12 抱きしめたい。~膨れ上がった気持ち~
場所:タークの屋敷
語り:ターク・メルローズ
*************
屋敷に戻った私、ターク・メルローズが、眠る準備を整えていると、メイド服に着替えたミヤコが寝巻を持って部屋に入ってきた。
「わざわざメイド服に着替えてこなくてもいいんじゃないか?」
ミヤコはメイドの部屋で寝支度を整えると、メイド服に着替えて私の部屋に来る。そのあと、バスルームに入って、私の隣で眠るために寝巻に着替えるのだ。
「寝巻であまりウロウロするわけにもいかないので……」
彼女はそう言うと、自分から私のベッドに入り、「さぁ、早く寝ましょう」と私をよんだ。
ガルベル様が来た日以来、ミヤコはもう半月、ずっとこんな調子だ。
前はなんだかんだと抵抗していたのに、最近は私が頼みもしないうちから、私のベッドに潜っているのだ。
舞台上で歌う彼女に、すっかり心を射抜かれてしまった私は、喉から飛び出しそうになる心臓をおさえつけ、まるで操り人形のようにギクシャクとベッドに入った。
彼女は横になった私に僅かににじり寄り、毎夜私の手を握る。私が悪夢を見ないように、最初から手をつないでおく作戦だと言うのだ。
まるで王家の秘宝を守るガーディアンのように、彼女は私の手をはなそうとしなかった。
私と彼女の間に防壁のように挟まっていたピエトナの抱き枕も、いつの間にか端に避けられてしまっている。
――弱ったな……。これでは逆に目が覚めてしまう。
私は毎日、彼女に吸い込まれそうになる気持ちを、おさえつけるのに必死だった。
彼女の柔らかな白い手が、私の手を包み込み、黒い瞳に私の放つ光が映り込む。
ヘーゼルに染まったその瞳が、眠そうに少しとろっとして、じっと私を見詰めてくる。
――綺麗だ……。少しは抵抗してくれないと、本当に抱きしめてしまうぞ……? 抱きしめていいのか? いや……だめか……?
私が彼女を抱きしめるかどうかを真剣に悩んでいると、心のなかで、タツヤが久々に怒りはじめた。
『絶対だめだよ。百歩譲って手をつなぐくらいは許してきたけど、それ以上みやちゃんに触ったら、本気で後悔させるからね!』
――お前、久しぶりだな。半月も黙ってるから消えたのかと思ったら、まだいたのか?
『僕はみやちゃんと一緒に日本へ帰るためにいま頑張ってるんだ。のんびり話ばかりしていられない』
――ミヤコと一緒に日本へ帰るだと……? お前は帰る方法を知っているのか? いったい、私のなかでなにをしてるんだ。いい加減話せ。
『じきにわかるよ。すっかりみやちゃんにメロメロみたいだけど、本当に手を出しちゃダメだからね』
――わかった……。
私は心のなかでそういいながら、ミヤコを抱きしめる代わりに彼女の髪を撫でた。
タツヤはまだ怒っているが、あまり頭に入ってこない。
青い薔薇のドレスを着て、皆の前で堂々と歌うミヤコは、まさに癒しの歌姫だ。
皆がミヤコを憧れや羨望を込めた瞳で見詰めるなか、私も例に漏れず、当然のことのように彼女に心を奪われた。
ずっとタツヤのせいにして、見てみぬ振りをしてきた彼女への好意は、もう誤魔化すことができないほどに膨れあがっているのだ。
私に無言で髪を撫でられたミヤコは、まるでリンゴのように顔を赤く染め、動揺のせいか、握った手にキュッと力を入れた。
――なんて愛おしいんだ……。
そんな言葉が心に浮かんで、目の前の彼女がやたらとキラキラして見える。
「……ターク様……ですよね?」
いつまでも髪を撫でている私に、彼女は少し、困惑した顔でそう言った。
「またそれか。私が髪を触るとおかしいか? 前に何度も触っただろ」
「てっきり、達也の仕業なんだと思ってました」
「どうしてそうなるんだ?……タツヤはいつもこうしてお前に触れていたのか?」
「えっ」
「タツヤにこうされるほうがよかったか?」
「え……えっと……」
私のあまりにも嫉妬深い質問に、ミヤコは目を丸くして、ますます頬を真っ赤に染めた。
彼女の口からタツヤの名前が出たことで、私の口はまた、制御が効かなくなってしまったようだった。
「達也は、だれにでもそんな感じだったので……」
「困ったやつだな」
「ターク様も、だれにでも優しいので同じですよ。二人は確かに別人ですけど、似てるところも多いですよね」
「……そうか」
胸にガツンとくる衝撃を感じた私は、彼女に握られた手を離し、のそのそと起きあがった。そして、彼女の奥におしやられていたピエトナ抱き枕を手に取り、くるっと彼女に背中を向けた。
――なるほど、タツヤが長年アピールしていても、幼なじみのままだったのは、そういうわけか……。
ずっと考えていたことの、答えを見つけた気がして、私はピエトナ抱き枕をギュッと抱きしめた。
――日本の女性は、だれにでも優しい男は嫌いなはずだ。
――いまだにミヤコにそう思われているタツヤは、やはりすでに振られている。そして、それは、どうやら私も同じことだ。
――タツヤは大切な幼なじみ、私は大切な命の恩人……。ミヤコのなかではそれ以上でも以下でもないらしい。
浮かれたように高鳴っていた胸が、まるで高い崖から荒々しく渦を巻く波のなかに突き落とされたかのように、急激にきしみはじめた。
――なんて苦しいんだ。だめだ……なによりもきつい……。
そして、タツヤは半月も前から、ミヤコを連れて日本に帰ろうとなにやら動き出している。
気付いてしまった彼女への想いに、事情もよくわからないまま、終止符が打たれようとしているのだ。
――これでいいのか? ミヤコを日本に帰さなくてはと思っていたが……このままミヤコを失えば、私は……。
抱き枕に頭をこすりつけながら、もんもんと考え込む私を、ミヤコがもとの向きに戻そうとする。
「ターク様、悪夢をみちゃいますよ。こっちを向いていてください」
天使のような囁き声が耳をくすぐって、背後からミヤコの手が伸びてきた。彼女の身体の柔らかい感触が、私の背中に張りつく。
私はたまらずその腕を掴み、彼女を引き寄せた。突然起きあがった私に、ミヤコはまるで、はじめて出会った日のように驚いた顔をしている。
「タ、ターク様……?」
「ミヤコ、日本には帰らないで……」
彼女の少し開いた唇に吸い寄せられるように、私は彼女に顔を近づけた。ミヤコには何度かキスをしたが、こんなに緊張したことはない。
私の唇がミヤコに触れそうになったそのとき、タツヤがこの世の終わりかのように大声をあげた。
『やめて! ターク君、本当に許さないよ! それに僕はまだ、振られてないから!』
「痛っ」
頭が割れそうな痛みが走り、私は慌ててミヤコをはなした。
「タ、ターク様、大丈夫ですか?」
ミヤコが青い顔で、私の顔を覗き込んでいる。
――くそ……タツヤのやつ……。
私はまた、ベッドに横になると、ミヤコのほうを向いて目を瞑った。
「もう寝る……」
「は、はひ。おやすみなさい」
ミヤコはまた、手繰るように私の手を握る。
――キスは失敗したが、いまは幸せだ。こんな日がずっとつづけばいい。
私は彼女の手を握り返した。
――愛されていなくてもかまわない。ミヤコを失いたくない。
胸の高鳴りを悟られないように息を潜め、私は長い間、寝たふりをしていた。




