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病毒の王  作者: 水木あおい
4章

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闇の森への再訪



 "闇の森"、獣人軍駐屯地。



 そこの主である、"第三軍"の最高幹部である"折れ牙"のラトゥースが、直々に、それも一人で、馬車を降りた私を出迎えてくれた。


 最高幹部を迎えるのに最高幹部一人、という、ある意味合理的な出迎えは、名誉は重視しても、形式は重視しない獣人らしい。

 あるいは、以前ここに来た時に、集団に囲まれて「殺せ!」と叫ばれた過去がある事を、気遣ってくれたのかもしれない。


 ラトゥースが、軽く手を上げる。


「――よう、耳なし」


 私も手を上げて、挨拶を返した。


「ラトゥース! 元気してた?」

「まあ……な」


 ラトゥースにしては珍しく、歯切れが悪い。


「あらかじめ送った手紙にも書いたけど、今回は"第三軍"の魔獣師団の人にお話を聞きたくて来たんだ」

「おう……」


「……どうかした? ……何か……悪い事でも?」

「いや……」


 ラトゥースが、狼の顔でここまで表現出来るのか、と感心するほどの呆れを込めて、ため息をついた。



「何をやったら、あの帝国近衛兵(インペリアルガード)が二つに分かれて殺し合うんだ?」



「そんな古い話を」

「今リストレアで一番ホットなニュースだろ」


 意見が食い違う。


「壊滅した部隊に興味はないよ。"第六軍"は小規模所帯で、命令系統が明確なフットワークの軽さが売りだからね。今はもう、次の作戦中だから」


「……妙にやる気に溢れてやがるな?」



「うちの部下達のおかげでね」



 馬車の中から出てきたリズとレベッカ、御者台から下りたサマルカンドとハーケンの方を振り返り、微笑む。


「実を言うと……色々、思う所があったんだ。迷いも。――でも、もう迷わない。何も躊躇わない」


 私は、ラトゥースに向けて笑った。

 歯を剥き出しにした、多分、上品から一番遠い笑みだ。



「全部、人間を滅ぼしてから考える事にした」



「…………」

 ラトゥースが黙り込む。


 そして、私の後ろの四人を見る。



「……なあ。何したお前ら。ただでさえ色々と危ないヤツが、危ないやる気出してやがるぞ」



「私にもよく分かりません」


「あれで躊躇いがあった事に私も驚いているよ」


「我が主の不安が取り除かれたまでの事でございます」


「このお方が、我には推し量れぬお方であったというだけの事よ」



 リズ、レベッカ、サマルカンド、ハーケンが、思い思いの言葉でラトゥースに答える。

 しかしラトゥースは、首を横に振った。


「なるほど、さっぱり分からん」


「別にやる事は変わってないし。気持ちの問題だよ」


「気持ちの問題で『あの』"帝国近衛兵(インペリアルガード)"が二つに分かれて殺し合うのか?」


 私が何と言おうか考えた間に、リズが答える。


「開き直る前も、"ドラゴンナイト"を壊滅させて、"福音騎士団オーダー・オブ・エヴァンジェル"も全滅させてましたから」


「そういやそうだったな……」

 どこか遠い目をするラトゥース。


「言われるまでもないと思うけど、"第三軍"の引き締めお願いね。さすがに獣人の人達に限って反乱とかないと思うけど……もしも人間に同じ事されたらと思うと……ね」


 獣人達が同族を裏切る事があるとは思わないが、脳筋という意味では、帝国近衛兵(インペリアルガード)に引けを取るものではない。


 そして誇りを汚すものに対しては……規則よりも、心の方に従う事も、珍しくはない。


 私にそうしたように。


 とはいえ、ラトゥースは戦士の誇りと同時に現実感覚も持ち合わせているので、彼が長のうちは心配しなくてもいいだろう。


「……で? 本当は、何したんだ?」


「ちょっと反乱の扇動など」

「……『ちょっと』?」


「こう……家族の情とか、愛国心とか、忠誠心とか、そういうものを煽っただけだよ。――人間は、大切な物をすぐに間違えるからね」


 私だって、間違えるところだった。

 そしてやり直しの機会が与えられる事は、多くない。


 ダークエルフや獣人などの長命種が、長く生きるという事は、その機会が多いという事でもある。

 けれど同時に、長い時を掛けて積み上げた物が、たった一度の間違いで崩れ落ちるという事でもあるのだ。


「部下には聞かせらんねえなあ……」


 頭をガリガリと掻き、ため息をつくラトゥース。

 意外と苦労人だ。


「……まあいい。お前はそういうやつだからな」


「どういう意味だろうね」

「そのまんまの意味だよ、この悪い魔法使い様が」


 肩を、ばん! と手荒に叩かれるが、その乱暴さがむしろ、遠慮を感じない分、心地よい。


「そんで、魔獣師団だったな。話は通してある。あー……変な事言うなよ」


「変な事?」


「行けば分かる」

 ラトゥースがくるりと踵を返すと、手を振って示す。


「こっちだ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] >その乱暴さがむしろ、遠慮を感じない分、心地よい うん、マスターってやっぱり黒犬さん寄りだよね 強目のスキンシップが好き。 [一言] ラトゥース困惑。 一度認めた相手には寛容なタイプだけ…
[良い点] 第六軍チームが可愛くて仕方がありません……! [一言] ラ:あー……変な事言うなよ リ:うちのマスターにそれは無理では? レ:(豚野郎は)一言も喋るなってことだろうさ。 サ:我が主のお言…
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