07 消えそうな心。~君が傍にいればそれでいい~
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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ターク様から漏れ出す金の光に照らされ、どうしても暗くなりきらない寝室のベッドのうえで、私は、すやすやと眠るターク様を眺めていた。
あの真っ赤だったベッドのシーツは深いネイビーに色が変わっている。ピエトナ抱き枕も気に入ってくれたみたいだけれど、ターク様の不眠症は簡単には治らないようだった。
何日も眠らず、食事もとらず、かなり思い詰めているようなのに、見た目にはいつもどおり、キラキラして、健康そうに見えるターク様。
普通の人ならとっくに痩せこけて、周りが勝手に心配しているところだ。
――不死身でも、やっぱり食事は心の栄養よね。
明日からは毎日きちんと食事を摂ってもらおうと、私が勝手な決心をしていると、眠っていたはずのターク様が突然むくっと起き上がった。
「あれ? ターク様、もう目が覚めちゃいましたか?」
「う……ん……みやちゃん、僕だよ」
「え!? 達也?」
なんと目覚めたのは、ターク様ではなく、達也のほうだった。
達也は眩しそうに目を細めて、「うわぁ、相変わらず光ってるな、この身体……」と呟いている。
やっぱり慣れていないと、本人も眩しいらしい。
「達也、ターク様はどうなっちゃったの?」
「うーん、眠ってるよ。精神面がかなり弱ってるから僕が表に出ちゃったみたいだね」
達也が言うには、ターク様の気分の落ち込みが激しくなると、たまに少し表に出てしまうことがあるらしい。
数々の心労で、ただでさえ参っていたターク様は、今日のガルベルさんの発言で、すっかりとどめを刺された形になり、いつ消えてもおかしくないほどに弱ってしまったようだ。
「プライドの高いターク君が、ズタボロになっていくのをちょっと面白いなって思いながら、みてたんだけどね、そろそろ本当に限界かもしれないな」
「限界って、ターク様、どうなっちゃうの?」
達也とは思えない、意地悪な発言に少し驚きながら尋ねると、達也は「うーん」とひとつ唸って答えた。
「彼が消えれば、この身体は僕が動かすことになるかな。きみがミレーヌの身体を動かしてるみたいにね」
――ターク様が消える!?
――まだ恩返しのひとつもできていないのに!?
――ダメダメ、悲しすぎる!
私は頭から血の気が引いていくのを感じながら、達也の顔を見詰めた。
「も、もしかして、達也は、その身体がほしいの……?」
私の不安げな顔を見て、達也は「はぁ」とため息をつく。
「みやちゃん、そんな顔しないで。僕はターク君の身体を乗っ取ろうとかは思ってないよ。こんな眩しい身体じゃ日本に帰れないからね」
達也はキラキラと金の光が漏れだす手を開いたり閉じたりしながら、苦笑いをしている。
確かに、行方不明になった少年が、こんなにキラキラになって帰ってきたら、日本は大騒ぎになるだろう。
「私たち……日本に帰れるの?」
ここ最近、不思議なほどに日本へ帰るという発想を忘れていた私は、目を丸くして達也にそう尋ねた。
「まぁ、いまのところ望みは薄いよ。ターク君次第かな。彼には早く元気になって、戦いを終わらせてもらわないと」
「どういうこと?」
「ほんと、いろいろあってさ……ちょっとまだ言えないんだけど、もうすぐわかるから」
達也はそう言うと、真剣な顔で私の前に座りなおした。達也の顔がグッと私に近づいてきて、甘えるような囁き声が耳をくすぐる。
「ねぇ、みやちゃん、僕は早く自分の身体に戻って、きみを連れて日本に帰りたい」
「う、うん」
「そのためにも、いまターク君が消えちゃうと困るんだ。本当はこんなこと、きみに頼みたくないんだけどさ、いまターク君を元気づけてあげられるのはきみだけだから、お願いできるかな?」
げんなりしたように少し俯いて、また小さくため息をつく達也。
達也はターク様が私に触れるのも見るのも嫌がっている。私にそんなことを頼むのは、不本意に違いない。
それでもわざわざ頼んできたのは、きっと達也だってターク様が心配なのだろう。
「だけど、いったいどうしたらターク様は元気になるの?」
それはきっと、私より、ずっとターク様のなかにいる達也のほうが詳しそうだ。
私の質問に、達也は少し、照れながら、こう答えた。
「ターク君はもう一人の僕だからね。みやちゃんがそばにいればそれでいいんだよ」
眩しそうに目を細め、私を見詰める達也。
――そんなことある!?
「ターク様は、達也とは違うでしょ?」
私が首をかしげると、達也は大真面目な顔で言った。
「同じだよ。君がずっとそばにいたのが僕。いなかったのがターク君だ」
「いやー……そんな程度の違いではないよね……?」
確かに、たまに似ているときはあるけれど、さすがにそれは思い込みがすぎるんじゃないかと思う。私が呆れた声を出すと、彼は拗ねたように口を尖らせた。
「最悪だよね。ターク君ってば、僕が見てるのを知っていながら君にベタベタ甘えちゃって。すっごいイライラするから耳鳴り起こしてやるんだけどさ……」
「う……うん。耳鳴りはやめてあげてね……」
「まぁでも、僕もちょっと我慢して、ターク君が消えたりしないように頑張るから。だから……みやちゃんも、ターク君から目を離さないであげてほしいんだ」
なにか心を決めたように、真剣な顔をした達也。
事情はよくわからないけれど、彼も苦しいなか、日本へ帰るため頑張っているようだ。
「わかったわ! まかせて!」
「みやちゃん……そのときが来たら、僕と日本に帰るの、約束だからね?」
「う、うん! きっとね」
そう返事をしたものの、やっぱり、日本に帰るという言葉に、あまり実感がわかない。
だけど達也は、その方法を知っているのだろうか。
「あー、もうダメだ。動けなくなってきちゃった。おやすみ、みやちゃん!」
達也はそう言うと、また眠りについてしまった。




