05 目を見て答えろ。~お前、父さんのなんなんだ~
場所:王都(訓練所)
語り:ターク・メルローズ
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屋敷を出た私は、王都にある訓練所に来ていた。
ミヤコが歌姫を始めてから、訓練所に来る回数が減っていたせいか、私を見たカミルの部下達が数人私に駆け寄ってきた。
「大剣士様! お久しぶりです!」
「あぁ、元気か?」
「はい! 実は先日、青薔薇の歌姫様との演奏を聴かせていただきました! 本当に、感動致しました!」
「一年前から悩んでいた母さんの怪我をようやく治してもらえました!」
興奮した様子でミヤコの歌を褒める兵士達に、沈んでいた気持ちを少し救われる。
「お前達に聞きたい事があるんだ」
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私が兵士達と話をしていると、兵舎から出てきたカミルが駆け寄ってきた。
「ターク! 久しぶりじゃないか。聞いてるよ、またバローナを弾いてるんだって?」
「あぁ。まぁミヤコの護衛のついでだな」
「あの子、すっかりスターじゃないか。今や君より話題になってるよ?」
「そうだな、彼女は魅力的だから……」
うっかりそう言った私を、カミルは「ふーん」とじろじろ眺めはじめた。
また何か見透かされてしまった気がして、私は彼女から目を逸らす。
だが、今日は、私が彼女の話を聞きにきたのだ。
「カミル、話があるんだ。時間を作ってくれないか?」
私が彼女に向き直り、真剣な顔をすると、カミルは兵達に指示を出し、私を人気のない訓練所の隅へ呼んだ。
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「君から僕に話なんて珍しいじゃないか! いくらでも聞くよ?」
「いや、聞きたいのはお前の話だ」
私の言葉に、カミルは警戒したように目を見開き、一歩後ずさった。
人の事はあれこれ詮索する癖に、自分の話はしたくないらしい。
――私の想像通りの反応だな。
私はカミルが逃げ出さないよう、彼女を壁の角へ追いやった。
「わ、なんなの? マ……マリルちゃんとのその後の話を聞かせてくれるんじゃないの?」
「マリルにはとっくにふられた」
「うえぇ……うそでしょ」
「今日はそんな話じゃない」
彼女は分かりやすく目を泳がせながらゴクリと生唾を飲む。
こんな彼女を見たのは確か……一年ぶりだ。
大剣士になって、イーヴ先生に連れられ王都に帰ったあの日。
私はメルローズ本邸の父さんの研究室から出てきたカミルに、こんな風に詰め寄った。あの時もカミルはこんな顔をしていた。
「ターク、本当に何のつもり?」
「聞きたい事が沢山あるからな。途中で逃げられないようにしているだけだ」
「やだな、こういうのは、もうちょっと色気のある場所でやってよ」
上ずった声で笑えない冗談を言うカミル。彼女は何か隠している。
「私が街に戻る半月程前、お前、どこに居たか言ってみろ。私がちょうど、行方不明になっていた頃だ」
「なんの話かな……?」
「兵士達から裏はとってある。お前、一週間以上行方をくらませていただろ」
「あーぁ、あの時ね! 森の中で迷子になってただけだよ。何とか戻って来れたけどね」
森に詳しいカミルが、一週間も迷子だなんて、かなり疑わしい。
だが、彼女は、「そんな事もある」の一点張りだった。
「私の目を見て答えろよ。お前、目が泳ぎっぱなしだぞ」
「君が近いからだよ! 気持ち悪いからはなれてってば」
「……気持ち悪いって言うな。じゃぁ、私が大剣士になって街に戻った時、父さんに会ってただろ。あの時は何してたんだ」
「それは、言っただろ? 装備を作ってもらう相談だって」
「おかしいだろ、父さんの装備はお前が買えるような金額じゃない」
「だから安くしてもらえないかなーって相談してたんだよ」
目は泳いでいるが、カミルは言い訳がうまい。今ひとつ核心に迫れない私はジリジリしていた。だが、私には一つ切り札があった。
――これを聞いてしまうと、もう後には引けないが……。
そう思いつつ、私は意を決して口を開いた。
「カミル……お前あの日、闇に堕ちてただろ。お前が私に襲い掛かって来た時だ……お前から闇の匂いがしてた」
カミルは一瞬目を見開いてから、眉を顰めて下を向いた。
「本当に気持ち悪いな。女の子に匂いの話するとか最低だよ」
「はぐらかすなよ」
