09 魔女の涙。~もう、このままでもいい!~
場所:ガルベルの小屋
語り:イーヴ・シュトラウブ
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なかなか戻らないタツヤ君を心配し、私、イーヴ・シュトラウブが小屋の外に出ると、そこには膝を抱えて地面に座り込み、蟻の行列を眺めているタークの姿があった。
タークは私を見ると、にっこり笑って言った。
「イーヴせんせ! ぼく、ぎゅうにゅうのみたい!」
「幼いタークに戻ったのか?」
私はタークに駆け寄ると、その肩を抱きしめオイオイと泣いた。
「せんせ! なぁに? くるしいよ」
いつもキリリとしていたタークの表情が、こんなに幼く可愛くなってしまうとは……。私がタークに頬ずりしていると、様子を見ていたガルベル様が、私からタークを奪い取った。
「タッ君、お姉さんがわかる?」
「きれいなガルベルおねぇさん! ぼく、ぎゅうにゅうのみたい!」
「かっ……買ってくるわ! いますぐにね!」
ガルベル様は目を輝かせてそう言うと、箒にまたがり、猛スピードで街のほうへ飛んでいってしまった。
私はタークを風呂に入れ、ゴシゴシと頭を洗った。
――タークがタークなら、もうこのままだってかまわない。私が面倒をみるんだ。もう一度一から育てなおして、今度こそタークを英雄にするんだ。
私たちが真っ裸で風呂から出ると、ガルベル様がポカンとした顔でこちらを見て言った。
「あなた達、私が着替えを買ってきてなかったらどうするつもりだったの?」
「まぁ血まみれよりは裸でいいかなと……」
「いいかな! あはは!」
「タッ君はいいけど、イーヴ、あなたは服を着なさい!」
「なぜですか!?」
タークはガルベル様の買ってきた服を着ると、牛乳をガブガブのんで、「おいちー!」とにっこり笑った。
「か、かかか、可愛すぎる! タッ君、もうこのままでよくない?」
ガルベル様はヨダレを垂らし、いまにもタークに襲いかかりそうだ。
「やめてください、ガルベル様、タークを守るためなら、私はあなたとだって戦います!」
「なんですって!? この弟子バカ! でもタッ君は私の可愛いタッ君なんですからね!」
私たちが取っ組みあいを始めると、タークは腹をかかえてケタケタと笑った。
「イーヴせんせ! がんばって!」
「ちょっと、どうしてイーヴの応援なの!?」
その夜、ガルベル様はタークのためにたくさんのご馳走を作った。タークは幸せそうにもぐもぐと料理を口に運んでいる。
タークの笑顔なんて、最後に見たのはいつのことだろうか。本当に、本当に久しぶりに見た気がする。
「タッ君が不死身だからって、みんないろいろと期待しすぎなのよね。タッ君が笑っていさえすればそれで十分だってことが、私、いまわかったわ!」
ガルベル様は、嬉しそうに目を細めてタークの無邪気な笑顔を眺めていた。
「ガルベル様……。だけど私は、やっぱりタークを英雄にしたいです!」
「そんなの、自分でなればいいでしょ? イーヴ、あなたやっぱりバカなのね?」
食事のあと、眠そうに欠伸をしたタークを、ガルベル様はベッドに連れていった。
「ガルベルおねぇさん、ぼく、ねむいのにまぶちいよ」
「そうね、でも、その明るいのはあなたを守ってくれる優しい光よ。安心して眠りましょう。子守唄を歌ってあげるわ」
タークを寝かせると、ガルベル様は涙に濡れた顔で振り返った。長い間この恐ろしい魔女とともに戦ってきたが、彼女の涙を見たのはこれがはじめてだった。




