理想の旗の下に
建国から、四百年の歴史を飛ばして、一気に話が現代へと飛ぶ。
"病毒の王"が現れた、今この時代に。
「平和になるかもしれないと思った。――人類を絶滅させ、勝つ事で、この泥沼の戦争を終わらせられるかもしれないと思った……」
「そのために戦っておりますから」
「だが……そなたが……羨ましく、妬ましい……本人に言う事では、ないだろうが……」
「私が?」
「陛下に、この国になくてはならぬ存在だとまで言われたではないか」
「お待ちを。"第六軍"は確かにその存在理由ゆえに、対外的な戦果は多くございますが……それは私一人や、我が"第六軍"のみの功績ではなく、魔王軍、そしてこの国全てが共有すべきものです。何より、"第五軍"、そしてリストレア様も、この国になくてはならぬ存在です」
「分かっている。全て、分かってはいるのだ……華々しい戦功こそなくとも、"第五軍"もまた、間違いなく陛下のお役に立ててはいると……」
「それは当たり前です」
"第六軍"の任務は敵内政基盤の破壊。
"第五軍"のデーモン達の任務は、リタルサイド城塞の警備、王城の警備、"第四軍"の不死生物への魔力供給、"第三軍"、"第四軍"の魔獣狩りのサポートなど、多岐に渡る。
それぞれが、それぞれの役割を果たす。それが組織であり、軍隊もまた例外ではない。
そこに優劣は――ない。
ただし、"第五軍"がいないリストレアは、"第六軍"がいないリストレアよりも悲惨な事になるだろうとは、思う。
建前上優劣はないが、本当にないのかは微妙な所かも。
「だが、"第六軍"が積み重ねた戦果が……"病毒の王"の成果が、陛下の肩の荷を軽くする度に、自分の不甲斐なさが情けなくなる……」
"旧きもの"が、目元を隠すように顔に手を当てた。
「……こうも思う。平和になった時、私は本当にあの方の……『陛下』の隣にいられるのか?」
「どういう事です?」
「……私は、デーモンだ。子は、成せぬ……」
あ、重い。
種族の厳然たる差。悪魔と不死生物は、同族とさえ子を成せぬ種族だ。
異種族共生国家であっても――いや、それゆえに、そこに存在する種族特性の差から目を背ける事は出来ない。
私達は、お互いと違うもの。それを認める事が、出発点だ。
「平和になれば、世継ぎをとの声もあるだろう。その時私が……『正妃』になる事など、決してない……」
彼女が、息をつき、顔から手を離した。
金色の瞳が、私に向けられる。
しかしその視線の先はきっと、私ではなく、もっと遠い未来に据えられている。
それは、私達が戦争に勝った後の未来。
戦争に勝てば、バラ色の未来が広がっているわけではない。
だから私は、勝ちもしないうちからと、彼女を笑う事は出来なかった。
それでも私達が未来を手に入れるためには、勝たねばならないのだ。
「だが、それでもよい……。そばにいられるなら――あの方の理想の力になれるのならば、立場など要らぬ。だが、立場と共に心も離れるのではないかと、怖い、のだ」
最後は声が震えて、それ以上は続けられないようだった。
切なげに目を伏せる彼女の表情は、見ているこちらの方が辛くなるぐらいの痛みに満ちている。
この人は、この気持ちを、ずっと抱えてきたのだろう。
信頼している人に、信頼しているからこそ、それを確かめるような事を言えずに、一人で思い悩んできたのだろう。
一つ息を吸って、覚悟を決めた。
「全部、話した方がいいですよ」
私は、ちゃんと話せば、ただの笑い話で終わった事を、一人で考えて、暴走して、もう少しで取り返しのつかない事態にまでした事がある。
それはつい、最近の事だ。
「……陛下に? 馬鹿を言え。このような事……」
私は勢いよく立ち上がった。
「バカはそっちです! 告白して! 将来を誓って!! ――その程度言えないのが、恋人同士って事ですか!?」
"旧きもの"が歯を食い縛り、顔を歪ませて、眼光だけで人を殺せそうな目で私を睨み付ける。
怒り……というには生ぬるい。
憤怒、と呼ぶのが相応しい激情が、私に向けられる。
私は、真っ向から睨み返した。
「私はあなたより陛下との付き合いが短いです。だから、あなたの方が知っているはずだ。……陛下が、四百年以上連れ添った戦友であり恋人を、切り捨てていくような方であるとお思いですか?」
先に目をそらしたのは彼女の方だった。
「……思わぬ」
ソファーに座り直して、彼女と目線を合わせて、微笑んだ。
「陛下なら、きっと受け止めてくれますよ」
「そう、思うか?」
「はい。……お二人の間に見て取れたものが信頼でないというのならば……私が、お二人の関係に気が付く事もなかったでしょう」
「……そうか」
うちの魔王陛下は優しい。
魔族全てを、守りたいと思うぐらいに。
――きっと、『戦争』をするには、優しすぎる。
それでも、王はそれでいい。道を、理想を指し示してくれれば、それでいい。
バラ色でなくとも、この国で見たい未来が、あるのだ。
優しすぎるぐらいでなくては、きっと理想など語れない。
違う種族が手を取り合う事が夢物語だった時代がある。
今も、全ての種族が手を取り合う世界ではないけれど、この国は、少なくとも五つの種族が、それぞれの役割を果たして維持されている国なのだ。
この国は、理想の旗の下に創られた国。
人間である私でさえ、人間国家の方針には賛成出来ない。
この世界の人間達は、人間以外を……私達と同じように笑って、思い悩み、恋をする種族を切り捨てていこうとする。
その先には、何があるのだ?
大きな違いを排除したら。
きっと今度は、小さな違いで戦争になる。
私の生まれた世界のように。
そうさせないために、私はここにいる。
そして私も、目の前にいる彼女も、魔王軍最高幹部として、この国が掲げる理想を実現させるためにいるのだ。
かつて、みんなが幸せに笑える国を作ると宣言した、優しい王のために。




