07 ガルベル様の小屋で。~そんなの、この世の終わりよ!~
場所:ガルベルの小屋
語り:イーヴ・シュトラウブ
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ガルベル様の箒は遺跡を飛び出し、私、イーヴ・シュトラウブは、目下に広大な森を見た。
その上空を滑るように進み、街を飛び越え、草原を横切って、私達は人里離れた小さな山小屋に移動した。
そこはガルベル様が長年使用していた魔術の研究場所だった。室内には怪しい魔術道具が乱雑に置かれ、不思議な植物が所狭しと育てられている。
私達は、キッチンのすぐそばの小さな丸いテーブルを囲んで座った。
「それで、私の可愛いタッ君はいったいどうしちゃったのかしら?」
ガルベル様は、くっつくほどにタツヤ君に顔を近づけ、彼の首もとを指で撫でながら言った。
「あ、あの……」
タツヤ君が顔を赤らめながら戸惑っていると、「かわいい! こんなウブい反応のタッ君何年ぶりかしら!」と彼女は益々彼をこねくり回す。
「ガルベル様、よしてください。その子は今タークじゃありませんよ」
私は呆れながらも、ガルベル様に事情を説明した。
「なんてことなの? タッ君が消えちゃうなんてそんなの、この世の終わりよ!」
ガルベル様はヒステリックに叫ぶと、タツヤ君に詰め寄った。
「なんとしても、タッ君をもとに戻してちょうだい!」
タツヤ君は困って後ずさりながら、「そんなこと言われても……」と口ごもっている。
「出来ないっていうの!? あなた、そのために呼ばれたんでしょ?」
タツヤ君を責め立てるガルベル様。私はタツヤ君とガルベル様の間に割って入り、彼女を懸命に制止した。
「やめてください。タツヤ君は被害者ですよ」
「でも、だって!」とガルベル様が騒ぐと、タツヤ君は小さな声で言った。
「出来たとしてもかなり時間がかかります。多分、何ヶ月かはかかるんじゃないかな。でも僕は、どうしても早く日本に帰りたいんです。僕、みやちゃんが心配だから……」
タツヤ君の困り果てた顔を見て、ガルベル様は急におとなしくなった。
「そうよね、あなたにも大切な人がいるわよね」
「それに僕は、ターク君を治す材料としてここに呼ばれたんですよね。長くこの中に入っていたら、きっと僕の心はターク君の心に取り込まれてしまう。そうしたらもう、日本には帰れないかも」
「そんな……」
私達は全員黙り込んでしまった。
タークは助けてやりたいが、だからと言って関係のないタツヤ君に修復の材料になれとはとても言えない。
じっとテーブルを睨んでいると、突然ガルベル様が立ち上がり、「そうだ、お腹すいたわよね?」と言って戸棚から鍋を取り出した。
「そうですね……!」
もう何日もなにも食べていなかったことを思い出した私は、急に腹が鳴り始めた。
「最近帰れてなかったから保存食しかないけど」
そう言うとガルベル様は湯を沸かし、パスタを茹でて、干し肉や瓶に漬けられたハーブ、木の実を炒めてささっと絡めて出してくれた。
「さすがです、ガルベル様」
私は喜んでパスタを口に運んだが、タツヤ君は暗い顔をして固まったまま動かなかった。
「タツヤ君も食べないか? タークは何日も食べてないはずだ」
「僕、食欲がわかないです」
「ちょっと、大丈夫なの? あなたまで弱ったら、タッ君がどうなっちゃうか……心配だわ」
ガルベル様は不安げな様子でタツヤ君の顔を覗き込んだ。
「僕、本当に早く日本に帰りたいんですよ……。好きな子に告白して、返事を待ってるところなんです。それに彼女、僕のせいで女の子たちに意地悪をされて、ケガをして……。あぁ……! 凄く心配だ……」
タツヤ君はそう言うと、俯いて頭を抱えてしまった。
「僕、どうすれば日本に帰れるんですか? ターク君を治したら、帰れるんですか? どっちにしても、消えてなくなってしまうとかじゃないですよね?」
私は、フォークを握った手をテーブルに置くと、「分からない……」と呟いた。ガルベル様もなにも言葉が出てこなかった。
タークのために元気を出せだなんて、とても言えない。
「僕、外の風にあたってきていいですか? 少しだけ一人になりたいんです」
タツヤ君はすっくと立ち上がると、一人で小屋を出て行ってしまった。




