14 飽和した秘宝。~精霊の闇を吸い込む石~
場所:アーシラの森
語り:イーヴ・シュトラウブ
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ファシリアの力を得た私は、風になって空を駆け抜けていた。
通常なら、ポルールから王都までは馬車で五日、そこから遺跡までは森のなかを三時間は歩かなければならなかったが、風になった私たちは瞬く間に移動できた。
その爽快感は凄まじく、私の胸はスカッと晴れ渡るようだった。
竜巻のように砂煙を上げ、遺跡に降り立った私は、砂つぶに頬を叩かれながら実体化した。
私の隣で、同じように実体化したファシリアは、「もう、勢いがあまりすぎだわ」と呆れながらも、楽しそうに私の周りを飛び回っている。
私たちはいま、遺跡の奥に眠る異世界への転送ゲートを、精霊の秘宝に宿る強大な魔力で起動させようとしていた。
「ファシリア、きみは秘宝を使って何度も異世界に行ったのに闇に堕ちなかったのか?」
私の質問に、彼女は得意げに答えた。
『精霊の秘宝を使って闇に堕ちるのは人間だけよ。でも精霊と契約していれば大丈夫なの』
「そういうことか……!」
『まぁ、秘宝なんて使わなくても、力を失えば精霊は闇に堕ちるんだけどね』
ファシリアの話によれば、秘宝には精霊が吐き出した闇のモヤを吸い込み凝縮し、闇の魔力に変える力があるのだという。
精霊たちは古くから、秘宝をその地域の闇の処理に使用してきたらしい。
しかし、定期的に秘宝を浄化していたシュベールが闇に堕ちたことで、秘宝が闇のモヤを吸収しきれなくなると、秘宝の祭壇から闇のモヤが溢れはじめた。
そして、溢れた闇のモヤの中から、次々に魔獣が生まれてくるようになったのだ。
遺跡を覗いてみると、その中は魔獣でいっぱいになっていた。沼地から湧いてくる魔獣に比べると小型だが、かなり殺気立っているように見える。
さらによく見ると、この間ガルベル様が倒したはずの闇魔導師たちも、またウロウロしていた。
「こいつらは何なんだ? この間倒したはずなのに」
私が眉をしかめると、ファシリアはため息をついて言った。
『闇魔導師は秘宝を使って精霊の闇に堕ちた人間の末路よ。ここまでくると、盲目的に秘宝の持ち主の言うことを聞くようになってしまうの。こいつらは沼地からゲートをとおってきたみたいね』
「え? 沼地からだって? じゃぁ持ち主ってまさか……」
『そう、ゼーニジリアスよ。あそこにはここよりもっと大きな精霊の秘宝があるんだけど、人間を追い返す精霊がいないばかりか、ゼーニジリアスが秘宝を持ち歩いているものだから、隣国の人間がどんどん闇に堕ちてるのよ』
「精霊の秘宝はひとつじゃなかったのか」
『精霊の集まる場所にはだいたい秘宝があるわよ』
「じゃぁ、ポルールに沸いている魔獣は……」
『沼地の秘宝も、水の精霊が闇に堕ちて以来、満タンになって溢れちゃってるからね……』
物憂げな顔で話していたファシリアが、『もうこの話は終わり』、とばかりに私の腕を引っ張った。
『さぁ、さくっと魔獣たちを倒して、日本へ行きましょ!』
「そ、そうだな」
△
遺跡に入った私は、全身に風と雷を纏った。
狭い遺跡のなかを風になって移動し、魔獣が私に気付く前に雷を撃ち落とす。
普通の人間には、黄色く光る私の稲妻が遺跡のあちらこちらで光っているだけに見えるかもしれない。
ファシリアも風の刃で加勢し、私たちは次々と魔獣達を片付けた。
魔獣の群れを倒し切った私たちは、祭壇に置かれた秘宝を取りに行った。
『秘宝は闇が深いから、あなたは直接触らない方がいいわ。きっと気分が悪くなるわよ』
ファシリアはそう言うと、石の飾り台に設置されていた黒い宝石を手に取った。実物の秘宝は思いのほか大きい。リンゴくらいの大きさはあるだろうか。
恐ろしく強い闇の波動を感じるが、ファシリアと契約したからなのか、前のように『私を使え』と、誘惑されることはなかった。
私たちは祭壇からさらに遺跡の奥へ進んだ。
そこには魔法陣が描かれた円形のゲートが置かれていた。ゲートには秘宝を設置する穴があり、そこに秘宝を置くと、ゲートから円柱状に紫黒色の濃い光が立ち上がった。
『これが異世界ゲートよ。この光に入ればミヤコのところにいけるわ』
「凄い量の魔力だな。それに酷く禍々しいぞ……」
『えぇ。聞こえるでしょ? 精霊達の悲痛な叫びが……。近づいただけで気が滅入っちゃうわ。だから、精霊たちは秘宝の魔力を使いたがらないのよ』
ファシリアはそう言うと、悲しみに沈んだ顔で胸をおさえた。
確かに、秘宝から魔力が放たれると、苦しみもがくような精霊たちの叫び声が、幾重にも重なって響いてくる。これが仲間の声なら、間違いなく気が滅入るだろう。
――ファシリアは私の願いを叶えるため、何度もこのなかへ入ったのか……?
『さぁ、もう行きましょう。ぐずぐずしてたらまた魔獣が沸いちゃうわ』
「あ、あぁ」
光の中に入り、私の手を引くファシリア。
私たちは不思議な光につつまれ、身体が宙に浮いたかと思うと、見知らぬ世界の上空を風になって飛んでいた。




