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病毒の王  作者: 水木あおい
2章

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街で見つけたへんなもの


 街で、面白いものを見つけた。


「サマルカンド。ハーケン。これ、知ってた?」


「いえ、存じませんでした」

「我も知らぬ」


 護衛として、私の『散歩』に付いてきたサマルカンドとハーケンが、揃って首を横に振る。


 サマルカンドはいつもの姿だが、ハーケンは焦げ茶のフード付きマントを羽織っている。

 これは、彼が不死生物(アンデッド)だからというより、鎖鎧と剣が、町中では威圧的に見えるからだそうだ。


「あ、お客さん。見るの初めてですか?」


「ええ。こんなのが売ってたんですね」


 愛想よく声をかけてくれた、ダークエルフの女性店員さんに頷く。


「うちの人気商品ですよ!」


 そう言って、彼女が満面の笑顔と大袈裟な身振りで示すのは、ずらりと並んだ『写真』だった。


 写真に写っているのは、とても見慣れた恰好の人物だ。


 濃緑色と若草色のローブを重ね着し、ルーン文字の刺繍された肩布を掛け、フードの陰に怪しくオレンジに輝く紋様の刻まれた黒い仮面を覗かせ、青い宝石が鎖で繋がれたねじくれた杖を持つ。



「魔王軍最高幹部、"第六軍"の軍団長、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"様のブロマイドです!」



 つまり、私自身の"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"正装だ。


「人気なんですか?」


「皆様買っていかれますよ。かくいう私もファンでして、一枚目買って、家の一番いい所に飾っています!」


 ちょっと照れる。


「是非一枚下さいませ」

「え、サマルカンド?」


 サマルカンドが、自分の財布を出していた。


「かのお方のご尊顔を身近なものと出来る、とても素晴らしき発想です」


「お客さん、分かってますね!」


 面白い発想だとは思う。


 ……でもサマルカンド。


 身近で護衛してるじゃない。


 最近はベッドで添い寝までしてるじゃない。


 まあいいか。

 人の趣味はそれぞれだ。


 私は部下の趣味にうるさく口出しする上司にはなりたくない。


「私も一枚下さい!」


「はい、ありがとうございます!」


 あえて私も買う事にした。

 最早ネタ商品のネタを心意気に感じて買う、という心境なのだが。


 リズとの話のネタにしよう。


 ちなみに、割といい値段がした。




 帰宅後、リズの所に笑顔で、今日の報告に行く。


「リーズー」

「なんですか? マスターが上機嫌だと無性に警戒心が湧き上がるんですけど」


「その警戒心は捨てていいよ。街でね、こんなものを見つけたんだけど」


「……はっ!?」

 手に持って見せたブロマイドを、リズがひったくる。


「なんですかこれ!」

「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"ブロマイドだって。こんなの売ってたんだね」


「知りませんよ!」

「……あ、これもしかして無許可?」


「当たり前じゃないですか。誰がこんなふざけたものを」

「街で売ってたよ」


「……本当に?」

 私ではなく、後ろに控えていたサマルカンドとハーケンを見るリズ。


「はっ。我が主がリズ様に嘘をつかれるはずがございません」

「うむ。真である」


「分かりました。……ていうか、これマスター買ったんですか? 自分じゃないですか」

「あえて本人が買うのも面白いと思って。結構いい値段してたけど」


「いくらでした?」

「金貨一枚」


「は?」


「これ一枚で金貨一枚。一万ディール」


 通貨単位ディール。

 魔族の国リストレア魔王国と、人間の国家とは仲がとても悪い。


 しかし、この世界での通貨の発達・流通の歴史上、同じ通貨を使っているし、国や地域で多少違えど、貨幣価値も大体同じだ。


 銅貨、銀貨、金貨がそれぞれ百、千、一万ディールとなる。

 相場の違いはあれど、日本円と大体一対一で交換しても、大きく金銭感覚が狂う事はない価値の通貨だ。


 何故日本のように一ディール硬貨や五ディール硬貨、十ディール硬貨、五十ディール硬貨に五百ディール硬貨が作られなかったのかは謎のような気もするし、単に面倒だったんだろうなという気もする。


 ただ、色で見分けられるので結構覚えるのは簡単。

 少額貨幣が少なく値段の微調整が難しいため、食料品などの日用品が、割とまとまった単位でしか売られていないのは、少し面食らったが。


 まあその辺りは、普段リズに任せているので問題ない。


 世間では、ご近所さんとシェアしたりするのも一般的だそうだ。


「……これに、一万ディール払ったんですか?」


 写真一枚が一万円。

 高いとみるか、安いとみるかは、人による。


 多分、サマルカンドなら安いと言うのだろう。


「というかこれ写真?」


「しゃしん……?」

「ないのか」


「特殊な絵の具を使って、魔法で記憶映像を定着させてるんでしょうね。確かに、素材の値段も結構掛かりますし、高等術式ですから、しかるべき魔法使いが製造に関わっているはずです。しかし……こんな商品が……」


 リズがブロマイドを見て考え込む。


「記憶映像からの出力技術とかあるんだね」

「ええ。ただまあ、言った通り精神魔法の高等術式です。……加えて、マスターのこの姿を見る事が出来るという事は、多分軍の関係者でしょうね」


「人気みたいだったよ」

「え、人気? ――これが?」


「飛ぶように……とまでは言わないけど、見てる間にも一人買ってたし、口振りからするとそこそこ順調に売れてるみたいだよ」


 見てる間にも買っていた一人がサマルカンドだという事は言わない。

 売れない商品をあんな強気の値段で並べるとも思えないので、嘘は言ってないし、間違いでもないと思う。


「それはまた、凄い事になってるようですね」


「公式に売り出すのとかもありかもねえ」

「公式に……ですか。考えてみるべきかもしれませんね……」


 口元に手を当てて、また考え込むリズ。


「人気あるなら、正装で街に出て、愛想とか振りまくべきかな」

「イメージってものがあるので、絶対にやめて下さいね」


 至極もっともだ。


 そこでふと、地球の似た商品を参考にしたアイデアを思いつく。


「あ、ブロマイドだけど、シークレットで素顔バージョンとかどうかな? これでも私、結構見た目いい方だと思うんだけど」


「それはトップシークレットですから!」

「そうだった」


「とりあえず、明日にでも早急に現状を確認しましょう。反応を見たいので、マスターは正装でお願いします」

「分かったよ」


 頷いた。


「後、これはあげるね」 

「ええ……。マスターのブロマイドとか、一体どうしろと。まあ、一応貰っておきますけど」


 ハーケンが首を傾げる。


「では、我が頂こうか?」

「一応マスターのくれたものですから」


「そうだよハーケン。これはリズにあげたの。それに高給取りなんだから、欲しかったら自分で買いなさい。サマルカンドみたいに」


「え、サマルカンド買ったんですか? ――これを? サンプルでなしに?」


「我が主のご尊顔が刻まれた物に金を出さずして、私は一体何のために給料を頂いているのでしょうか」


 真顔で断言したサマルカンドに、さすがのリズも二の句を継げなかったようだ。


 そういうつもりで給料を払っているのでは、ないんだけど。


 けれど、サマルカンドの反応は極端とはいえ、案外売れるかもしれないなあ。


 リズは、微妙そうだったけど。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 上機嫌なマスターに警戒心をいだくリズ。正しい。 サマルカンドの「下さいませ」がツボ。いそいそと買う姿が想像できて楽しい。 [気になる点] サマルカンドって外出時鞄かなんかもってるの? サ…
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