08 私、ついていきます!~眩しく見える君~
場所:タークの屋敷
語り:ターク・メルローズ
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朝日が昇りはじめ、薄明かりが漏れるカーテンの向こうから小鳥のさえずりが聞こえている。
昨日私が隣に寝かせたミヤコが、メイド服姿のままスウスウと寝息を立てている。
いつも私より先に目覚めていた彼女が、こんなふうに寝顔を見せるのは珍しい。
彼女が私の手をしっかりと握りしめていることに気付いた私は、小さくため息をついた。
マリルに婚約破棄を言い渡されたのも、まだほんの六日前だというのに、私はまた強引に彼女を隣に寝かせてしまったのだ。
「ミヤコ……」
私が呟くと、彼女はゆっくりと目を開いた。持ち上がった長いまつ毛のしたから現れた黒い瞳が、私から漏れ出る光を反射してキラキラと光っている。そのしたの頬にはうっすらと涙のとおった跡が見えた。
「ふぁ……おはようございます。ターク様……ですよね?」
「なんだ? そんな当たり前のことを聞いて……」
「あっいえ、ターク様、パンですよね? あっ……朝御飯……」
寝起きから少し様子がおかしい彼女は、さっきから私の手を握ったままだ。
「これはなんだ?」
私がつながれた手を指差すと、ミヤコはハッとした顔で私から手を離した。
「すみません、ターク様があんまり魘されていたので……」
ミヤコが言うには、私は夜中中ひどく魘されていたらしい。苦しむ私の手を、彼女はずっと握ってくれていたようだ。
「ターク様、いつもあんなに苦しんでいたんですか……?」
少しショックを受けた様子のミヤコが、心配そうな顔で私を見ている。
「泣いたのか?」
「少し……。驚いてしまって……」
――なんだ……? 妙だな。
彼女を泣かせたというのに、タツヤがなにも言ってこない。
そもそも、昨日、私がミヤコを隣に寝かせた時点で、耳鳴りのひとつも起こさないのがすでにおかしい。
タツヤの気配はするが妙に静かだ。
私はのそのそとベッドのうえで身体を起こした。あんなに早く寝た割りには、まだかなり頭が重い。
だが、ずっとまともに眠れていなかった私には、ずいぶん調子がよくなったように感じる。
「心配させたみたいですまないな。ここのところ眠るとあまりよくない夢を見てしまうんだ」
「かなりつらそうでしたよ」
「あぁ、だがお前のおかげで今日はほとんど覚えていない。助かったよ」
彼女が嬉しそうに微笑んだのを見て、私はその頭をくしゃくしゃと撫でた。
少し顔を赤らめた彼女の姿が、私の心をジワジワと温めていく。
――やっぱり、ミヤコがいないとダメだ。タツヤではなく……私が彼女を必要としている。
わかっていたようで、わからないふりをしてきた自分の感情が、タツヤが静かなことで、はっきりと浮き彫りになってしまっている。
――参ったな。
ぼんやり考え込んでいる私を置いて、ベッドから抜け出したミヤコは、テキパキとカーテンを開きはじめた。
「ターク様、ずいぶん寝汗をかいてますから、お水を入れてきますね。あと風邪をひくといけないので、お着換え用意しますね」
「私は風邪は引かないぞ」
「そうでした」
いそいそとベッドルームを飛び出したかと思うと、水と着替えを持って戻ってきた彼女。
昨日のままの姿だというのに、そのまま働きはじめるつもりだろうか?
「ミヤコ、今日は休みにしていいから、自分の部屋で休むといい」
「ありがとうございます。でも私もたくさん寝たので平気ですよ? ターク様は今日、どうされるんですか?」
「そうだな……なん人か治療して回って、それからガルベル様に会いに行く。考えなおしてくれるように説得しなくてはな」
「私、ついていっていいですか?」
ミヤコの唐突な申し出に、私がポカンと口を開けると、彼女は「私、ついていきます!」と言いなおした。
「あぁ……かまわないが、どうしたんだ?」
「私、ターク様をお手伝いしたいんです。ほら、私がいれば魔力も使い放題ですよ? 私、歌いますから!」
そう言って、にっこりと私に微笑みかける彼女。開けた窓から差し込む朝日に照らされ、かなり眩しく見える。
「それはいいな。いろいろ捗りそうだ。まだ早いから、ゆっくり準備してから行こう。お前も着替えてこい」
「はい!」
「どうせならドレスを着てこい」
「えぇ!?」
顔を真っ赤にして眉をひそめた彼女だったが、しばらくすると、私のリクエストどおり、青いバラのドレスを着て戻ってきた。
首元には私が先日贈ったネックレスが光り、団子に結われた髪には、タツヤに言われて買った髪飾りが挿されている。
やはり彼女には、この色がよく似合う。
「歌姫って感じがしていいな」
私はいつもの鎧を着こみ、大剣を背中に担ぐと、ミヤコを連れてメルローズの街に出かけた。




