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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第11章 いざポルールヘ

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04 悪夢が見せた記憶。~お前の意地を見せろ~

場所:タークの屋敷

語り:ターク・メルローズ

*************



 鉱山の街ポルールの北にあるルカラ湿地帯は、そのおよそ半分を巨大な黒いモヤが(おお)い尽くしている。


 一歩間違えてそこに足を踏み入れれば、一寸(いっすん)先も見えないばかりか、普通の人間ならあっという間に気を失い、底なし沼に沈んでしまう。


 魔獣達は明らかにそのモヤの奥からやってくるのだが、大魔導師ガルベル様でさえ、その奥に足を踏み入れようとはしなかった。


 しかし私は、この身体から溢れる癒しの加護のおかげで、モヤの中に居ても影響を受けない。それどころか、私が沼池を歩くと、モヤの方がしゅんと消えてしまうくらいだった。


 私はその日、イーヴ先生に反対されながらも、調査のため一人沼地の奥まで出向いた。


 泥に足を取られ、沈まないように注意しながら、視界の悪い中をゆっくりと進む。


 ゼーニジリアス、その正体を掴み、魔獣の発生源を叩かない事には、この戦いは終わらない。


 私はどうしても、このモヤの奥を調べる必要があった。



 ――進まない……足元と視界が悪すぎる……。



 私がモヤに入って一時間も経った頃、突然私の周囲のモヤが消し飛び、開けた視界の中に、古めかしいゲートが現れた。



 ――なんだ? 敵本拠地への入り口か?



 身構える私の目の前で、ゲートから一人の男が現れた。



「ターク、お前に用がある。ついてこい」



 白衣姿に金の片眼鏡……私の前に突然現れたのは、私の父、アグス・メルローズだった。



「なぜ、こんな所に父さんが……?」


「いいからこい。ゼーニジリアスに会わせてやろう」



 私は父に言われるまま、そのゲートをくぐった。


 ゲートの先は、グレーの石で作られた苔生(こけむ)した建物の中だった。


 目の前には、石の椅子に座った白い鎧姿の男。男の両脇には、沼地から現れるのと同じ魔獣が二匹と、顔の見えない闇魔導師が二人。



「おまえが、ゼーニジリアスか……?」



 腰まである銀色の髪をかきあげながら、男が立ち上がる。かなりの長身でスラリとしていて、少し気取った感じのする男だ。


 青白い肌に冷ややかな赤い瞳。身体が二倍のサイズに見えそうな程の強い威圧感。


 身構える私を見て、男は口元に笑みを湛えた。



「そうだ。よく来たな、不死身のターク」


 次の瞬間、私は石の床に膝をついていた。


「父さん……!?」



 何かを背中に押し当てられ、身体に力が入らない。父はそのまま、私を翡翠(ひすい)のような緑の石がついた拘束具で縛り上げた。



 ――この石は、精霊狩りの檻の……。


「耐えろターク、お前の意地を見せろ」



 私にしか聞こえないような小さな声で、父が囁く。


 身体に力が入らないまま、牢屋の中に吊るされた私は、ゼーニジリアスからこれでもかと拷問を受けた。


 だが、何よりも私を傷つけたのは、それを父が何も言わずに観ている事だった。



「ク……ハハハ! 息子の弱点を敵に売り、自ら作り出した道具で拘束までするとは恐ろしい父親だな。あの小娘が実の息子より大切か? お前のようなものこそ闇の軍勢にふさわしい。なぁ、アグスよ」



 楽しそうに繰り出される奴の剣技は凄まじく、私は形が無くなるほどに切り刻まれた。しかし、私の再生能力はその上を行っている。


 死なない私に次第に怒り始めたゼーニジリアスの後ろで、切り刻まれては再生する私をただ見ている父。



「父さん……助けて……!」



 苦痛に耐えかね声をあげた私から、父は目を逸らした。



 いつだってそうだ。

 ずっと前から知っていた。

 父が私を嫌っている事は……。


 だけど、ここまでなのか?

 どうしてここまで、私を嫌う?


 あの時、父さんを置いて帰ったからか?


 それとも、母さんを守れなかったからか?



 絶望が私の心を闇に突き落とそうとしている。だが、癒しの光がそれを許さなかった。


 光と闇のせめぎ合いの中、私の心は崩壊し始めた。


 ひび割れた心の隙間から、これまでの記憶や感情が漏れ出しては消えていく。



 ――あぁ、全て溢れてしまう。何も救えないまま……使命も果たせずに……。



「チッ気持ち悪いヤツだ。何しても回復しやがる。まぁいい。拘束出来ただけでも……」



 ゼーニジリアスが諦めかけたその時、心をこぼした私は、突然幼児化した。



「う……ぐす……いたいよぉ! どうちて……ぼくに、おちおきするの? ふぇ……ん。パパ……。たちゅけて……」


「ク、ハハハ。なんだ、親に捨てられたショックでおかしくなったか? これは愉快だな! ククク。これなら(ほお)っておいても問題ないだろう。行くぞアグス。私は忙しい」



