グリフォンライダー
顔を赤くして黙り込んだリズの耳から手を離した。
名残惜しいが、ずっとこうやって遊んでいるわけにもいかない。
「また後でね」
「後でってなんですかもう……」
「ああ、お前らの部屋一緒にしてあるから、そこでゆっくりやれ」
ラトゥースがこともなげに言う。
「ちょっと、ラトゥース様!」
「そりゃ別にしても構わねえが」
リズの耳がちょっと下がる。
首元に巻いた赤いマフラーを引き上げて、口元を隠しながら、目をそらす。
マフラーの先っぽが、ぴこっと動いた。
「……一緒でいいです」
もしもきゅんとした時に胸に矢が刺さるとしたら、きっと私は今頃、弁慶のように立ち往生している事だろう。
「後でレベッカも耳のマッサージする?」
「なんで不死生物の耳の付け根がこると思ってるんだ?」
真顔で首を傾げるレベッカ。
「部下の正論が心に痛い」
「これを機に、心が痛くなるような正論を吐かれない上司になってはいかがでしょうか?」
リズに、私の好きな笑顔とは微妙に違う笑顔で微笑まれる。
「副官の正論が心に痛い」
「なんで俺に言うんだ」
ラトゥースが呆れた顔になる。
「そりゃ最高幹部だから、お悩みを共有出来るかと思って」
「お前の悩みは特殊すぎて、俺の意見が参考になりそうにねえよ」
「最高幹部の正論が心に痛い」
「馬鹿なんだなお前」
アイティースが冷めた目でぽろっとこぼした言葉に、カトラルさんが目を細めた。
「アイティース?」
「あ、いや……つい」
全く否定していない。
「同軍の序列第三位と第二位、それに他軍とはいえ同じ最高幹部が言うのと、一緒にしてはいけません」
「それは、その」
死んでもこいつには謝りたくねえ! と、アイティースの伏せられた猫の耳と、ぶんぶんと不機嫌そうに振られる猫の尻尾が、何よりも雄弁に語っている。
「いいんだよ。私も自分が馬鹿なのは否定出来ないし、大分馴染んでくれたよね」
「誰が」
「アイティース……。せっかく、"病毒の王"様が自分を悪者にして丸く収めようとしてくれているのに……」
カトラルさんがアイティースに、たしなめるような視線を向けた。
「なあ、カトラルは好意的に捉えてくれているが、本当だと思うか?」
「私も実の所分かりません」
レベッカとリズがささやきあう。
「二人とも……。せっかく、カトラルさんが丸く収めようとしてくれているのに」
「ま、なんでもいいだろ。こいつが馬鹿なのは事実だしな」
「ラトゥースも失礼だよね」
「せめて自分で否定してから言えよ」
「否定はしない」
「そんで、グリフォンの乗り手は誰にする? 決めるのは、後でもいいんだが……カトラル。お前には、もう決めてるやつがいるんだろ?」
「ええ、アイティースがいいでしょう」
ラトゥースとカトラルさんが話す内容に、思わず彼女を見た。
「え? アイティースが?」
「ええ。彼女はグリフォンライダーの一人ですよ。見習いではありますが」
「待て! ――私が? ――こいつらと!?」
びしり、と指さす先には私。
「アイティース。あなたがどう思おうと――彼女は他軍の最高幹部です。私達になら大目にも見ますが、それ以上の無礼は捨て置けません」
カトラルさんに睨まれるアイティースに、アドバイスを贈る。
「アイティース。そういう時はこう言うんだよ。『ラトゥース様。カトラル様。どうして私が"第六軍"の方達と共に行かなければならないのか、理由をお聞かせ願えませんか?』って」
「え……も、もう一回」
アイティースが目を白黒させる。
「本当にマスターは頭の中身に常識的な社交性詰まってるのに、それを活用しませんよね」
「ちゃんと、常識的な社交性を捨てるタイミングと、相手を選んでるよ?」
「つまりなおタチが悪いって事ですよね」
「ま、理由はいくつかあるが、新米に飛行経験積ませるには、国内で、壊れ物運んで飛ばない任務は丁度いいって事だろ」
「はい、その通りですラトゥース様。彼女には学ぶ事が多い旅となりましょう」
「え、でもこいつらと一緒はおかしいだろ!?」
「アイティース。そこはこう言い換えないと。『しかし"第六軍"の方々を乗せて飛ぶのは、私には荷が重いのではありませんか?』って」
「荷が重いなんて事あるか!」
アイティースの叫びに、私は微笑んだ。
「じゃあ決まりね」
「……え?」
「よろしく、アイティース。リーフ」
グリフォンのリーフが一声鳴く。
「"病毒の王"様。アイティースをよろしくお願いします」
「ええもちろん。よそさまの子をお預かりするわけですから」
深々と頭を下げるカトラルさんに、頷いて見せる。
「ま、待って。本当に?」
「ごたごたはあったがよ。こいつは最高幹部で……エイティースは、望んでこいつの部下になって、志願して、国外任務に就いた。その覚悟を、汲んでやれ」
ラトゥースが、大きな手をアイティースの頭に置いて、わしゃわしゃと撫でた。
「……ラトゥース様……」
アイティースが表情を緩める。
そして私を見て、真顔になった。
「本当にこいつと?」
「まあアホみたいに柔軟なやつだからな。学んでこい」
最後にポン、と頭を軽く叩いて、手を離すラトゥース。
「ええー……」
不満げなのは、ラトゥースが手を離した事についてか、私から学べと言われた事についてか、微妙な所。
うちほどではないかもしれないが、"第三軍"も随分とフランクのようだ。




