04 達也になったターク。~来てしまったガルベル様~
場所:アーシラの森(精霊の遺跡)
語り:イーヴ・シュトラウブ
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ファシリアがどこかへ消えてしまい、牢獄に取り残された私は、引き続きかたい床に転がっていた。
なんとかタークの拘束を解いてやりたいが、自分も手足を拘束されたままで、どうすることもできない。
タークは石の壁に分厚い錠で拘束されている。しかし、その程度の拘束は、普段のタークなら、腕力で簡単に抜け出せるはずだった。
「おうちにかえりたい」と、しばらくぐずぐず泣いていたタークは、突然気を失ったように眠ってしまった。
――私の自慢の弟子が、どうしてこんなことに……。
――タークは不死身の大剣士だぞ。
立派に成長したはずの弟子が、子供のように泣く姿は、少し見ていられない。しかし、小さいころの泣き虫だったタークを思い出すようで、なんだか懐かしくもあった。
――あぁ、ターク、まさかまだ、消えたりしてないよな……?
不安と焦りが、私の胸をざわつかせている。
――それにしても、ファシリアは、いつの間にあんな真っ黒なモヤになってしまったんだ?
苦しい夜が明け、朝になると、死んだように眠っていたタークがゆっくりと目を開いた。
「ターク! 大丈夫なのか?」
「え!? ここどこ!? わ! 僕捕まってる?」
「きみは……。もしかしてタツヤ君か?」
いつもとまったく、表情や話し方の違うターク。私は、ファシリアの言っていたタツヤ君が、タークに入り込んだのだと直感した。
「え、よかった。外人さん……。日本語が通じてる。そうです、どうして僕を知ってるんですか? おかしいな、僕、山にいたはずなのに……」
――なんて事だ……タークはどうなった?
このままタークが別人になってしまったらと思うと、底知れぬ不安が私を襲う。
タツヤ君は混乱した様子で、しきりに辺りを見回していた。それもそのはず、ここは蔦や苔が生えた石造りの牢獄のなかだ。
縦桟の向こうでは、黒いモヤに包まれた闇魔導師たちが、じっとこちらを覗き込んでいる。
なかに入ってくる様子はないが、かなり不気味だ。その奥には、数匹のガラマイラの姿も見えた。
目の前には手足を拘束され、額から血を流した男、床に転がる鎧と大剣、足元に広がる大量の血の跡……。
「本当になんなの? この状況……」
ポカンとするタツヤ君に、私は状況を説明しようと口を開いた。
「きみはこの国を救う英雄になる男、不死身の大剣士ターク・メルローズの心を修復するため、ここによばれた。きみは、もう一人のタークだ」
しかし、タツヤ君はますます困惑した顔をした。
「はい……? なにを言われてるかよくわからないんですけど……。すみません、どうして僕、拘束されてるんですか?」
「拘束されてるのは君じゃない。その身体はタークのものだ」
「僕、なんだか変な夢を見てるみたいだな。妙に眩しいと思ったら、身体が光ってるし……あなたは……?」
「私はイーヴだ。タツヤ君、きみはタークの心を治せるのか?」
「そういえば、タークの心を治せば日本に帰してあげるとかって、言われる夢を見たかも……」
学校行事で訪れていた山の中で、突然強い風に吹き飛ばされ、気を失ってしまったというタツヤ君。彼は夢のなかでファシリアから、タークの心を治せと言われたようだ。
ファシリアに見せられたタークの心は、半分ほど粉々に砕けていたが、元は卵のような形だったらしい。
その卵の割れた部分から漏れ出す、サラサラとした砂のようなもの……。その一粒一粒が、タークの記憶や想いのかけらだ。
殻を修復し、溢れた砂が消えないうちにかき集めて詰めなおせば、タークの心はもとに戻る……と。
「できそうなのか?」
私が不安に満ちた顔でタツヤ君を見上げると、彼はそっと瞳を閉じた。
「ターク君……これがきみの心か? ずいぶんこぼれてしまったんだね。ひどいな、そんなことがあったの? それから何日も食いちぎられつづけていたなんて……うんうん、それで小さくなったんだね」
タツヤ君は目を閉じたまま、幼児化したタークと話しているようだった。
「タークはそこにいるのか?」
「ええ。幼児化してるし、かなり消えかかってますけど」
「タツヤ君、お願いだ。タークを助けてくれないか?」
「えぇ……? 彼はかわいそうだと思うけど、こんなの僕には無理ですよ……。僕、一刻も速く、みやちゃんのところに戻りたいんです」
タツヤ君が迷惑そうに顔を顰めたとき、突然どこかで、扉が開いた音がした。コツコツと靴音を立て、だれかがこちらに近づいてくる。
――この足音は、まさか……。
牢屋を覗き込んでいた闇魔導師達が、慌てたように身構える。しかし、強力な火柱が立ちあがり、一瞬で皆燃え尽きてしまった。
飛びかかる魔獣も一撃で倒しながら、ツカツカと牢屋の前までやってきたのは、大魔道師ガルベル様だった。
彼女はなにか詠唱するでもなく、まるで最初から開いていたかのように牢屋の扉を開け、なかに入ってきた。
私の前に立った彼女は、不満そうに腕組みをし、床に転がる私を見おろして言った。
「やっと見つけたわ! イーヴ、まったく、ちゃんと行き先を言って行きなさいよ! こんな情けない姿になっちゃって!」
「ガルベル様、なぜここに来てしまったんです!?」
私は「最悪だ」という顔で項垂れた。
この遺跡を知ってしまったものは、私と同じ苦しみを味わうからだ。欲望まみれのガルベル様が闇に堕ちたなら、それはもう、世界滅亡の危機だろう。
「ポルールを離れる段取りをしてから、水晶であなたの痕跡を追ってきたのよ。すごく時間がかかっちゃったわ!」
ガルベル様は私たちの枷を易々とはずし、パパッと私に治癒魔法をかけた。
そして、「もう、タッ君ったら。捕まっちゃダメじゃないの」と、言いながら、タツヤ君の方を振り返った。
ガルベル様のやることを、ポカンとした顔で眺めていたタツヤ君。たとえ異世界の住人でなくても、ガルベル様にはじめて会ったなら、だいたい皆、こんな顔になる。
タツヤ君も大きく目を見開いて、かなり戸惑っているようだ。
「えっと……すごいですね。あなたは魔法使いさんですか?」
タツヤ君の発した言葉に、ガルベル様はショックを受け、ふらりとよろけた。
「えぇ!? タッ君、どうしちゃったの!? きれいなお姉さんを忘れるなんて……。悪い冗談はやめて……!」
「それが、タークの心が壊れてしまって……」
状況を説明しようとすると、ガルベル様は私とタツヤ君をぐいっと両腕に抱え、箒にまたがった。床に転がっていたタークの大剣と鎧が、私に向かって飛んでくる。
「これ持って! 話はあとで聞くわ! この遺跡、本気ですごくやばい気配がするじゃない。とにかく速く脱出しましょ!」
ガルベル様に抱えられた私たちは、まるで重力がなくなったかのように軽くなり、ふわりと浮きあがった。
思わず「うわっ」と声をあげた私たちを乗せ、箒はそのまま猛スピードで遺跡を飛び出す。
木の葉の中を突き抜けるように上昇した私達は、大空へ高く舞いあがった。




