01 タークがいない!~不死身だから心配なんです~
場所:ポルール
語り:イーヴ・シュトラウブ
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「ターク! タークはどうした!? タークが戻らない!」
満天の星が広がる夜の沼地に、弟子の名前を叫び駆け回る一人の男がいた。
慌てふためき涙と鼻水を流しながら、走り回る姿は我ながら見っともない。
偵察に出たまま戻らないタークを探し、走り回っていたのは、私、イーヴ・シュトラウブだ。
出会う女性を皆失神させてしまうほどの美貌をもつ私だが、可愛い弟子のことになるとついついパニックを起こし、顔面が崩壊してしまう。
私は一人大騒ぎしてそこら中を駆け回ったあと、ポルールと湿地帯の境にある第一砦の跡地に駆け込んだ。
砦の機能ははたさない残骸ではあるが、この場所はいま、偵察部隊の仮の基地になっている。
青ざめた顔でドタバタと壊れた砦のなかを一回りしたが、やはりタークの姿は見つからなかった。
再び外へ飛び出した私は、空に向かって大声をあげた。
「ターク! ターーーーク!」
昼間のタークの活躍で、この辺りの魔獣は一掃され、束の間の静寂が辺りを包んでいた。私の叫び声だけが、茶色い沼地にどこまでも響き渡っていく。
屋外にテーブルセットを出し、星空を眺めながら紅茶を飲んで寛いでいたガルベル様が「うるっさいわね」と迷惑そうな顔をした。
「ガルベル様! タークが戻りません……!」
ひどい顔で振り返った私にガルベル様は呆れた声を出す。
「またまた、心配しすぎじゃないの? タッ君はピッカピカの不死身なんだから大丈夫でしょ」
余裕の表情を見せる彼女に苛立った私は、紅茶の乗ったテーブルにバンッと両手をつき、さらに大きな声を出した。
「だから怖いんですよ!」
ガルベル様はテーブルが揺れたはずみで空中に飛び散った紅茶を、魔法でカップに戻すと、「やめてよ、びっくりして魔力使っちゃったじゃないの」と、文句を言った。
詠唱もなしに、とっさにこんなことが出来る魔導師は世界広しといえど彼女くらいだ。ただし、無意識とはいえ多少なりと魔力を消費するらしい。
だがいまは、そんなわずかな魔力消費にガタガタ言っている場合ではない。
私の可愛い弟子であり、この国の希望でもある、不死身の大剣士ターク・メルローズが、突然姿を消してしまったのだから……。
「タークは、あいつは休むことも死ぬこともできないんです。万一敵に捕らわれでもしたら、どんな哀れな目に遭うか……。あぁ!」
また湿地へ走り出そうとする私の首根っこをガルベル様が捕まえた。
「バカね、そんなに走り回ってどうするの? タッ君なら私が水晶で見つけてあげるから」
ガルベル様は、ローブの袖から水晶玉を取り出し手をかざすと、「さぁ、水晶さん、タッ君はどこ?」と呪文とも言えないような文句を唱えた。彼女は魔法の発動に、厳密な呪文を必要としない。
ガルベル様が囁くと、輝く夜空の星が映り込みキラキラと光っていた水晶が、もやもやと色を変え、薄暗い牢獄がその玉のなかに映し出された。
そこには拘束され、だらんと項垂れるタークの哀れな姿があった。
ライオンの姿をした魔獣ガラマイラが何度も何度もタークの腹部に食いつき、その後ろから闇魔導師たちがタークに執拗なサキュラルを唱えているのが見える。
あのタークがこんな奴らに拘束されてしまうなんて、普通に考えればありえないが、タークは何故か力なく項垂れたまま、魔獣たちのされるがままになっていた。
「なんてことだ……速く助けに行かないと! ガルベル様、タークは何処にいるんですか?」
私はすっかり青ざめた顔で、ガルベル様の肩を激しくゆさぶった。
「やめてったら」と、彼女は迷惑そうな顔をしながらも、再び水晶に手をかざしたが、ため息をついて首を横に振った。
「わからないわ……どこか、封印に閉ざされた場所にいるみたいね」
「そんな! 湿地のどこかじゃないんですか?」
「だから、わからないったら。ちょっと落ち着いてよ」
そういうガルベル様の顔からも、さっきまでの余裕は消えている。私は必死に水晶に映った映像からタークの居場所のヒントを探した。
蔦の巻きついたグレーの石壁に見覚えのある紋章が刻まれている。
――この場所は……!
心当たりを思い出した私は、「ここは頼みます」と、ガルベル様に頭を下げ、行き先も告げず一人駆け出した。
――アグス様、タークを救うため物資をお借りします。
品薄状態の物資倉庫から、貴重なミア・グジェをゴッソリと持ち出した私は、ポルールの町の端に放棄されていた転送ゲートを起動した。
△
ゲートをくぐり、瞬間移動した先は王都の西の端だった。私はそこからアーシラの森に入り、一寸先も見えない不気味な夜の森を星の光を頼りに奥へ奥へと進んだ。
――あの紋章は、シュベールに連れていかれた精霊の秘宝がある遺跡に違いない……。
――まさか、シュベールがタークを殺そうとしているのか?
なんとか遺跡にたどり着いた私は、籠手の飾りのなかに隠し持っていた遺跡のカギを取り出した。
――あの日から肌身離さず持ち歩いていたこの鍵を使う日がくるとは……。
古びた扉に鍵を挿そうとしたそのとき、「ウフフ……ウフフフフ……」と、妖しい笑い声が辺りに木霊した。
その声は恐ろしく闇深く、どこから響いてくるともわからなかった。
――まさか、秘宝を守る闇の精霊か?
冷や汗が額を流れ落ち、私は生唾をゴクリと飲み込んだ。
「ウフフ……。やっぱり、来たのねイーヴ」
「まさか、シュベールか!? なんのつもりだ! タークを返せ!」
低くくぐもった声は私の知るシュベールの声とは似ても似つかないが、シュベールはさらに深い闇に堕ち、闇の精霊になってしまったのだろうか?
振り返ってみても、シュベールの姿は見えず、代わりに濃い黒いモヤが私にまとわりついた。
途端に目の前がクラクラし、急激に気分が悪くなる。
必死に口をふさぎ、モヤを振り払おうとするが、すでにかなりの量を吸い込んでしまっていた。
苔むした石畳のうえに両膝をつき、さらに両手をつく。
「くそ……! シュベール……タークを……かえ……せ」
私はそのまま、ゆっくりと前に倒れ、気を失ってしまった。




