濡れになってしまった。
ゲホゴホとむせながら目を開けると、いつの間にか戻ってきていたタークが、呆れた顔で僕の足元に立っていた。
「まったく、なにしてるんだよ」
「う、うるさい! この、サボり野郎!」
「顔、赤くなってるぞ? 打ったのか?」
「触るなバカー!」
「いいから起きて」
「待って、きみまで濡れるよ」
問答無用でひっぱり起こされた僕は、癒しの光に包まれた。さっきミアを抱きしめたばかりのその腕で、ずぶ濡れの僕を抱きしめるきみ。どうして少しも躊躇しないんだろう。
最近急に背が伸びたタークは、ずいぶん逞しくなったみたいだった。
だけど、僕は気付いてしまった。
タークが僕の濡れた肩で、こっそり涙を拭いてるって。
「もう治ったから離してよ」
「ぐす……まだ治ってない」
――もー! ターク! きみってやつはぁぁ!
結局僕は、タークが泣き止むまでずっと掴まれたままだった。
泣き止んだタークは素知らぬ顔で、ブンブンと大剣を振り回していたけれど、またすぐにサボりに行ってしまった。
△
――これはもしかして、ライバルの僕を不抜けにする作戦か? それにしたって卑怯な手だ。
僕はすごくもやもやして、そのあとも全然集中できなかった。
「なんなんだよ!」
僕がそうぼやいたとき、突然僕の心臓がドクンドクンと波打ちはじめた。
目の前がチカチカして、不気味な声が頭に響く。
『――お前の願いを叶えにおいで――』
――僕の願い……?
嫌な気持ちに胸がザワザワして、冷たい汗が背中を流れていく。
――僕はいったい、なにを願ってるんだろう。
首を傾げた僕の心に、少し懐かしいタークの笑顔が浮かぶ。癒しの加護を受ける直前の、十歳のタークだ。
「そういやあいつ、スアの実を美味しそうに食べてたっけ。あのころのタークはいまよりもっと面白いやつだったな」
僕は練習場を抜け出すと、果物を入れるカゴを持って、ふらふらとアーシラの森を目指した。




