03 取り消された言葉。~贅沢はだめですか?~
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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――ターク様大丈夫かな? 達也も機嫌が悪かったし、ミレーヌも心配……。
突然現れた達也たちに、あまりにも濃い内容の話。それを一気に聞かされた後の入れ替わり事件。
頭がショートしたみたいに煙を上げている気がする。
心配症の達也から、「夜にターク君の部屋に行かないでね」としつこく釘を刺された私は、屋敷の庭で夜空を見あげていた。
夕方から曇っていた空には星は見えないけれど、少しひんやりした空気が肌に心地いい。
広い庭を歩き、さらさらと水音を立てる噴水のある休憩所に差し掛かった所で、「ミヤコ……」と後ろから声をかけられた。
優しくて深い響きを持った、聞きなれた声だ。
振り返ると、闇夜の中、白いブラウス姿でキラキラと光っているターク様が立っていた。
「ターク様も、お散歩ですか?」
「いや、バルコニーからお前の姿が見えたから……」
そう言って、私に歩み寄ったターク様は、ひどく悲しそうな顔をしていた。
「ターク様、大丈夫ですか?」
「あぁ。お前はどうなんだ? 元の身体に戻れなくて、ショックを受けたんじゃないか?」
ターク様の黒い瞳に金の光が映り込んで、なんだか泣いているように見える。
――こんなつらそうな顔をしながら、人の心配なんて……。
――やっぱり、ガルベルさんのかけた暗示がきついのかな。
噴水の淵に腰を下ろしたターク様の隣に、私も並んで座る。
「今のところ、大丈夫ですよ。日本に帰るまでは、少しでもターク様のお役に立ちたいですし」
私が笑顔でそう言うと、ターク様は小さなため息をついた。
「そんなふうに、私を恩人だと思う必要はない。前にも言ったが、タツヤたちと同じように、客室でゆっくりしていてかまわないんだぞ?」
ぶんぶんと首を横に振る私。残り少ないかもしれない、この世界での時間を無駄にすることはできない。
――ターク様が、違うと言っても、私はあなたに、できる限りの恩返しをします!
そんな私を見て、彼はぐっと拳を握りしめ、真剣な眼差しを私に向けた。
「昨日の夜……私が言ったことを覚えているか……?」
私の脳裏に、昨夜私を抱き寄せたターク様の、切ない声が蘇り、思わず顔が赤くなる。
――日本へは帰らないで……。確かにそう言われました……。
私を見詰めるターク様を見詰め返し、こくん、と頷く私。
ターク様は、それを見て、絞り出すような声を出した。
「あの言葉は、取り消させてくれ」
「えっ……」
「つい勝手なことを言ってしまったが、お前達ができるだけ早く日本へ帰れるよう、私は最善を尽くす」
「は、はい……」
「色々と巻き込んですまないが、もう少し、待っていてくれ」
こくんと頷いたまま、顔が上げられない私を置いて、ターク様は部屋に戻ってしまった。
胸を締め付けるような切なさが込み上げて、顔がひどくしわくちゃになる。
――どうしよう……寂しい……。寂しいです……!
涙が次々に溢れ出して止まらない。
私は今日一日、日本へ帰るななんて言われても、結局のところ、帰らないわけにもいかないと、そう思っていたはずだった。
私は日本では受験生で、今は秋。教科書すらないこの世界で、もう二ヶ月以上受験勉強もできずに過ごしているけれど、普通に考えてこれはとてもまずい状況だ。
達也にいたっては、もうこちらに来て三ヶ月になるし、私と違って成績優秀な彼は、当然のようにいい大学を目指していて、今はかなり大切な時期のはずだった。
達也だけでも先に帰って……と言っても、彼が私を置いて行くとは考えにくいし、親も心配しているはずだ。
――それなのに、ターク様と離れるのがこんなに寂しいなんて……。
――離れたくない……! そばにいろって言ってほしい……。お前が必要だって、言ってほしい……。
――ターク様の幸せだけを祈っていた筈なのに……。いつの間にか私、贅沢になってしまったみたい。
△
一人で散々泣いたあと、なんとか心を落ち着け、とぼとぼとメイドの控え室に戻った。
そんな私を、サーラたちメイド仲間が、興奮した顔で取り囲む。
達也たちの着替えや食事を用意してくれた彼女たちは、どうやら客室の二人を見て驚いているようだ。
「びっくりしたわ! ミレーヌ様はあなたにそっくりだし、タツヤ様は、光ってないけど、あれは、完全にご主人様だよね!?」
「そ、そうなの……実は、色々あって……私たち、えっと……」
「二人とも、双子だったのね!?」
「えっ、え!? えぇーっと……そういうわけじゃ……」
なにをどう説明すれば良いのやら、困った顔で天井を見上げることしかできない私。
「違うの? なんだかわからないけど、すごいわ! 私たち、しっかりお世話するから、ミヤコは歌姫様頑張ってね!」
こんな意味不明な状況を、ほとんど詮索しないまま受け入れてくれる彼女たちに感謝しながら、私はただただ苦笑いを浮かべた。
自分の部屋のベッドに、久しぶりに横になる。
前は落ち着くと思っていたこのベッドだけれど、胸がキュウキュウと苦しくて、なかなか眠ることができなかった。
△
朝方、やっと眠りについた私の頬を、ザラザラとした温かい感触が襲った。
――なに? 痛いんだけど……。
眉間にしわを寄せながら目を開けると、黒猫姿のライルが猫特有のザラザラの舌で私の顔を舐めていた。
「ひゃん!?」
「起きてミヤコ、タークが危ない」
「えぇ!?」
大声を上げて飛び起きた私は、寝間着のまま部屋を飛び出し、大慌てでターク様の部屋に向かった。
「お前を日本に返すため最善を尽くす」と言うターク様の言葉に、思いのほかショックを受けてしまう宮子。彼女はついに、ターク様への気持ちを認識したようですが、ターク様は諦めるつもりのようです。
次回、ライルに呼ばれターク様の寝室に駆け付けた宮子に、ターク様は……?




