もう一組の来客
「本日はありがとうございました……」
隙を見て四分の一ほど残ったケーキの残りを口に放り込み、急いで味わいながら飲み込むと、立ち上がって頭を下げた。
さっき食べたのと違ってちゃんと味がする。
でも、ちょっぴりビターな苦みが口に残る気がした。
「いや。次代を担う若者と話をするのは、楽しいものだからな」
かなり突っ込んだ話をして、見当違いの仮説をぶつけて、めちゃくちゃ失礼だった気がするのだが、陛下はにこりと笑ってくれた。
許されたような気がして、少し肩が軽くなる。
その代わりに、陛下に出された『宿題』が、胸の奥で重みを増すようだった。
「また、聞きたい事があれば尋ねてくれ。正式な申請があれば、時間を作ろう」
一記者の身に余る厚遇だ。
だから、思わず聞かずにはいられなかった。
「あの……祖母と、どういうご関係ですか?」
「ん?」
「……紹介状です。飛び入りで陛下に約束を取り付けられるほどのものとは……思っておりませんで」
「ああ、なるほど。……詳しい説明なしで渡されたのか」
やれやれ、と額に指を当てて、ため息をつく陛下。
「あれは、厳密に言えば個人が書いた紹介状ではない。退役軍人に与えられた特権だ。一定の便宜を図るもの……言葉を飾らずに言えば、『コネ』だな。あらかじめ軍規定に組み込む事で、混乱を抑えようという取り組みの一環だ」
「なぜ、封蝋が『短剣をくわえた蛇』……"第六軍"紋章なのですか?」
それはそれで特ダネのような気がしつつ、少しでも詳しく知りたくて、ほとんど無意識に質問を重ねていた。
「今は使われていない紋章だからな。退役軍人にぴったりだと思った者がいたのだろう」
「……なるほど」
頷いた。
筋は通っている。
「……しかし、そのような規定……『特権』があるのは、知りませんでした。どのようにお考えなのですか」
「……オフレコでお願いしたいのだが」
陛下が、真剣な顔で私を見た。
「……納得出来る話ならば」
私には、"リストレア・タイムズ"の記者の意地がある。
一般に知る機会もない『特権』は、不平等だ。
そして不平等は、腐敗を生む。屋台骨が腐ってからでは――遅い。
「実は、『一定の便宜を図る』という名目でこの封筒が配られるのは本当だが、何の効力もないんだ」
真面目くさった顔で、ちょっと意味の分からない事を言う魔王陛下。
「……え?」
「ごく少数だが、退役したのに、現場に上官風吹かせてねじ込んでくる奴がいてだな……。順番に処理しているのに横入りとか……なあ?」
はっ、と鼻で笑う陛下に、曖昧に笑う。
笑うしかない話だが、笑っていいのだろうか。その微妙なさじ加減が分からず、綱渡り感が怖い。
「でも、普通に処理してるのでも『特権によってこの順番になりました』って言うと、大体大人しくしてくれるから……な?」
やはり曖昧に頷いた。
特ダネなのは、そうかもしれない。
……でも多分、広く知らせない方が社会が平和なやつ。
「え、でも……そうなると、なぜ、取材をお受け下さったのですか? それもこんなに早く」
「一応、『中身』……差出人の人脈は普通に有効だからな。……先の質問に答えようか。君の……『祖母』とは、かつて所属を同じくした事がある」
おばあちゃんは死霊だ。
"第四軍"で一緒だったのだろうか。
それとも……まさか……"第六軍"で?
「それでも、実際の効力はあくまで便宜を図る程度、だ。私で言えば、プライベートの休憩時間を取材に割く程度の、な」
「あ……申し訳ありません」
休憩時間を奪った上に、手土産らしいお茶菓子まで頂いて。
「構わない。そういう性質の物だ。便利だが、それは信頼で成り立っている。……要らぬお節介だろうが、それを託した者のためにも、使い所は選ぶように」
「はい」
頷いた。
……結局、名前を出すだけで陛下にお目通りが叶う代物という事実は変わらなかったが、あらゆる予定をキャンセルして最優先される――とかそういう物でなくて、むしろ安心した。
「――陛下。もう一つ甘えさせていただきたいのですが……"病毒の王"について、話を聞かせて下さるような軍人を、ご存知ではありませんか」
『人脈』は、次に繋げていかなくてはいけない。
……特に、今日聞いたのは、記事には出来ないような話ばかりだったので。
「……ふむ。そうだな。"第五軍"の最高幹部へ、話を通しておこう。日時などは、こちらから指定させていただくが、いいだろうか」
「もちろんです」
さらりと凄い事を言われたので、内心で顔がひきつる。
甘えすぎただろうか。
確かに魔王陛下ともなれば、軽く紹介出来る相手だろうが――よりによって、『あの』"第五軍"序列第一位、魔王軍最高幹部に?
