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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第10章 事の真相

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13 精霊の契約。~いつかまた罰が下る~

 場所:ポルール

 語り:イーヴ・シュトラウブ

 *************



 タークがメルローズに戻り、十日ほどがたった。


 その日はまだ明け方だというのにかなり暑く、私、イーヴ・シュトラウブは見張りをしながら外の風で涼んでいた。


 蒸し蒸しとした空気のなか、心地よい風が(ほお)をかすめるたび、ファシリアのことを思い出す。


 タークが十歳で癒しの加護を授かってから、戦いが始まるまでの約三年間、私は隙を見ては森に(かよ)い、ファシリアと共に、闇に堕ちたシュベールの世話をしていた。


 そのころのファシリアはいつも元気に飛び回っていて、シュベールの闇に飲まれるような様子はなかった。


 それなのに、遺跡で見た彼女は、不気味な黒いモヤになってしまっていたのだ。



 ――きっと元気にしていると、信じていたのに……。私がもっと会いに行けていれば……。



 ファシリアが言うとおり、私は時折り、精霊の秘宝に呼び寄せられ、森の遺跡に足を運んでいた。


 そんな時は転送ゲートを使うため、貴重なミア・グジェを物資倉庫からくすねなくてはならず、私はその度、自分の弱さに(さいな)まれた。


 なんとか秘宝を使わずその場を離れるのが精一杯で、こっそりファシリアたちに会おうという気持ちにはなれなかった。


 くすねた魔力で愛する女性たちに会いに行ったのでは、罪悪感が余計に膨れ上がってしまうからだ。私は必死の思いで、何度も思いとどまった。



 ――あの様子を、まさかファシリアに見られていたとは……。



 ファシリアは風に姿を変えることができる。知らぬ間に見られていてもなにも不思議はないが、彼女には見られていないと思っていたかった。


 彼女は私が秘宝に魅せられている事に気づき、私の願いを代わりに叶えようとして、闇に堕ちてしまったのだろうか。


 ふと顔を上げると、朝焼けの景色のなかに、キラキラと淡く、緑に光っている部分があることに気づいた。



 ――この光は……まさかファシリアか?


 私はその光に駆け寄ると、「ファシリアなのか?」と声を掛けた。


『見つかっちゃった』



 風になっていたファシリアが、光のなかからすうっと姿を表す。その姿は以前のまま、緑の風に包まれ、キラキラと輝いていた。



「よかった、ファシリア、無事だったのか!」



 私が笑顔を見せると、ファシリアは悲しそうに少し俯いた。



『あなたをあんな目に遭わせたのに、まだそうやって笑顔を見せてくれるのね』


「当然だ、何度もいっただろう? 私はきみを愛していると」



 私がそう言うと、ファシリアは拗ねたように口を尖らせた。



『タークやシュベールと同じように? あなた、ほかにももっとたくさん愛している人がいるんでしょ? あなたの愛は数が多すぎるわ』


「ファシリア、きみの言うことはもっともだが、私の愛に嘘はない。もう、無茶はやめてくれ」



 手当たりしだいに目につくものを愛してしまう私の言葉を、信じない女性は多い。だが、私にだって特別はあるのだ。



『そうね。わかってる。実はあのときは、遺跡にかかっていたモヤを風で操っていただけなの。あなたが今後遺跡に近づかないように(おど)かしたかったのよ。私は昔から、遺跡に近づく人間を闇の精霊に化けて追い返していたの』


「あの物語に出てくる恐ろしい闇の精霊がきみだったなんて」


『わかったでしょ? 私はそんなによい精霊じゃないわ。腹が立ったら人間の街を吹き飛ばすくらいのことはしちゃうのよ』



 秘宝を奪おうと近づく人間を、闇の精霊が惨殺(ざんさつ)するという物語はとても有名で、大人でも身震いするような内容だ。


 だが実際に彼女に殺された人間などいないだろう。ファシリアはずっと、自分を悪者にしながら、人間が闇に堕ちないよう手を尽くしてきたに違いない。



「きみはよい精霊だ。私はきみが無事で本当にうれしいよ」


『やっぱりあなたはお人好しね。でもこれを聞けば、あなたもいよいよ私を憎むかしら……』



 ファシリアはそう言うと、不安げな顔で私を見詰めた。



「どうしたんだ?」


『このままじゃタークの心はまた壊れるわ。タツヤは頑張ってるけれど、日本に置いてきた大事な人が心配なのね。とても不安定な状態なの。もしかするともうすぐ消えてしまうかも……』



