06 秘宝のかける呪い。~流石に願い下げだな~
場所:タークの屋敷(客室)
語り:ターク・メルローズ
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「だけど、イーヴ先生が何度もシュベール達に会いに行っていたなんて。僕が彼女を探していたの、知ってましたよね?」
私、ターク・メルローズの尤もな質問に、イーヴ先生は申しわけなさそうに口をすぼめた。
「すまない、ターク。私もなかなか、彼女には会わせてもらえなかったし、話せるようになっても、彼女は危険な状態で……」
「シュベールが僕を殺せと言うなんて……」
そう呟いた私を見て、ファシリアがシュベールを庇う。
「あの闇はその昔大切な人に裏切られ、深い闇に堕ちた大精霊の影響を強く受けているの。だから、あれに捕らわれると、最初に一番大切な人を殺そうとするのよ」
「まったく、恐ろしい呪いだな。それでシュベールは私にあんなことを……。闇から冷めても大切な人を殺してしまった後では、簡単には立ち直れないだろう」
「殺したい相手が不死身でよかったわよね。相手がタークじゃ無かったらシュベールは自分で殺しに行ってたはずだわ」
イーヴ先生が大きなため息を漏らしている。闇に落ちた彼女に、私を殺せと言われた先生のショックは計りしれないものがあったはずだ。
私が先生の心労を慮っていると、ガルベル様が楽しそうに声をあげた。
「あら、私は精霊の闇に堕ちたイーヴが真っ先にだれを殺すのか、凄く興味があるわ!」
それを聞いたファシリアが、にまりと笑って言う。
「イーヴは世界から生き物が居なくなるまで燃やし尽くすんじゃない?」
「それ、全然笑えませんね」
「私をなんだと思ってるんだ?」
確かに、愛の多いイーヴ先生は、皆を愛しているようで、だれを一番に想っているのか分からない。万が一精霊の闇に堕ちたら、彼はだれを殺すのだろうか。
さらりと怖いことを言い出すファシリアに少しゾクゾクしながら、私はシュベールの安否を尋ねた。
「それで、彼女は今、元気なんですか?」
「会えてはいないが、闇からは抜けたと聞いているよ」
「よかった……」
闇の症状はかなりショックな内容だったが、長い間気がかりだったシュベールのその後が聞けたことに、私は少しホッとしていた。ファシリアは本当に良く彼女を守ってくれたようだ。
しかし、胸をなでおろす私を見たファシリアは、不満そうに唇を尖らせた。
「闇から抜けただけよ。もとには戻ってないわ」
「それでもよいほうに向かってるなら良かったよ。ありがとう、ファシリア」
「ふん。少しも良くないわ」
一貫して私に冷たい態度を取るファシリア。
――どうも、シュベールに癒しの加護を託された私が気に入らないようだな。イーヴ先生が私のために闇に堕ちかけたことも、私のせいだと不満に思っているようだ……。
――どちらの愛も私にとっては不可抗力なのだが……。
――まぁ、怒りの矛先が私ならそれで構わない。シュベールが無事で良かった。
私がそんなことを考えていると、ファシリアはますます不満そうに、顔を顰めた。
「なに笑ってるの? 不気味! 変なターク!」
――うぐっ……なかなかに酷い。
なにか言うと余計に怒らせそうなので、「ううん」と咳払いをして話題を変える。
「それで、秘宝を使おうとする先生を止めるために、異世界からタツヤを連れてきたと……?」
「そういうことだ」
「そうよ。闇に堕ちたイーヴなんて見たくないでしょ」
ファシリアはイーヴ先生の周りを、楽しそうにくるくると飛び回っている。さすが、だれもが一度は恋に落ちるといわれるイーヴ先生だ。当然のように精霊にも愛されている。
だが、いくらイーヴ先生を守るためとはいえ、わざわざ異世界からもう一人の私を探し出して連れてくるなんて、かなり突拍子もない気がする。
