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病毒の王  作者: 水木あおい
4章

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理想の旗の下に


 建国から、四百年の歴史を飛ばして、一気に話が現代へと飛ぶ。


 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"が現れた、今この時代に。


「平和になるかもしれないと思った。――人類を絶滅させ、勝つ事で、この泥沼の戦争を終わらせられるかもしれないと思った……」


「そのために戦っておりますから」


「だが……そなたが……羨ましく、妬ましい……本人に言う事では、ないだろうが……」

「私が?」



「陛下に、この国になくてはならぬ存在だとまで言われたではないか」



「お待ちを。"第六軍"は確かにその存在理由ゆえに、対外的な戦果は多くございますが……それは私一人や、我が"第六軍"のみの功績ではなく、魔王軍、そしてこの国全てが共有すべきものです。何より、"第五軍"、そしてリストレア様も、この国になくてはならぬ存在です」


「分かっている。全て、分かってはいるのだ……華々しい戦功こそなくとも、"第五軍"もまた、間違いなく陛下のお役に立ててはいると……」


「それは当たり前です」


 "第六軍"の任務は敵内政基盤の破壊。


 "第五軍"のデーモン達の任務は、リタルサイド城塞の警備、王城の警備、"第四軍"の不死生物(アンデッド)への魔力供給、"第三軍"、"第四軍"の魔獣狩りのサポートなど、多岐に渡る。


 それぞれが、それぞれの役割を果たす。それが組織であり、軍隊もまた例外ではない。

 そこに優劣は――ない。


 ただし、"第五軍"がいないリストレアは、"第六軍"がいないリストレアよりも悲惨な事になるだろうとは、思う。

 建前上優劣はないが、本当にないのかは微妙な所かも。


「だが、"第六軍"が積み重ねた戦果が……"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の成果が、陛下の肩の荷を軽くする度に、自分の不甲斐なさが情けなくなる……」


 "旧きもの(オールド・ワン)"が、目元を隠すように顔に手を当てた。


「……こうも思う。平和になった時、私は本当にあの方の……『陛下』の隣にいられるのか?」


「どういう事です?」


「……私は、デーモンだ。子は、成せぬ……」


 あ、重い。


 種族の厳然たる差。悪魔(デーモン)不死生物(アンデッド)は、同族とさえ子を成せぬ種族だ。


 異種族共生国家であっても――いや、それゆえに、そこに存在する種族特性の差から目を背ける事は出来ない。


 私達は、お互いと違うもの。それを認める事が、出発点だ。


「平和になれば、世継ぎをとの声もあるだろう。その時私が……『正妃』になる事など、決してない……」


 彼女が、息をつき、顔から手を離した。

 金色の瞳が、私に向けられる。

 しかしその視線の先はきっと、私ではなく、もっと遠い未来に据えられている。


 それは、私達が戦争に勝った後の未来。

 戦争に勝てば、バラ色の未来が広がっているわけではない。


 だから私は、勝ちもしないうちからと、彼女を笑う事は出来なかった。


 それでも私達が未来を手に入れるためには、勝たねばならないのだ。


「だが、それでもよい……。そばにいられるなら――あの方の理想の力になれるのならば、立場など要らぬ。だが、立場と共に心も離れるのではないかと、怖い、のだ」


 最後は声が震えて、それ以上は続けられないようだった。

 切なげに目を伏せる彼女の表情は、見ているこちらの方が辛くなるぐらいの痛みに満ちている。


 この人は、この気持ちを、ずっと抱えてきたのだろう。

 信頼している人に、信頼しているからこそ、それを確かめるような事を言えずに、一人で思い悩んできたのだろう。


 一つ息を吸って、覚悟を決めた。


「全部、話した方がいいですよ」


 私は、ちゃんと話せば、ただの笑い話で終わった事を、一人で考えて、暴走して、もう少しで取り返しのつかない事態にまでした事がある。


 それはつい、最近の事だ。


「……陛下に? 馬鹿を言え。このような事……」


 私は勢いよく立ち上がった。



「バカはそっちです! 告白して! 将来を誓って!! ――その程度言えないのが、恋人同士って事ですか!?」



 "旧きもの(オールド・ワン)"が歯を食い縛り、顔を歪ませて、眼光だけで人を殺せそうな目で私を睨み付ける。


 怒り……というには生ぬるい。

 憤怒、と呼ぶのが相応しい激情が、私に向けられる。


 私は、真っ向から睨み返した。


「私はあなたより陛下との付き合いが短いです。だから、あなたの方が知っているはずだ。……陛下が、四百年以上連れ添った戦友であり恋人を、切り捨てていくような方であるとお思いですか?」


 先に目をそらしたのは彼女の方だった。


「……思わぬ」


 ソファーに座り直して、彼女と目線を合わせて、微笑んだ。


「陛下なら、きっと受け止めてくれますよ」

「そう、思うか?」


「はい。……お二人の間に見て取れたものが信頼でないというのならば……私が、お二人の関係に気が付く事もなかったでしょう」

「……そうか」


 うちの魔王陛下は優しい。

 魔族全てを、守りたいと思うぐらいに。



 ――きっと、『戦争』をするには、優しすぎる。



 それでも、王はそれでいい。道を、理想を指し示してくれれば、それでいい。


 バラ色でなくとも、この国で見たい未来が、あるのだ。


 優しすぎるぐらいでなくては、きっと理想など語れない。


 違う種族が手を取り合う事が夢物語だった時代がある。

 今も、全ての種族が手を取り合う世界ではないけれど、この国は、少なくとも五つの種族が、それぞれの役割を果たして維持されている国なのだ。


 この国は、理想の旗の下に創られた国。


 人間である私でさえ、人間国家の方針には賛成出来ない。

 この世界の人間達は、人間以外を……私達と同じように笑って、思い悩み、恋をする種族を切り捨てていこうとする。



 その先には、何があるのだ?



 大きな違いを排除したら。

 きっと今度は、小さな違いで戦争になる。


 私の生まれた世界のように。


 そうさせないために、私はここにいる。

 そして私も、目の前にいる彼女も、魔王軍最高幹部として、この国が掲げる理想を実現させるためにいるのだ。


 かつて、みんなが幸せに笑える国を作ると宣言した、優しい王のために。


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― 新着の感想 ―
[良い点] オールドワンにバカって度胸ありますねマスター んでリストレアさんの悩みが可愛い、そして悪魔の特徴なのか重いw [気になる点] 「子を成せぬ」もし王妃となったらその点で非難されたりすること…
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