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病毒の王  作者: 水木あおい
1章

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憎しみの理由


 常々"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"のやり方に不満を持つ、獣人軍からお誘いを受けたとなれば、多少険悪な雰囲気になる事はあるかもしれないと予想していた。


 が、予想は甘かったのかもしれない。


 どうやら馬車の周りは囲まれているようだ。

 それも多分、武装した獣人軍に。


「マスター。出ます」

「私も、出る。許可して」


「……ええ。馬車ごと狙われる危険を考えれば……どこにいても同じですね」


 リズが先に降り立ち、私も馬車を降りた。


 もう、駐屯地に乗り入れていたらしい。


 木の柵の内側の小さい広場だ。

 荷物の積み下ろしの場も兼ねているのだろう。


 本来ここで止められるのは、おかしい事ではない。


 身元や予定の照会をするというのは普通の事のはずだ。

 特にここは重要拠点なのだから。



 ――しかし、これはおかしい。



 槍や斧はまだしも、剣は抜き放たれ、弓に矢がつがえられているとは。


「何事です、これは」


 あくまでメイドとしてリズが発言する。


 一人の獣人が前に進み出た。見た目は若い女性だ。癖っ毛の赤茶の髪に、同じ毛色の猫の耳。猫の獣人らしい。

 彼女は、両刃の剣を抜いていて、それを私に突きつけた。



「――"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の下で、我らが一族が死んだ」



 ずきん、と胸に痛みが蘇る。

 部下を失った過去。


「私の弟だった……」


 ……ああ。


 何を責められているのか。

 どうして、緑の瞳に怒りと憎しみを湛えて私を見るのか、それで分かった。


「誇りのない戦いで……いや、戦いとすら呼べぬ非道に駆り出され、遠き地で死んだ!」


 嘘はない。間違いもない。

 何事も、自分のフィルターを通して解釈出来るものだ。

 この世界に、絶対はないから。


「"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"を殺せ!」


「そうだ! 戦士の誇りを汚す者に死を!」


 武器を手に、口々に好き勝手な事を叫ぶ獣人軍の人達。


 ぽつん、と怒りが胸に生まれた。



「黙りなさい……」



 リズが、一歩前に進み出た。

 両の手には、いつ抜いたのか、大型の格闘用ナイフ。


 その気迫に気圧され、口々に叫んでいた獣人達が静かになる。



「普段は名乗りませんが、今はあえて名乗りましょう。私は近衛師団所属、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"陣営序列第二位……"薄暗がりの刃ダークリング・ブレード"」



 しゃらん、とナイフの刃が擦り合わされる音と共に、細かい火花が散った。

 そしてくるりと逆手に持ち替えた二本のナイフを、眼前で交差させて構える。

 赤いマフラーが、しゅるりと両腕に巻きついた。



「近衛師団……」


「"薄暗がりの刃ダークリング・ブレード"だと……ハッタリじゃないのか?」


「だが……『アレ』は……」



 ざわざわと、動揺が獣人達の間に広がる。


 リズナイス!


 これなら、多少は冷静に話が出来るかもしれない。

 そう思ったのは、一瞬だった。



「――この人を敵と思うような馬鹿は、魔王軍に要りません。全員肥料にして闇の森を一回り大きくしてやりましょう」



 リズやめて。

 さっきの、場を収めるための威嚇じゃなかったの?


 思わずサマルカンドに目配せを送る。

 さあ! いい感じの一言を!



「我が名はサマルカンド……我が主へ武器を向け、侮辱したのだ。楽に死ねると思うな……」



 あかん。

 私の事を好きすぎるサマルカンドに、冷静な対応を期待したのが間違いだった。


 そして、サマルカンドもいつの間にかしっかりと大鎌を構えているし、角もねじれて伸びた上に、目も赤く光っている。

 本気だ。


 心の中で、ため息をついた。

 仮面に軽く触れて、音声変換機能をオンにする。



「リズ。サマルカンド。――武器を下ろせ」



「マスター」

「我が主」


 二人が目で抗議する。



「命令だ。武器を下ろせ」



 サマルカンドは、大鎌を下ろした。


「……承服出来ません」


 だが、リズはナイフを下ろさない。


「私は陛下より直々に命令を頂いております。『"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"を守れ。かの者に仇為す敵をことごとく滅ぼせ』と。申し訳ありませんが、敵を前に武器を下ろせなどと、そんな命令は聞けません」



「――どこに、敵がいる?」



 武器を構えた獣人達を、芝居がかった動作で示しながら、私はゆっくりとリズに歩み寄った。


「ここにいるのは、我らが国王陛下に忠誠を誓う、魔王国の正規軍。"第三軍"たる誇り高き獣人達だ」


 まだ、誰も死んでない。

 まだ、どうにか出来る。


 並ぶと少し下になる彼女の顔を、仮面をしたままで覗き込んだ。


「そして我らは"第六軍"。――さて、戦う理由が、どこにあると?」


 そして、私はこれでも魔王軍最高幹部なので、分かってしまうのだ。


 私がここで死んでも、魔王軍はどうにかなる。


 けれど、ここで獣人達か、リズとサマルカンドの内、誰か一人でも死ねば。

 それは内乱の引き金であり、国の崩壊さえあり得るという事を。


 魔王軍最高幹部の仕事は、リストレア魔王国をあらゆる脅威から守る事。


 その脅威が友軍の愚行によるものだったとして。

 最悪の場合失われるのが自分の命だったとして。


 それでも、役目は果たさねばならない。


「……お願い」


 聴覚の鋭い獣人達にも聞こえないぐらいの小声で、彼女の長い耳にささやいた。


「……はい、マスター。私の主は、あなたですから……」


 リズが、ナイフを下ろす。

 だが、獣人達は武器を下ろさない。


「けれどマスター、状況はお分かりで?」

「ああ。でも――話の分かりそうな人が来る」


 すっと、広場の向こうの道を指で示した。

 正確には、そこを歩いてくる、黒灰色の毛皮をした、狼の獣人を。


 全身にみなぎる生命力やオーラ、あるいは自信。金ボタンの光る黒コートだけを、前を開けて羽織るように着ている彼を、私は見知っている。



「なんの騒ぎだ、こいつは!」



 良く通る声を張り上げる彼は、私と同じ魔王軍最高幹部。


 "折れ牙"のラトゥース。



「こんにちは、ラトゥース」



 反"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"派。


 誇りと強さを重んじる、戦士だ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主の命がかかった命令には不服従の二人いいですね。 なだめる主は大変だけど。 [気になる点] 近衛師団所属、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"陣営序列第二位……"薄暗がりの刃ダークリング…
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