「それと、彼にも聞くといい。……元"第六軍"だ」
陛下は、扉の前に立ち続けていた骸骨の騎士を示した。
「自分に話せる範囲ならば」
彼は、陛下に軽く頭を下げる。
「――改めて、本日はありがとうございました」
私も、もう一度陛下へと深々と頭を下げた。
「……少し、昔を思い出したよ、マスター」
記者を送り出した後、レベッカ・スタグネットは一人、窓際に立っていた。柔らかな陽光を浴びながら、言葉通り口元を緩め、昔を懐かしむ。
過去は懐かしいが、バラ色の記憶とはとても言えない。
郷愁という言葉が似つかわしくない、血塗られた、闇色の……それでも、大切な記憶。
「あなたが聞いたら、どう言ったかな」
辛い気持ちは、ある。
あの時代に行われたのは、確かに非道だ。
とうに自分を責める事はした。苦悩もした。不死生物になってなお、確かに存在する、良心と呼ぶべき部分が痛んだ。
けれど、立場を同じくする戦友がいた。
自分達の背後には、自分達よりもさらに力を持たない民がいた。
自分達のやっている事が、非道だなんて分かっていた。
それでも国のためと信じ、未来を繋ぐために戦い――そして、今その繋いだ未来に、責められている。
当時を知らぬ者に。
ただ記録を読んだだけの者に。
地獄を舞台に戦わなかった者に。
けれど。
「……そのために、戦ったのだものな」
私は、私達は。――『彼女』は、そのために戦ったのだ。
平和な時代は、地獄を知らぬ者達が作ればいい。
「――あ。……おかえりなさいませ、『陛下』」
隣室に入ると、真面目くさった真剣な声で、出迎えられる。
こちらは窓が隣よりも小さく、まだ明かりも点けられていない。
なので、部屋の半分は明るい太陽に照らされて生まれた濃い影によって、かえって暗く沈んでいる。
その影の中に、手土産を持って訪ねてきた二人の姿があった。
「シノ。私の分を二人に――」
「いいえ。お二方は半分こでよいと」
言葉通り、二人の来客の前には、それぞれ半分になったチョコレートケーキが置かれていた。
手をつけず、待っていてくれたらしい。
「少しお茶する時間ぐらいは、まだあるよね」
頷いて、自分の分のケーキが置かれた席へ着く。
「そうだな。……面白いお客様だったぞ。例の『短剣をくわえた蛇』のマークの紹介状を持っていた」
「ん? お客様ってもしかして、私の知り合い?」
「ああ。――"病毒の王"の事を調べていたようだぞ?」
「ニアミスだねえ」
彼女はそう言って、くすくすと笑う。
「真実に……辿り着きますかね?」
「辿り着くような気がするよ。……ある意味、最初から辿り着いてるわけだし」
彼女は自分の伴侶に向けて笑顔を向けた。
その、見慣れた顔に、つい苦笑いが漏れる。
「……『マスター』は、変わらないな」
「そう? 結構変わってるよ?」
「たとえばどんなとこですか?」
「昔よりウーズ風呂は熱めが好き! 今日は三人で入ろうね」
「何も変わってないじゃないですか」
「何も変わってないじゃないか」
立場も、称号も、時の流れの中で変わっていったとしても。
きっと、変わらないものもある。
「ところで陛下。そのマントのファーのもふもふ感が私を誘惑してくるんだけど、後で抱きしめてよろしいですか?」
「不敬って言葉知ってます?」
……たまにこれでいいのかなとも、思うけど。