「もー! 触らないで!」
思わず腕を掴んだ私に、カミルは顔を赤くして文句を言う。だが、私はもう引き返せなかった。
「精霊の秘宝を使ったのか? 何故遺跡の場所を知ってる? いったい、秘宝に何を願った?」
矢継ぎ早に質問する私に、黙って唇をかみしめるカミル。
「黙ってないで、口を開けよ」
「……やめてったら。近いし眩しいよ。僕が何に何を願おうと、僕の勝手でしょ」
「どれだけ危険か分かってるのか?」
「うるさいな。僕に勝手ばかりするのは君じゃないか」
カミルは顔を赤くして、怒ったように俯いた。事情は分からないが、やはり彼女は秘宝を使い、闇に堕ちていたのだ。
そして、あの日、彼女は剣を抜き、私に本気で襲いかかった。
触れずにおこうと思っていたが、父が関わっているなら話は変わってくる。
「まさか、父さんに私を殺せと言われたのか?」
私の質問に、カミルはポカンと口を開いた。何を的外れな事を言っているのかと、心底呆れているようだ。
「ターク……僕は確かに闇に堕ちたし、君を殺そうとしたのも事実だ。だけど、アグス様は全然関係ないよ」
「……父さんは信用できない」
私が顔を顰めると、カミルは急に私にせっつき始めた。
「だったら、ターク、早く戦いを終わらせて、坑道を使えるようにしてよ!」
「坑道だと……? お前の狙いは戦いの終結じゃなく採掘の再開だったのか?」
ハッとした顔で、口を手で塞ぐカミル。どうやらついに口を滑らせたようだ。
「まさかお前、父さんの金儲けに利用されているのか?」
彼女は私の質問に、これでもかと言う程顔を歪ませる。鼻の頭がしわくちゃだ。
「いい加減、アグス様を悪く言うのはやめなよ。君の父親だろ」
「難しいな。父さんは冷酷な金の亡者だって評判じゃないか」
「はぁ? あの人のどこを見たらそうなるの?」
小さい頃父に可愛がられていたせいか、カミルは私が父を悪く言うのを許さない。だから、この話もいつも平行線だった。
「…父さんは、小娘の為に私をゼーニジリアスに売った。最初はどこの女だって思ったけどな……小娘って、カミル、お前だよな」
「うえぇ!? あ、そ、そう!? それ、気づいちゃったの!?」
物凄く動揺した様子でそう叫んだカミルは小さな声でボソボソ言い始めた。
「それはそ……そんな側面は……確かに無くもないよ? あるようだけど、前提が違うよね。そうと言えそうだけど、そもそもが違うって言うか……」
これ以上ないくらいに、カミルの目が泳いでいる。ややこしい言い回しで誤魔化そうとしているが、結局、ゼーニジリアスが言っていた小娘はカミルで間違いないようだ。
――全く、お前、父さんとどういう関係なんだよ……。
私が唸るようにため息をつくと、彼女はおずおずと私を見上げた。
「お、怒るな……って言うのは無理があるよね」
「……いや、父さんがお前を守るために、不死身の私を身代わりに置いていったと言うなら構わない」
「なぁに? ヒーローぶってるの?」
「うるさい。だがな、カミル。私の目を見てもっとしっかり質問に答えろ。父さんはゼーニジリアスとは関係ないのか? それに、あの道具……まさか、金儲けのために、精霊狩りに加担したりしてないよな?」
「あのさ、ターク。僕、君を殺そうとしたって言ったよね? どうして平気なの? それに、それを僕に聞いて、君はその答えを信じるわけなの?」
呆れ顔で尋ねるカミルに、私は思わずニヤリと笑った。
――だってな、精霊の闇に堕ちたやつは、一番大切な人を殺そうとするんだろ?
「何笑ってるの? きもちわる!」
「……いや、お前の殺したかった相手が私でよかったよ。私は不死身だからな」
顔を赤くして吠えるカミルが可愛くて、私はくしゃくしゃと彼女の頭を撫でた。
不満そうに口を尖らせた彼女をようやく壁から解放する。
これだけ問い詰めたにも拘らず、父さんや彼女がどういうつもりなのか、結局の所よく分からなかった。
何か言える事があるとすれば、大切な幼馴染が無事で良かった。
それだけだった。
ゼーニジリアスが言っていた「小娘」がカミルかどうか確認したかった様子のターク様。それは間違いなさそうですが、二人が何を考えているのか、ターク様には分かりません。カミルは自分を大切に思っているらしい……その事に気付いたターク様は少し満足そうです。
次回は五年前、十三歳のカミルが語ります。イーヴ先生がポルールに行ってしまい、残されたカミルはタークと自主練メニューをこなすはずですが、タークは少しもやる気がないようです。




