あなたがそれを望むなら
素敵なバスタイムだった。
レベッカとリズの身体を優しく丁寧に磨き上げ、二人共湯上がり美人というのが相応しい。
館の住人が増えるという事で、暖炉のある部屋のトラップを解除してもらい、ソファーやローテーブルなどを置き、応接間兼談話室へと改装している。
「はあ……」
ソファーに沈み込み、けだるそうに息をつくレベッカ。
元の、色の褪せた黒いフリフリゴシックなシャツとスカート姿に戻っている。
「レベッカ、大丈夫? 湯あたりした?」
「そういうのないんだってば」
「ないの? 体温はあるのに」
「一定に保たれるというか……ただの擬似的な情報というか……」
「色々あるねえ。というか聞きそびれてたけど、エルフじゃないなら、なんて種族なの?」
レベッカの表情が、陰った。
「……物質幽霊だ」
「へえ。かっこいいね」
「……え?」
「あの、レベッカ。この人にデリケートな種族の知識とか求めてはいけませんよ」
「失礼な」
「じゃあ物質幽霊ってどんなものか分かってます?」
「マテリアルでゴースト……生き物じゃなくて物質の幽霊って事かな?」
「まあそうです。で、レベッカが言いよどんだ理由は?」
「……分かんない」
「はあ」
リズがため息をついた。
「あのですね……一段低く見られがちなんですよ。元が生物ではないので」
「うん」
「しかも希少種族なんです。数が少なくて、立場が弱い……」
「大体分かったよ。うちの擬態扇動班のドッペルゲンガーさん達と同じだね」
「……まあそういう事です」
リズが頷く。
「で、何か問題が?」
「ありませんけど」
「……気に、しないのか?」
「別に? リズも言ったでしょ。何も問題ないよ」
断言する。
「うちのとこは"病毒の王"陣営。活躍はしてるけど、"第六軍"のナンバリングだけで、正式な軍名すら与えられてない寄り合い所帯だよ。大体、トップの私からして公式には『種族不詳』の人間だし?」
安心させるように微笑んだ。
「私は可愛い部下を、種族で判断したりしないよ」
種族特性はある。
もしかしたらそれは、絶対的な差かもしれない。
私だって、それを考慮に入れて作戦を組み立てている。
それでも。
種族を、ひとを貶める理由にだけは、してはいけない。
少なくとも、この国では。
人間に『魔族』という一言でくくられた、全ての種族が共に生きるという理想を掲げた、リストレアという国では。
「……そうか」
レベッカが、笑みを浮かべる。
「改めて、よろしく頼む。『マスター』」
「ありがとう。レベッカ」
私も微笑む。
「――また一緒にお風呂入ろうね」
レベッカの笑顔が消えた。
真顔になる。
「え、また?」
「だってお風呂だし。毎回とは言わないけど、折に触れて部下と親睦を深めたいと思ってるよ」
「……リズ」
レベッカが、リズを見る。
「諦めるか、命と立場を懸けて抵抗するかのどっちかですね」
「リズは?」
「私は諦めました。……まあ、意外と普通の事しかされてませんし」
「確かにまあ……一緒に入浴して身体洗ってもらっただけだが」
「マスターの故郷では入浴は神聖なものらしいですよ」
「そうか……ならいいのか?」
「『神聖な物を穢すのって興奮しない?』と言っておられましたが」
「……命と立場を懸けて抵抗するべきか?」
口元に手を当てて思案顔になるレベッカ。
「公衆浴場に、頼まれて身体洗うお仕事とかもあるんだよね。最高幹部じゃなくなったらそういうのもいいなあ」
私は私で夢を膨らませる。
魔王軍最高幹部の給料はとてもいい。
しかし戦争中の軍指揮官というお仕事は、陰惨かつ責任の重いお仕事でもある。
なので、希望に満ち溢れた地域密着型のお仕事に夢を見たりするのだ。
「マスターが死なずに最高幹部じゃなくなる事ってあるんですか?」
「ほら、人類絶滅させて平和になった時とかね?」
私の率いる"第六軍"は、敵国の内政基盤への攻撃を担当する部署だ。
戦後には、真っ先に解体されると踏んでいる。
「その後も沢山仕事あると思うんですよ」
「え、私の仕事って人類絶滅させるまでじゃないの?」
「実は結構事務仕事出来るんですから、平和になった後も精々国家のために働いて下さいね」
「その場合、リズは副官してくれるの?」
「毒を食らわば皿までと申しますからね……。お付き合いしますよ」
日本語っぽいことわざを異世界で聞くと、いつも不思議な気分になる。
不思議機能の味付け翻訳だったら、意思疎通に失敗したりしていないかと、不安になる時もある。
文脈上は正しいと思うんだけど。
「ずっと?」
リズが、一度目を閉じた。
そして、真面目な顔になって、目を開く。
「……あなたが、それを望むなら」
私は微笑んだ。
「うん。私の副官は、リズがいいよ」
「ありがとうございます、マスター」
リズも微笑む。
「これはもう結婚したも同然では」
「妄言は以上でよろしいですか?」
リズが笑顔のまま、ばっさりと切り捨てた。
「息は合ってるがな」
レベッカが、小さくため息をつく。
「想像していたより、随分のんびりした職場だな、ここは……」




