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病毒の王  作者: 水木あおい
2章

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愛おしい時間


 半日間の魔力供給という重労働を終え、夕食を楽しみに、レベッカと連れ立って部屋を出る。


 食堂で出迎えてくれたリズが、私とレベッカの顔を見比べて、怪訝そうな顔になった。


「レベッカ。魔力は回復したようですが……その割に、なんだか随分と疲れた顔をしてますね」

「あ、いや……な」


 半日間『魔力供給を受けた』レベッカが、ぐったりとしている。


 半日間『魔力供給を行った』私は、明るい顔をしている。


「すっごく楽しかった! お肌つやつや!」


「……あの、なんで相当魔力を消耗してるマスターの方が、そんなに元気そうなんです?」


「それはレベッカを堪能したから」


「あ……お楽しみでしたか?」

 リズが私をじーっと睨む。


 私は、あえて満面の笑みで頷いた。


「うん!」


「待て、その誤解はやめてくれ」


「……で、ほんとは何したんです?」



「ただ抱きしめたり手を繋いだりしただけだよ?」



「いつもと変わらないじゃないですか」

「やだなあ。今日はれっきとしたお仕事だよ。労働は尊いね」


 うんうんと頷く私。


「お仕事したって充実感もあるし、魔力供給って大義名分があるから、レベッカも素直だし」


 最後にもう一度、レベッカを後ろから軽く抱きしめる。


「定期的にしようね! ちょっと減っただけでもオッケーだよ!」


 一瞬身体を強張らせたが、すぐにひょい、と腕を外して自由になるレベッカ。

 わずか半日で、外し技を覚えるとは。


「……やっぱり他に任せていいか? というか今さらだが、リズじゃダメか?」


 リズがすまなさそうな顔になる。


「確かに私やサマルカンドも魔力供給は可能です。ですが護衛は少数精鋭ですので……確かに、頭脳労働メインで、普段は役立たずのマスターに供給してもらうのが一番ですよ」


「なんかリズの私に対する評価がひどいなあ」


「能力を疑ってはいませんよ。戦闘能力が皆無だと言っているだけです」

「まあそれはよく知ってる」


 戦闘に長けた人材は、リストレア魔王国は恵まれている方だ。


 けれど、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"は――非道の悪鬼と呼ばれた者は、一人しかいない。


「私は指揮官として作戦を立てつつ部下のコンディションを最高に保つのが仕事だからね!」


「そういう風に言うと、聞こえだけはいいですよね」


 最近、リズの言葉が抉り込むように胸に刺さる。




 翌日、朝食の席で。


「そういや魔力供給必要なの、ハーケンもだよね」


 ハーケンは不死生物(アンデッド)かつ召喚生物というちょっと特殊な存在だが、存在しているだけで魔力を消耗し、補給を受けなければいずれ行動不能になるというのは、通常のアンデッドと変わらない。


