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病毒の王  作者: 水木あおい
2章

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あなたがそれを望むなら


 素敵なバスタイムだった。


 レベッカとリズの身体を優しく丁寧に磨き上げ、二人共湯上がり美人というのが相応しい。


 館の住人が増えるという事で、暖炉のある部屋のトラップを解除してもらい、ソファーやローテーブルなどを置き、応接間兼談話室へと改装している。


「はあ……」

 ソファーに沈み込み、けだるそうに息をつくレベッカ。

 元の、色の褪せた黒いフリフリゴシックなシャツとスカート姿に戻っている。


「レベッカ、大丈夫? 湯あたりした?」

「そういうのないんだってば」


「ないの? 体温はあるのに」

「一定に保たれるというか……ただの擬似的な情報というか……」


「色々あるねえ。というか聞きそびれてたけど、エルフじゃないなら、なんて種族なの?」


 レベッカの表情が、陰った。



「……物質幽霊(マテリアルゴースト)だ」



「へえ。かっこいいね」

「……え?」


「あの、レベッカ。この人にデリケートな種族の知識とか求めてはいけませんよ」

「失礼な」


「じゃあ物質幽霊(マテリアルゴースト)ってどんなものか分かってます?」


「マテリアルでゴースト……生き物じゃなくて物質の幽霊って事かな?」

「まあそうです。で、レベッカが言いよどんだ理由は?」


「……分かんない」

「はあ」

 リズがため息をついた。


「あのですね……一段低く見られがちなんですよ。元が生物ではないので」

「うん」


「しかも希少種族なんです。数が少なくて、立場が弱い……」


「大体分かったよ。うちの擬態扇動班のドッペルゲンガーさん達と同じだね」


「……まあそういう事です」


 リズが頷く。


「で、何か問題が?」

「ありませんけど」


「……気に、しないのか?」


「別に? リズも言ったでしょ。何も問題ないよ」

 断言する。


「うちのとこは"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"陣営。活躍はしてるけど、"第六軍"のナンバリングだけで、正式な軍名すら与えられてない寄り合い所帯だよ。大体、トップの私からして公式には『種族不詳』の人間だし?」


 安心させるように微笑んだ。



「私は可愛い部下を、種族で判断したりしないよ」



 種族特性はある。

 もしかしたらそれは、絶対的な差かもしれない。

 私だって、それを考慮に入れて作戦を組み立てている。


 それでも。


 種族を、ひとを貶める理由にだけは、してはいけない。


 少なくとも、この国では。

 人間に『魔族』という一言でくくられた、全ての種族が共に生きるという理想を掲げた、リストレアという国では。


「……そうか」


 レベッカが、笑みを浮かべる。



「改めて、よろしく頼む。『マスター』」



「ありがとう。レベッカ」


 私も微笑む。



「――また一緒にお風呂入ろうね」



 レベッカの笑顔が消えた。

 真顔になる。


「え、また?」


「だってお風呂だし。毎回とは言わないけど、折に触れて部下と親睦を深めたいと思ってるよ」


「……リズ」

 レベッカが、リズを見る。


「諦めるか、命と立場を懸けて抵抗するかのどっちかですね」


「リズは?」


「私は諦めました。……まあ、意外と普通の事しかされてませんし」

「確かにまあ……一緒に入浴して身体洗ってもらっただけだが」


「マスターの故郷では入浴は神聖なものらしいですよ」

「そうか……ならいいのか?」


「『神聖な物を穢すのって興奮しない?』と言っておられましたが」


「……命と立場を懸けて抵抗するべきか?」

 口元に手を当てて思案顔になるレベッカ。


「公衆浴場に、頼まれて身体洗うお仕事とかもあるんだよね。最高幹部じゃなくなったらそういうのもいいなあ」


 私は私で夢を膨らませる。

 魔王軍最高幹部の給料はとてもいい。


 しかし戦争中の軍指揮官というお仕事は、陰惨かつ責任の重いお仕事でもある。


 なので、希望に満ち溢れた地域密着型のお仕事に夢を見たりするのだ。


「マスターが死なずに最高幹部じゃなくなる事ってあるんですか?」

「ほら、人類絶滅させて平和になった時とかね?」


 私の率いる"第六軍"は、敵国の内政基盤への攻撃を担当する部署だ。

 戦後には、真っ先に解体されると踏んでいる。


「その後も沢山仕事あると思うんですよ」

「え、私の仕事って人類絶滅させるまでじゃないの?」


「実は結構事務仕事出来るんですから、平和になった後も精々国家のために働いて下さいね」


「その場合、リズは副官してくれるの?」

「毒を食らわば皿までと申しますからね……。お付き合いしますよ」


 日本語っぽいことわざを異世界で聞くと、いつも不思議な気分になる。

 不思議機能の味付け翻訳だったら、意思疎通に失敗したりしていないかと、不安になる時もある。


 文脈上は正しいと思うんだけど。


「ずっと?」


 リズが、一度目を閉じた。

 そして、真面目な顔になって、目を開く。



「……あなたが、それを望むなら」



 私は微笑んだ。


「うん。私の副官は、リズがいいよ」

「ありがとうございます、マスター」


 リズも微笑む。


「これはもう結婚したも同然では」

「妄言は以上でよろしいですか?」


 リズが笑顔のまま、ばっさりと切り捨てた。


「息は合ってるがな」

 レベッカが、小さくため息をつく。



「想像していたより、随分のんびりした職場だな、ここは……」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 夫婦漫才、ふと浮かんだ言葉。 マスターはボケ、リズはツッコミ レベッカはなにを見せられているのだろう(笑) いずれはトリオ漫才。 [気になる点] リズの話のもっていきかたが、なんかわざと…
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