 ファシリアの声は重々しく、ひどく真剣だった。



「そんな……どうにかできないのか?」


『彼を安心させるため、日本にいるミヤコの元気な様子を伝えてあげたいんだけど……。彼女、毎日泣き喚いているのよ。悲しませないってタツヤと約束したのに……』


「どうしたら良いんだ……?」


『もう一度日本に行って、ミヤコを元気づけられないか試してくるわ。あなたの大切なタークを傷つけたこと、本当にごめんなさい。彼は必ずもとに戻すから。それじゃぁ、もう行くわ』



 意を決したようにそう言って、スッと舞い上がったファシリアを、私は慌てて呼び止めた。



「待ってくれ、私も一緒に行くことはできないか? 私もタツヤ君の大切な人を元気づけたいんだ。」


『それがあなたの望みなら』



 鈴の転がるような声が美しく(ひび)いたかと思うと、彼女は私の元にフワリと舞い降りた。そして、両手を私の(ほお)に添え、彼女は私にキスをした。


 その瞳には、深い愛が映し出されている。


 途端(とたん)に私の身体は緑の風につつまれ、重さを失った。どうやら私は、ファシリアの風の力を得たようだ。



「ファシリア……。まさか!?」



 彼女がシュベールのように闇に堕ちてしまうのかと思った私は、不安に強張った顔で彼女を見つめた。



『大丈夫、風の力を投げ出したわけじゃないの。これはただの契約。私はあなたのためだけに力を使うと誓ったのよ。これであなたはいつでも風になれる』


「急にどうしたんだ?」


『わかったのよ。あなたの愛は全部本物だって。どれが本物かなんて、頭を悩ませた私がバカだったわ』



 なにかを悟ったようにそう言った彼女を見て、私は小さなため息をついた。愛する女性にこんなことを言わせていたのでは、きっとまた私には罰が下るだろう。


 愛が有限だというならば、できるだけ多くの愛を彼女に注ぎたい。



「ファシリア、私は本当にきみが大切だよ。きみが自由に飛び回る姿を見ることこそが、私の願いだ」


『信じるわ。それもあなたの願いのひとつなのね』



 ファシリアはそう言うと、嬉しそうに私の周りを飛び回った。私が簡単には変わらないだろうことを、彼女はそのまま受け入れてしまったようだ。ものわかりのよすぎる彼女に、私は少し苦笑いした。



『イーヴ、あなたのそのエメラルドの瞳、風の力がよく似合うわ』


「ありがとう、ファシリア」


『さあ、早く行きましょう。ミヤコのところへ』


「あぁ!」



 私たちは風になって、空高く舞い上がった。その高さとスピードは、ガルベル様の(ほうき)を遥かに(しの)いでいた。

 闇の精霊が実はファシリアだったと聞いて驚くイーヴ。ファシリアと契約を交わし、風の力が使えるようになったイーヴは、宮子を元気付けるため遺跡へ向かいます。


 次回、ファシリアと共に遺跡に降り立ったイーヴは、精霊の秘宝の真実を知ります。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
おとぎ話に出てくる闇の精霊!? あれはモヤをまとうファシリアのことが伝わっていたんですねえ。驚きました。 それに、あの姿はてっきり闇堕ちしかけていたのかと……。 そうではなかったことは何より。 罪作…
[一言] イーヴ先生はファシリアと共に日本へ? みやこが日本にいるのかな? これは一体。
[一言] 花車様おはようございます! イーヴ先生はファシリアの風の力を得ましたね! これでみやこを救いたいと! 教え子の事もありますしイーヴ先生さすがです! 楽しい話ありがとうございました!(´▽`)…
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