 父はゼーニジリアスに連れられ、私を置いたまま牢獄を出て行ってしまった。


 置き去りにされた私に、残っていた魔獣達が襲い掛かった。



      △



「うあぁあー! もう、やめろ! やめてくれ!」


 叫びながら飛び起きた私は、自分の部屋のベッドの上に居た。


 激しい動悸に、はぁはぁと息が上がっている。



「ターク様、大丈夫ですか?」



 私の叫び声が聞こえたのか、扉からミヤコが駆け込んできた。



「ミヤコ……ミヤコ……!」



 慌てて私の手を握ろうとする彼女を、私は必死に抱きしめた。



「ミヤコ……もうダメだ……私はもうダメだ!」


「ターク様、落ち着いてください、私が居ますよ! ほら、顔を見せてください」


「ダメだ……今は見せられない。酷い顔なんだ」



 涙が溢れて止まらなくなった私は、離れようとするミヤコを、もう一度しっかりと抱き寄せた。


 今、ミヤコを離したら、私はまた崩壊してしまいそうだ。



「悪夢を見てしまったんですか?」


「違うあれは夢じゃない……。思い出したんだ。私は遺跡で、実の父に拘束され、敵に引き渡された……」


「そんな……! そんなの、何かの間違いじゃないですか?」


「間違いない……私がゼーニジリアスに拷問されるのを、父はずっと見ていたんだ……」


「そんな……」



 ミヤコの腕が私の背中に回り、私をギュッと抱きしめ返す。



 ――あれ……なんだ……? ミヤコに抱きしめられてしまった……。わ……どうしよう。



 急に、我に帰った私の胸が、違う意味で高鳴り始めたその時、私の背中に触れた彼女の指先が、ピタリと動きを止めた。



「ターク様、寝汗が酷いです。私、タオルを取ってきます」


「わ……すまない」



 私は慌てて彼女を離すと、頭からシーツを被り、顔を隠した。



 ――しまった……こんな汗だくでミヤコを抱きしめて……。だけど、彼女が近くにいてくれなかったら本当に危なかった……。


「ターク様……?」



 シーツをめくり、私の顔を覗き込んだ彼女が、タオルで(ひたい)の汗を拭ってくれる。



「すまない……もう、大丈夫だから……」


「でも、今日は、お休みにしませんか? ずいぶん顔色が悪いですよ」



 ミヤコの柔らかな手が私の頬に添えられ、親指の先が私の涙を拭った。



 ――あー、もう。また抱きしめたくなる。これも、タツヤが塗り込めて行った想い……か? あいつ、とんでもなくミヤコが好きだな……。



「本当に、大丈夫だよ」



 慌てて起き上がった私は、彼女にくるりと背中を向けた。



「だが、行かなくてはならない場所が出来た。やはり今日は歌姫は休みだな」



 私がそう言うと、ミヤコはまた声を大きくして、「じゃぁ私、ついていきます!」と言いだした。


 顔を見なくても、彼女がどんな無垢な表情で私を見ているのか分かってしまう。



 ――なんて可愛いやつなんだろう……。例えこの感情を植え付けたのがタツヤだとしても……私は間違いなく、ミヤコが好きだ。


 ――何度否定されても、私はその度確信するだろう。


 ――だけどもう、この気持ちをお前に伝える日はこない。



「いや、一人で行く。ミヤコは待っていてくれ」


「どこへ行くつもりですか? 私、今日はターク様から離れるつもりありませんから!」


「……分かった。なら、準備してこい。ゆっくりでいいぞ」



 ミヤコがメイドの部屋に戻り、準備をしている間に、私はこっそりと屋敷を抜け出した。




父親に拘束され、ゼーニジリアスに拷問を受けたことを思い出したターク様。取乱し宮子を抱きしめた彼ですが、恩人の達也を裏切ることも、宮子をこの世界にとどめる事もはばかられます。


次回、ついて行くという宮子を置いて屋敷を出たターク様。彼が向かった先は王都の訓練所でした。


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― 新着の感想 ―
[一言] うーん。 達也には悪いけどもうみやこもターク様もお互いを必要としている気がしますね(✿・ω・) これはもうみやこもこのまま異世界でいいような気も笑 続きを楽しませていただきますね٩(ˊᗜˋ*…
[良い点] あああああああああああ 達也〜。゜(゜´ω`゜)゜。 ターク様を選んだら泣いてしまいそうです。 達也があまりにも不憫で……。 でも、それにしてもイケオジさんのイジメには理由がありそうですよ…
[良い点] 記憶が正確なのかとても気になるところで、ターク様がまた突っ走って、読者もまた心配です(笑)読んでいる分には面白かったのですが。 [一言] 主義思想があまりに親子で違いますし、ターク様は人の…
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