「ファシリア、どうしてそんな無茶なやり方を……? ほかにもっとマシな方法はなかったのか?」
私の質問に、彼女は得意げな顔で答えた。
「無茶っていっても、古の魔導書にも載ってる有名な方法なのよ? 精霊達もよく心が壊れるからね。強大な力を持った精霊が、正気を失ったらどうなるかわかるでしょ? 私達だっていろいろ勉強してるのよ」
「それにしたって……」
納得がいかない私が眉を顰めると、彼女は口を尖らせて、突っぱねるように右手を前に払う。彼女の指先から吹き出した風が顔面に吹き付け、私は体を仰け反らせた。
「もう、いいでしょ? タツヤも無事だったし、成功して治ったんだから」
「それは……結果そうなっただけじゃないのか?」
「ふーん、ならターク、あなた大きいまま、幼児からやり直す方が良かった? 子供の頃からの記憶も全部失うところだったわよ」
からかうような冷たい目線を私に向け、口元に不敵な笑みをたたえる彼女。確かに、こんな大きな身体で心だけ幼児だなんて、考えただけでゾッとする。
「……うーん、さすがにそれは願い下げだな……」
私がため息をつくと、ガルベル様が興奮したように身を乗り出し、目を輝かせて言った。
「だけど、幼児化したタッ君、すごく可愛かったのよ!」
「え……。ガルベル様も幼児化した僕を見たんですか?」
――てっきり彼女には見られていないと思っていたのに……最悪だ。
嫌な予感で頭から血の気が引き、目の前が暗くなるのを感じる。本当に彼女にだけは、その姿を見られたくなかった。
「ガルベル様、まさか僕に、変なことしてませんよね?」
引き攣った顔で尋ねた私に、ガルベル様はニコニコしながら答えた。
「いっぱいしたに決まってるじゃない! イーヴ、早くこの後の話を聞かせてあげて」
――あー、聞きたくない。もうなにも聞きたくないぞ……。
楽しそうなガルベル様を横目に見て、イーヴ先生もひどい苦笑いを浮かべている。
「そうだな……しかしどこまで話したものかな……」
先生がそう言ったとき、背後からタツヤの声がした。
「僕だっていろいろ言いたいことがあるよ」
――タツヤ、やっとミヤコの膝枕から起きたのか……? 羨ましくて死ぬところだったぞ……。
いろいろと打ちひしがれる私をよそに、ふらふらと立ち上がったタツヤを見て、ガルベル様とファシリアが感心した様子で唸り声を上げた。
「んまぁ、もう私のかけた沈静化が解けちゃうなんて、さすがね、タツヤ。あなたには本当に驚いたわ。どこから湧いてくるのかしら、その気力」
「タークの心の材料になっちゃうかと思ったけど、全然タークに飲み込まれなかったものね。私も感心したわ」
それを聞いたタツヤは不満に顔を歪め、キッと目を吊り上げて二人を睨み、大声をあげた。
「まったく、好き勝手言わないでほしいよ。僕がどれだけの覚悟でターク君の中に入ったと思ってるの? 気力で彼に飲み込まれなかっただって? 冗談じゃないよ! 全然違う! 僕がターク君に飲み込まれなかったのは、めちゃくちゃに嫉妬してたからだ!」
タツヤの怒りの叫びに、みなが一斉に口を閉じ、客室が静まり返った。
朝の光が差し込んで、室内はさっきまでよりずいぶん明るくなっていた。
――まさかタツヤが、嫉妬心で自我を保っていたとは……。
今まさにこの気持ちの厄介さを痛感していた私は、『こんなものに何ヶ月も良く耐えたものだ』と、タツヤに感心せずには居られなかった。
――そんな思いをしてまで、なぜお前は私を救ったんだ……?
ミヤコに支えられ、会話のテーブルに参加したタツヤ。
私の隣にミヤコが座り、さらにその隣にタツヤが座った。
「こうやって見ると本当にそっくりだな」
「イーヴさん、いいから話を続けてください」
達也にギロッと睨まれたイーヴ先生が、「あ、あぁ」と返事をし、重く歪んだ空気の中、話の続きが始まった。




