11 ギリギリなんです!~青いドレスに薔薇の飾りを~
場所:メルローズ領
語り:小鳥遊宮子
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王都の会場を何箇所か演奏して回った私、小鳥遊宮子とターク様は、馬車に乗り、メルローズの街に戻ってきた。
「やっぱりメルローズの街は落ち着きますね! ターク様」
「あぁ。王都の人の多さはとんでもないな」
舞台で歌ったあとは、緊張で少しぐったりするけれど、清々しい達成感と高揚感は馬車に揺られてもなかなか鎮まらなかった。
商店街に差しかかると、ターク様が外を指差して言った。
「ミヤコ、食堂に寄らないか?」
「わ、ターク様、今日も食欲ありますね!」
「食べないとお前がうるさいからな」
ターク様はそう言いながらも、最近はずいぶん食欲があるようで、三食の食事に加え、王都でもよく屋台なんかの食べものを買って食べていた。
食欲があるのは元気が出てきた証拠だろうと思う。
彼が消えてしまうのを心配していた私は、ほっと胸をなでおろしていた。
私たちはメルローズの商店街の片隅にある小さな食堂に入った。
遅い時間だったので、店内は比較的空いていて、私たちは四人がけの大きなテーブルに向かいあって座った。
「ターク様、私食堂ははじめてです!」
「嬉しそうだな。好きなものを食べていいぞ」
ターク様はそう言って、私にメニューを差し出した。文字が英語の筆記体のようにグニャグニャしていて、非常に読みにくい。
「読めそうか?」と、ターク様が少し意地悪な顔で私を見ている。
なんとか読めるものの、いまひとつどんな料理なのかわからない料理名ばかりだった。
「タコノスのスパチラ炒めマルケニール添え……?」
「おぉ、よく読めたな」
「ふふふ。でもこれ、魚介料理でしょうか?」
「いや、それは、肉だな。からいやつだ」
ターク様はそう言うと、ペロッと舌を出して、それを手で扇ぐような仕草をしてみせた。
寝不足が悪化すると完全に無表情になってしまうターク様が、こんなジェスチャーまで! と、なんだか嬉しくなってしまう。
「えーと……私、お料理の名前わからないので、やっぱり、ターク様決めてもらえますか?」
「そうだな……。魚介が食べたいのか?」
「はい! 普段はお肉が多いので、できたら魚介がいいです」
「……じゃあこれだな。シロビラのスクーラ蒸し。それからパスカーニのハラージョと……」
呪文みたいなメニューを次々に注文するターク様を、少し不安になりながらも眺めていると、思ったとおり、大きなテーブルが料理で埋まってしまった。
「タ、ターク様、これ、頼みすぎじゃないですか?」
「魚介といっても種類が多いからな。いろいろ食べて好きな料理の名前を覚えるといいぞ」
ターク様は満足げな顔でニコニコ笑っている。彼の買いものは相変わらず豪快だった。
「これじゃ、食べきれませんよ」
「あれだけ歌ったんだ。魔力を消費しないとはいえ、腹が減ってるはずだ」
「それはそうですけど、ドレスがはちきれますよ?」
私がそう言うと、ターク様は急に、「プ……ククク……」と肩を震わせて笑いはじめた。
「このドレス、実は結構ギリギリなんですよ?」
「あははは、やめろ、ミヤコ、笑わせるな」
ターク様はお腹を抱えて、涙を流して笑っている。こんなふうに声を出して笑う彼を見たのははじめてのことだった。
「そんなに笑わなくても……」
私が口を尖らせると、ターク様は涙を拭って言った。
「や、すまない。お前は本当に面白いな。破れたら代わりのドレスを買ってやるから好きなだけ食べろ」
「もう!」
「冗談だ。怒るなよ。だが予備があったほうがいいな。明日王都に行ったらドレスを何枚か買おう。もっと豪華なやつに羽のついた帽子もつけて……。皆がお前を青薔薇の歌姫と呼んでいるからな。青いドレスに薔薇の飾りをつけよう」
ターク様はキラキラの瞳をさらに輝かせてずいぶん楽しそうだった。あの観衆を前に演奏した後のせいか、ターク様のテンションも上がっているようだ。
「そんなの、要りませんよ」
「いや。私が着せたいんだ。綺麗な歌姫は皆の心まで癒しているようだからな」
そう言ったターク様は、眩しそうに目を細めて私を見詰めた。
――また……ターク様はそういうことを平気で言うんだから……。
私は顔が真っ赤になるのを感じて、思わず俯いてしまった。
「とにかく、食べよう。明日も忙しいぞ」
美味しい魚介料理をお腹いっぱい食べ、私たちはターク様のお屋敷に戻った。




