未来のために
「……すまぬな。随分と、恥ずかしい話を聞かせた……」
リストレア様が、言葉通り恥ずかしそうにはにかんで、顔を伏せる。
その表情は、四百年を生きているとは思えない。
上位悪魔であるとも思えないし……こんな顔を見せてくれるようなひと達が、滅びるべき種族だとも、思えない。
それはきっと、人間も同じなのだろうけれど。
それでも、どちらかが滅びなくてはこの戦争が終わらないというのならば、私が選ぶのは、私を助けてくれたひと達だ。
恥ずかしそうにしている彼女を見ていると、私も胸の内を話したくなった。
「……そうですね。お返しにと言ってはなんですが、私の話も、聞いてくれます?」
「もちろん。喜んで聞こうではないか」
彼女が力強く頷いてくれる。
「私はうちの副官の事が、恋人になってほしい的な意味で好きなんですけどね。この戦局では中々言い出せなくて」
リストレア様が、目をぱちくりさせた。
「……すまぬ。そなたの副官とは……今隣の部屋にいる暗殺者……"薄暗がりの刃"の事か?」
「ええ」
「女同士であろう?」
「好き、という気持ちと性別に、何か関係が?」
ふっ、とリストレア様が笑った。
「そうであったな……」
彼女が、自分の胸に手を当てた。
「この気持ちを、信じよう。――応援しておる。公私ともに、な」
「はい。……私もです」
差し出された手を、固く握った。
「それでは、これで失礼いたします」
私はリズと共に、並んだ陛下と"旧きもの"に一礼した。
「うむ、体には気をつけよ」
「はい、陛下。"旧きもの"様。……『ご武運を』」
いつもの悪魔姿に戻っている彼女に、私はにやりと笑った。
「……そなたもな」
「ええ。――我らの未来のために」
「ああ。――我らの未来のために」
二人して、胸に手を当てる。
"旧きもの"が。リストレア様が。
――恋する乙女が、にやり、と笑った気がした。
「マスター。なんでこの短時間であの"旧きもの"と仲良くなってるんですか?」
帰りの馬車の中で、リズが私に信じられないものを見るような視線を向けてくる。
「共通の話題があってね」
「趣味とか……ですか?」
「まあそう言えなくもない」
あの人の趣味は『陛下』な気がするけど。
私は、リズを見ながら微笑んだ。
リズはどの角度も可愛いし、どこも見ていたいが、特につい、長い笹の葉のようなエルフ耳のラインをすっと目で追ってしまう。
この喜びを、この世界の人間が知っていれば、こんな馬鹿な戦争は起きていないだろうに。
「……なんですか? その慈愛に満ちた笑顔は」
「私は、リズの事が大好きだよ」
「……知ってますよ?」
「うん」
実の所、彼女が私の言葉の意味をどれだけ正確に理解しているのか、私には分からない。
私とリズが、恋人同士になるような未来があるのかも、分からない。
この国でも異種族間の恋愛は珍しいし、女同士もまた正式に認められた関係ではない。
まして私は人間で、"病毒の王"だ。
――でも、戦うなら、そんな未来のために戦いたい。
戦争に負ければ、この国自体がなくなる。
戦争に勝つという事もまた、両軍の屍を積み上げるという事。
けれどそれでも、戦う理由がある。
私が見たいのは、人間以外の全ての種族が滅ぼされた未来などではないのだ。
ちなみに後日リストレア様からお手紙が届き、『万事順調である。』との事。
一応誰に見られるかも分からないので肝心な所はぼかされてはいるが、『陛下に改めて信頼しているとのお言葉を頂いた。魔王陛下万歳。』とも書いてあったので、陛下との仲が深まったとの解釈で、いいと思う。




