15 日本に来たイーヴ。~余計なことはしないでね~
場所:日本
語り:イーヴ・シュトラウブ
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「なんだこの世界は……!」
風になって日本の街の上空に浮き上がった私は、想像もしなかったその光景に息を呑んだ。
所狭しと並ぶ四角い建物の間を、網の目のように張り巡らされたグレーの道。そこに、小さな粒のようなものがひしめきながら移動している。
「何か動いてるぞ?」
「あれは車よ。もっと近づいて見てみる?」
ファシリアに促された私は、ビュンと音を立てて急降下した。身体に当たる空気のにおいまで、元居た世界とは随分違って感じる。
近くで見た車は、本当に不思議な乗り物だった。
「馬がいないようだな……?」
「この世界は魔法の代わりに化学が発展しているの。だから、馬の代わりに科学で車を引っ張ってるのよ?」
「ふーむ、魔道具みたいなものか……?」
分かったような分からないようなファシリアの説明に「うーん」と唸り声をあげると、私の周りに生暖かい風が渦を巻く。
「イーヴったら、考え込むと妙な風が起きるのね」
ファシリアがくすくすと笑いながら、私の背中を押すように少し前へ押し出した。
「行きましょ。面白い世界だけど、ゆっくり観光している暇はないわ! タツヤがタークに取り込まれて消えちゃう前に、ミヤコを元気にしないと」
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私はファシリアに引っ張られ、ミヤコ君の居る部屋の窓辺に降り立った。私たちの起こした風が、窓にかかっていたカーテンを大きく揺らす。
「しっ。びっくりさせちゃうからもっとそっとして。あれがミヤコよ」
「タークみたいに髪が黒いな」
「この国の人たちはだいたい黒いわよ?」
「えぇ!? そうなのか……」
私達は風になったまま、息を凝らしミヤコ君の家の中に忍び込んだ。家の中は珍しいものがいっぱいだ。どれもこれも気になるが、今はそれどころではない。
「彼女、今日は泣いてないみたいね」
「この様子をタツヤ君に伝えるか?」
「でも表情が暗いわ。もう少し様子を見ましょう」
その時、パチンと音が鳴って、壁に掛けられた四角く黒い板に、人間の姿が映し出された。
「わ! なんだあれ?」
驚いた私の周りに、ブオンっと風が巻き起こリ、部屋の中をガタガタと振動させる。そのあまりにも不自然な風に、ミヤコ君は驚いたのか、手に持っていたカップを落としてしまった。
「イーヴ! 何してるのよ」
「すまない、風が思った以上に反応するんだ」
彼女は悲しそうに項垂れながら、割れたカップを片付けている。瞳に涙がたまっているが、なんとか持ちこたえているようだ。
「これはもう、いつ泣き出してもおかしくないな」
「もう……イーヴったら、逆効果じゃないの」
ファシリアが呆れたようにため息をついたが、私のようにおかしな風は起こらなかった。彼女は流石に、私よりうまく風を制御出来るようだ。
「彼女、どこかへ行くみたいよ」
準備の終わったミヤコ君が家を出て、私達はそれを追いかけた。
道の脇のベンチに座り、何かを待っている様子の彼女は、手のひらサイズの四角い板を弄っている。
「あれは何だ?」
「あれは本じゃないかしら? いつも文字を読んでるみたいだもの。だけど、話しかけると返事をするのよ」
「ひどく不思議だな。まさか、生きてるのか?」
彼女が背中に背負った鞄にそれをしまうと、私は好奇心に負けそれに手を伸ばした。
「イーヴ、余計な事しないで。また驚かせちゃうでしょ」
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彼女は長い車に乗り込み、グレーの道をどこまでも進んでいく。
この長い車は馬よりも早く、沢山の人間をいっぺんに運べるようだ。科学と言うのはすごいものだ。私がファシリアと契約していなければ、全く追いつけなかっただろう。
しばらくすると、ミヤコ君がペコペコと謝りながら長い車を降りてきた。何かトラブルがあったらしい。
「益々表情が暗くなってるわ」
「なんだか困ってるみたいだな。彼女がケガをしたりしないように見守らないと」
とことこと山道を歩いていたミヤコ君は、暑さのせいかどんどん顔色が悪くなって行く。
「涼しい風でも送ってみる?」
「また驚いて転んだりしないか?」
私達がそんな相談をしていると、彼女はとうとう道端に倒れこんでしまった。
「お、おい、倒れたぞ!? 助けに行かないと」
「まって! イーヴ」
「どうした?」
慌てて飛び出そうとする私を、ファシリアが引きとめた。
「異世界ゲートが閉じかけているわ! 戻らないと私達、日本に取り残されてしまう!」
空を見上げると、紫の渦のように見えていたゲートの光がどんどん小さくなっていくのが見えた。
「なんて事だ! でも彼女をあのままにしておくわけには……!」
「そうね、仕方ないわ、こうなったらもう、連れて行きましょう!」
「連れて行くって!?」
「連れて帰って直接タツヤに会わせるのよ!」
「えぇ!?」
ファシリアはそう言うと、倒れたミヤコ君を抱え、戸惑う私を引っ張って、消えかけのゲートを一目散にくぐった。
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「……ふぅ、なんとか間に合った。危なかったわね!」
「どうして急にゲートが閉じたんだ?」
ファシリアがゲートを調べると、まがまがしく光っていた秘宝は、すっかりその力を失っていた。
「あら……闇の魔力がすっかり切れたみたいね」
「そんな……!」
「何度も異世界と行き来したんだから、当然と言えば当然だわ」
「ええ!? 秘宝には無限の魔力があるんじゃなかったのか?」
「誰が無限だなんて言ったの? 魔力なんだから使えば無くなるわよ」
気を失ったミヤコ君を抱きかかえたまま、私たちは互いに顔を見合わせた。
宮子を元気付けようと日本にやって来たイーヴですが、まだ風の力に慣れていない部分もあり、余計な事ばかりしてしまいます。結果倒れてしまった宮子を連れ元の世界に戻った二人。精霊の秘宝は魔力を使い切り、力を失ってしまいました。
次回は宮子の語りになります。あの日の不運がだいたいイーヴ達のせいだった事に気付いた宮子はイライラします……。




