16 穴だらけの作戦。~放置してごめんね~
場所:タークの屋敷(客室)
語り:小鳥遊宮子
*************
「すまないミヤコ君。元気付けに行ったつもりがこんな事に……。これ……あの時返しそびれてしまったものなのだか……」
イーヴさんはそう言いながら、すっかり冷めた紅茶が並べられたソファーテーブルのうえに、見覚えのある携帯と財布を差し出した。
――あの変な風も、あの日、登山する羽目になったのも、全部あなたたちのせいだったの?
気まずそうに口を窄めたイーヴさんを、私、小鳥遊宮子はじっとりとした瞳で見詰めていた。
達也にもらった大切なカップを落としてしまったショックが脳裏に蘇ったのだ。
彼がいなくなった日といい、異世界に来てしまった日といい、妙な風が吹く日はロクな事がなかった。
「元気付けって、先生、いったいミヤコに、何をするつもりだったんですか?」
ターク様が怪訝な顔で質問すると、イーヴさんとファシリアさんは、顔を見合わせて黙り込んでしまった。
「この二人、ノープランだったみたいだね……」
達也が呆れたようにため息をつく。全く、二人とも、もう少しくらい考えてから日本に来て欲しいものだ。
「だから私を連れて行けば良かったのよ」
グイッと身を乗り出して、得意げな顔をするガルベルさん。ターク様がそんな彼女をギロリと一目すると、彼女は慌てて口を閉じた。
なんとなくだけれど、ガルベルさんにはもっと日本に来てほしくない気がする。
「ミヤコがこちらに来てしまった理由は分かりました。だけど、どうして彼女は傷だらけのまま、僕の屋敷の前に倒れていたんですか?」
ターク様がイライラを押し殺したような声でそう尋ねると、今度はイーヴさんとガルベルさんが、顔を引きつらせた。
「実は……こっちに連れて来たとたん、ミヤコ君の心は身体を離れ、どこかへ消えてしまったんだ」
二人が言うには、達也の心も、私の心も、転送ゲートをくぐったとたん、勝手にもう一人の自分に入り込んでしまったらしい。
私の身体が空になってしまった事に気付いた三人は、ガルベルさんの水晶で、もう一人の私であるミレーヌを探し出した。
その時、既にミレーヌは、ウィーグミン伯爵のお屋敷で、傷だらけになって倒れていたらしい。
これはまずいと思ったイーヴさんは、ミレーヌをお屋敷から連れ出した。ファシリアさんの力で風になれば、簡単に連れ出せてしまったと言う。
私を達也に会わせるため、ターク様に預けようと考えた三人は、どうすれば彼が私を手元に置くだろうと考えた。
ターク様は私と面識もなく、遺跡での記憶も失くしている。いきなり自分たちが現れ、私を預ければ、ターク様が色々と詮索するのは間違いない。
そう思って、敢えて私を治療せずに置き去りにしたらしい。
以前、夜の森で見たミレーヌの記憶は、この時のものだったようだ。
「……傷だらけのゴイムなら、タークなら放っておいても助けて手元に置くはずだって……ガルベル様が……」
「ちょっ、ちょっと? 貴方もそうするしかないって言ったわよね? イーヴ?」
「いや、私は流石に放置はやめましょうって言ったはずですけど……」
イーヴさんと、ガルベルさんが、必死に責任をなすりつけ合っている。
――え? いや、流石に酷すぎませんか!? 確かにターク様ならそうするだろうけど……。
ターク様の悲しい過去とその優しさを逆手に取ったあまりにもずさんな作戦に空いた口が塞がらない。
固まっている私の代わりに、ターク様が震える声で二人に問いかけた。
「イーヴ先生……ミヤコがあの後どんな目に遭ったか分かってるんですか……?」
「ほ、本当にすまない」
「まさか……あの爆発した封印……あれも貴女の仕業なんですか? ガルベル様……?」
「ひぃ……ごめんね、歌姫ちゃん……! 高度な封印には危険が付き物で……。まさかあれをマリルンが解除しようとするなんて思わなかったし……」
ソファーの上に小さくなって、怯えるような目をした二人。穴だらけの作戦になってしまったのは、ポルールの状況がひっ迫していて、急いで戻る必要があったためだと言う。
分からなくはないけれど、あの日牢屋で起きた事を思い出すと、やっぱりだいぶん納得がいかない。
暗い顔をした私を見て、ずっと俯いていた達也が口を開いた。
「みやちゃん、本当にごめん。僕が君の名前を出したのがいけなかったんだ……」
「達也……。それは違うよ。本当に、気にしないで、ね?」
すっかり項垂れている達也の手を取り、私は彼の顔を覗き込んだ。
達也は私を泣かせたくなかっただけなのに、責める事なんてとても出来ない。
それに、私がこの世界に来なければ、達也はターク様に取り込まれて消えていたかもしれない。
「達也が消えなくて本当に良かったわ」
「みやちゃん……!」
私達は手を取り合って、改めてお互いの無事を喜んだ。そんな私達を見て、うんうん、と満足げに頷くファシリアさん。
「私達の作戦は大成功ね」
「これを成功って言うんですか!? 僕たち全員散々な目に遭ってるんですけど!?」
「いいじゃない。そんな事より、本題はここからよ」
「本題……」
そう呟いたターク様の喉から、ごくりと生唾を飲む音が聞こえる。
私とターク様を出合わせた、長い長い話が終わり、ここからが本題……?
――本題って何?
達也は身を乗り出して、私の向こう側に居るターク様に話しかけた。
「みやちゃんを本物の身体に戻して、僕は彼女を日本に連れて帰る。それが今日の本題だよ。ターク君」
「あ、あぁ……」と、小さく頷くターク様。
「みやちゃんも、いいよね?」と、達也は私の目を真っ直ぐに見た。
「え、あ、うん。そうだね」
慌ててそう答えた私に、達也がにっこりとほほ笑む。
だけど、どうしようもなく、私は昨夜のターク様を思い出してしまうのだった。
『日本には帰らないで……』
そう囁いた、ターク様の切ない声が、まだ耳に残っている。
――ターク様を置いて、日本へ……?
私の心臓が動揺にバクバクと音を立て、膝の上で握った拳に力が入る。
「じゃぁ、そろそろ行くわよ」
そう言ってガルベルさんが立ち上がると、イーヴさんと達也も立ち上がった。
「行くって、どこへ……?」
キョトンとする私と、達也を小脇に抱えるガルベルさん。いつからそこに居たのか、黒猫姿のライルがピュンッとガルベルさんの肩に飛び乗った。
そして、ターク様をひょいっと持ち上げるイーヴさん。
身体がふわっと軽くなって、足が床から離れ、ターク様達は風になったのか、スゥっと姿が見えなくなった。
「遺跡へ歌姫ちゃんの身体を取りに行くのよ」
「ひぇぇーっ!」
そうして、私達は、ターク様の屋敷の客室の窓から、ビュンっと空へ飛び出した。
タークに宮子の面倒をみさせるには、傷だらけのまま放置しておくのが一番、と言うガルベルさんの作戦は、ターク様の習性を理解しているようでとてもひどいものでした。宮子はもちろん、ターク様と達也も怒りに震えていますが、達也が一番話したかった話はここから始まるようです。
次回からはついに第11章になります。達也に元の身体に戻るように言われる宮子。しかし、ターク様が心配で少ししり込みしているようです。どうなるでしょうか。




