闇の森への再訪
"闇の森"、獣人軍駐屯地。
そこの主である、"第三軍"の最高幹部である"折れ牙"のラトゥースが、直々に、それも一人で、馬車を降りた私を出迎えてくれた。
最高幹部を迎えるのに最高幹部一人、という、ある意味合理的な出迎えは、名誉は重視しても、形式は重視しない獣人らしい。
あるいは、以前ここに来た時に、集団に囲まれて「殺せ!」と叫ばれた過去がある事を、気遣ってくれたのかもしれない。
ラトゥースが、軽く手を上げる。
「――よう、耳なし」
私も手を上げて、挨拶を返した。
「ラトゥース! 元気してた?」
「まあ……な」
ラトゥースにしては珍しく、歯切れが悪い。
「あらかじめ送った手紙にも書いたけど、今回は"第三軍"の魔獣師団の人にお話を聞きたくて来たんだ」
「おう……」
「……どうかした? ……何か……悪い事でも?」
「いや……」
ラトゥースが、狼の顔でここまで表現出来るのか、と感心するほどの呆れを込めて、ため息をついた。
「何をやったら、あの帝国近衛兵が二つに分かれて殺し合うんだ?」
「そんな古い話を」
「今リストレアで一番ホットなニュースだろ」
意見が食い違う。
「壊滅した部隊に興味はないよ。"第六軍"は小規模所帯で、命令系統が明確なフットワークの軽さが売りだからね。今はもう、次の作戦中だから」
「……妙にやる気に溢れてやがるな?」
「うちの部下達のおかげでね」
馬車の中から出てきたリズとレベッカ、御者台から下りたサマルカンドとハーケンの方を振り返り、微笑む。
「実を言うと……色々、思う所があったんだ。迷いも。――でも、もう迷わない。何も躊躇わない」
私は、ラトゥースに向けて笑った。
歯を剥き出しにした、多分、上品から一番遠い笑みだ。
「全部、人間を滅ぼしてから考える事にした」
「…………」
ラトゥースが黙り込む。
そして、私の後ろの四人を見る。
「……なあ。何したお前ら。ただでさえ色々と危ないヤツが、危ないやる気出してやがるぞ」
「私にもよく分かりません」
「あれで躊躇いがあった事に私も驚いているよ」
「我が主の不安が取り除かれたまでの事でございます」
「このお方が、我には推し量れぬお方であったというだけの事よ」
リズ、レベッカ、サマルカンド、ハーケンが、思い思いの言葉でラトゥースに答える。
しかしラトゥースは、首を横に振った。
「なるほど、さっぱり分からん」
「別にやる事は変わってないし。気持ちの問題だよ」
「気持ちの問題で『あの』"帝国近衛兵"が二つに分かれて殺し合うのか?」
私が何と言おうか考えた間に、リズが答える。
「開き直る前も、"ドラゴンナイト"を壊滅させて、"福音騎士団"も全滅させてましたから」
「そういやそうだったな……」
どこか遠い目をするラトゥース。
「言われるまでもないと思うけど、"第三軍"の引き締めお願いね。さすがに獣人の人達に限って反乱とかないと思うけど……もしも人間に同じ事されたらと思うと……ね」
獣人達が同族を裏切る事があるとは思わないが、脳筋という意味では、帝国近衛兵に引けを取るものではない。
そして誇りを汚すものに対しては……規則よりも、心の方に従う事も、珍しくはない。
私にそうしたように。
とはいえ、ラトゥースは戦士の誇りと同時に現実感覚も持ち合わせているので、彼が長のうちは心配しなくてもいいだろう。
「……で? 本当は、何したんだ?」
「ちょっと反乱の扇動など」
「……『ちょっと』?」
「こう……家族の情とか、愛国心とか、忠誠心とか、そういうものを煽っただけだよ。――人間は、大切な物をすぐに間違えるからね」
私だって、間違えるところだった。
そしてやり直しの機会が与えられる事は、多くない。
ダークエルフや獣人などの長命種が、長く生きるという事は、その機会が多いという事でもある。
けれど同時に、長い時を掛けて積み上げた物が、たった一度の間違いで崩れ落ちるという事でもあるのだ。
「部下には聞かせらんねえなあ……」
頭をガリガリと掻き、ため息をつくラトゥース。
意外と苦労人だ。
「……まあいい。お前はそういうやつだからな」
「どういう意味だろうね」
「そのまんまの意味だよ、この悪い魔法使い様が」
肩を、ばん! と手荒に叩かれるが、その乱暴さがむしろ、遠慮を感じない分、心地よい。
「そんで、魔獣師団だったな。話は通してある。あー……変な事言うなよ」
「変な事?」
「行けば分かる」
ラトゥースがくるりと踵を返すと、手を振って示す。
「こっちだ」




