02 彼女はミレーヌ。~ガッカリされるのはごめんなの~
場所:タークの屋敷(客室)
語り:小鳥遊ミヤコ
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集中力が高まり、意識が完全にミレーヌの身体から離れそうになったその時、私を押しのけるように、何かが身体から飛び出した。
頭がクラクラして、ふらっとふらついた私を、隣に来ていたガルベルさんが支えてくれる。
――何が起こったの?
何か抜けた気がしだけれど、私はまだミレーヌの身体の中に居るようだった。
キョトンとする私の目の前で、石の台に寝かされていた元の私の身体が、ゆっくりと起き上がる。
――え! 動いた!? じゃぁ、今飛び出したのは……!?
次の瞬間、台の前に立っていた私は、達也に押しのけられてしまった。
石の台の上の身体の手を取り、「みやちゃん、よかった! 自分の身体に戻れたんだね!」と喜ぶ達也。
すると、石の台の上の身体は、迷惑そうに眉をひそめながら声を発した。
「タツヤさん、ミヤコはあっちですよ。私はミレーヌです」
「ミレーヌ!?」
どうやら、この身体からさっき抜け出したのは、ミレーヌだったようだ。
彼女に手を振り払われた達也は、青ざめた顔で私を振り返った。
「どうして!? みやちゃん!」
「私にもよくわからないんだけど……入れ替わっちゃったみたい……」
「そんな! もう一回やってみて!?」
それから、私は達也が諦めるまで、何度も体を入れ替えようと頑張ってみたけれど、どんなに意識を集中してみても、ミレーヌと身体を入れ替える事は出来なかった。
ミレーヌが、明らかにそれを拒否していたのだ。
「ミレーヌ、どうしてなの?」
首をかしげる私に、ミレーヌは言った。
「だって、貴女のせいで私、有名になり過ぎたもの。あんなに騒がれても、私は異世界の歌なんて歌えないわ。この国で、歌えない歌姫として皆にガッカリされながら生きるのはゴメンなの」
――そ、それもそうよね!
私の胸に、激しい衝撃が走った。
私は今や、ターク様並の有名人だ。
ミレーヌが目を覚ました時、肩身の狭い思いをするなんて、まるで気がつかずに、私はやり過ぎてしまったようだ。
口を開いたまま固まる私を押しのけて、達也がミレーヌの前に乗り出した。
「だからって、君は、みやちゃんの身体を奪おうって言うのか!?」
声を荒げる達也に、ミレーヌも負けじと不満そうな顔をした。
「だけど、私の身体で好き勝手してたのはミヤコの方じゃないですか」
「う……」と押し黙る達也。私と同じ顔のミレーヌ相手に、達也もあまり強気には出れないらしい。
「ごめんなさいミレーヌ。だけど、私の身体は魔力がないんだよ? 貴女はそれでいいの?」
私が気を取り直してミレーヌに質問すると、彼女は私に向き直って言った。
「私、魔力はもううんざりなんです。だけどミヤコは違う。貴女ならこの国の人たちを救えるわ。貴女はこの国の希望。貴女だって、そうありたいと願っているわよね」
ずっとゴイムとして、魔力を吸われるばかりの日々を送って来たミレーヌにとって、魔力はずっと、捨ててしまいたいものだったのかもしれない。
――だけど、私がこの国の希望……? それってターク様用のキャッチフレーズなのでは……?
また口だけ開いた私に、達也が瞳をウルウルさせながら詰めよって来た。
「みやちゃん……違うよね? 元の身体に戻って、僕と日本へ帰るって言ったよね?」
あいかわらずの可愛い表情で、おねだりするように私を見る達也。こんな瞳で見つめられて、「うん」って言わずにいられる人が居るだろうか。
だけど私は、喉から出かかったそれを飲み込んで、正直に自分の気持ちを話した。
「わ、私……。ターク様やこの国の人達のために、もう少しだけ、歌えたらって……」
ショックを受けたように目を見開いた達也は、「最悪だ……」と呟いて、頭を抱え、石の台に突っ伏してしまった。
「ごめん、帰りたくないわけじゃないの。せめて日本に帰る方法が見つかるまでもう少しだけ、お願い。達也」
外はもう夜になりかけていた。
達也は返事をせず、ターク様は黙り込んでいて、遺跡はいよいよ静まり返った。
シーンと張り詰めた空気の中、ガルベルさんとイーヴさんが動き出した。
「私達、いい加減ポルールに戻らなくちゃ。屋敷まで送って行くわ」
「お願いします……」
△
遺跡の外に出た私達は、イーヴさんとガルベルさんにそれぞれ抱えられて屋敷に戻った。
「ターク、タツヤ君とミレーヌ君はお前に任せた。お前はまだポルールには来られないだろうから、暗示が解けるまでゆっくりしていろ」
「わかりました。先生」
「日本に帰る方法は考えてみるけど、入れ替わりの件はそっちで話し合っておいてね?」
イーヴさん達が窓から去っていくと、ターク様は達也とミレーヌを、屋敷内の空いた客室にそれぞれ案内した。二人はこれから、客人としてお屋敷で暮らす事になったのだ。
ミレーヌはあれ以上殆ど話さないまま、一人客室に入って行った。
「タツヤ、私を治療してくれた事、感謝している。お前が快適に過ごせるよう手を尽くせとメイド達には言ってある。自分の家だと思ってくつろいでくれ」
達也を一番豪華な客室に案内したターク様は、達也にお礼を言い、深々と頭を下げた。
「それはもう、感謝してくれなくていいよ。みやちゃんを守るためにした事だからね。僕だって、みやちゃんをしっかり守ってくれた君には感謝してるよ」
「あ、あぁ……」
「だけどターク君、みやちゃんを君のベッドで寝かせる事はもう出来ないよ。分かってるよね?」
少し仰け反りながら「……分かった」と答えるターク様。
「みやちゃんも、分かってるよね? 今までみたいに僕、止めに入れないからね? 普通に襲われちゃうからね?」
「え!? それじゃ、ターク様の不眠症と悪夢はどうしたら……?」
「知らないよそんなの。だいたいターク君はみやちゃんに甘えすぎだよ。放っておきなよ」
「でも……!」
戸惑う私に、達也は口を尖らせた。
私とミレーヌが入れ替わってしまってから、達也はずっと機嫌が悪いままだ。
困り顔の私に、ターク様は少し笑顔を作って見せた。
「ミヤコ、私はもう大丈夫だ。ポルールに行けなかった原因が分かっただけ、前より気が楽だからな。後は半月、耐えれば良いだけだ」
「ターク様……」
ターク様は達也に言われるまま、一人で自分の部屋に戻ってしまった。
――なんだか前よりやりにくいな……。早く達也に機嫌を直してもらわなきゃ。
近くで様子を見ているライルに気がついて、「ターク様をお願い」と、声を掛けると、ライルはピュンとどこかへ消えてしまった。
身体が入れ替わってしまった宮子とミレーヌ。貴方はこの国の希望だというミレーヌに、宮子は驚きました。すっかり機嫌が悪くなってしまった達也と、深々と頭を下げ達也にお礼を言うターク様。ターク様を一人にするのがまだまだ心配な宮子です。
次回、庭をうろついていた宮子にターク様が切ない顔で話しかけます。