 ただ、彼の場合は召喚具――彼自身の背骨――の状態になり、動けなくなるだけとの事だが。


「うむ。……だが、マスターが直々にして下さるのか?」

「レベッカには、私がしたじゃない」


「いや、我はレベッカ殿のように愛らしくないものでな」


 私が口を開くより先に、リズが力強く頷いた。


「もちろんですよ。ねえマスター? まさか、可愛い女の子じゃないから嫌とか、言いませんよね……?」


「うん、もちろんだよ」


 笑顔のリズから圧を感じつつ頷いた。




 半日後。


 私は、談話室のソファーで潰れていた。


 昼食だけ挟んで、ハーケンへの魔力供給をみっちりした結果だ。


「ごっそり取られたー……」

「今日は疲れた顔ですね」


 魔力とは、生命力だ。

 ゆえに魔力を他人に供給すれば、当然、消耗する。


「ハーケンの事嫌いじゃないけど、可愛い女の子抱きしめるのとは全く違うの」


 触らせてもらった頭蓋骨の撫で心地は良かったが。


「それは申し訳ない事をした」

「ううん。大事な部下だもの」


 レベッカが口を開く。


「……一応、平等ではあるのだな。少し、見直した」

「少し?」


「少しだ」

 きっぱりと断言するレベッカ。


「あ、でもリズにもしなきゃだよね」

「ご存知のはずですが、ダークエルフは魔力供給受けられないんですよ」



「いや、スキンシップの方」



 そしてリズが何か言う前に勢いよくソファーから立ち上がり、不意打ち気味に正面から抱きしめる。


「あー、やっぱり癒やされるなあ」


 しみじみと呟いて、さらにぎゅっとする。


「……マスターの元気が出るなら、まあいいんですけどね」


 リズが腕の中で、小さくため息をついた。


 彼女の身体には、ほとんど力が入っていない。

 思い切って初めて抱きしめてみた時には、反射的に強張っていたものだが。


 抱きしめるのも、抱きしめられるのも、お互いに随分と、慣れたものだ。


 しかし、慣れとは恐ろしいものだ。

 慣れからくる油断が、簡単に人を殺す。


 私が今味わっている幸せも、慣れた感覚だ。

 けれど、それに慣れてしまっては――当たり前と思っては、いけない。


 なので、いつもより長めにリズを堪能する事にした。


「……あの? マスター?」

「なあに?」


「私、いつまでこうしていれば?」

 リズの疑問に、私は真剣な口調で答える。



「最近、リズ成分が足りなかったから」



「え……何言ってるんですか?」

 リズの身体がかすかに強張り、じわじわと体温を上げていく。


「あ……私達はお邪魔だな」

「うむ、仲睦まじい事だ。サマルカンド殿。あちらで主殿の魅力をお聞かせ願えまいか」

「ハーケン殿。もちろん喜んで」


 レベッカ、ハーケン、サマルカンドが連れ立って談話室を出ようとする。

 リズが叫んだ。


「待ちなさい!」


「退室を許可する。――気を利かせてくれて、ありがとね」


 リズの序列は二位。

 私の序列は一位。


 よって、私の許可の方が強い。


 バタン、と扉が閉まり、二人きりになるのは必然。


「……それで? マスター、何がしたいんですか」


 リズが私を軽く押して顔を合わせると、ジト目で軽く睨み付ける。

 近い距離で見るのは新鮮。


「最近、二人でゆっくり過ごせてなかったなって思って」


 微笑んで、抱きしめていた腕を外す。

 そのままソファーに誘うと、彼女は素直に私の隣に腰掛けた。


「少しだけですよ。夕食の準備とか、あるんですから」

「うん」


 素っ気ないリズの言葉。


 ――それに反比例するようにぴこぴこ動くリズマフラー。


 魔力を流し、両腕に巻き付けて、近接戦闘時の動きを強引にサポートするためのマフラーだ。


 普段はその赤が差し色として、紺と白のメイド服に華を添えている。

 厳密な理屈は分からないが、たまに風もないのにひらひらとなびくし、ぴこぴこと動く。


 彼女の感情に合わせて動く、と思ってはいるが、実際の所は分からない。

 そんな分かりやすいものでは、ないのかもしれない。


 実はそう思わせて、私をちょっと嬉しくさせるための演技かもしれない。


 口調は素っ気ないけれど、口元がちょっと緩んでいて、耳が少し上がって、頬が少し染まって……つまり、妙に上機嫌に見えるのも、演技かもしれない。


「リズ、実は悪女さんだったりする?」

「……は?」


 眉をひそめ、口を半開きにした、何を言っているか分からないという表情。

 演技なら、完璧。


「まあ私はリズになら騙されてもいいけどね」


 うんうんと頷く。


「……私、マスター騙した事ないですけど?」


「だったら、嬉しいな」


 リズの手を取って緩く握り込み、彼女の肩に軽く頭をもたせかけた。

 そうだったら、嬉しい。



 この愛おしい時間に、何の嘘も混じっていないのなら。




挿絵(By みてみん)




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― 新着の感想 ―
[良い点] リズの圧(笑)サインかな? アサシンのリズへ不意打ちハグ、マスターだからうけとめるリズ。 皆察するよねー。 序列有効利用。 [一言] >我はレベッカ殿のように愛らしくないものでな このセ…
[良い点] 活動報告から、リズの前でもふもふした話を読んでいて、気づいたらここまで…… [気になる点] 誤字ではないですし、マスターのことを分かってれば誤読の余地はないのですが、ハーケンとの↓の会話 …
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