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病毒の王  作者: 水木あおい
3章

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最後の望み


 リズ、レベッカ、サマルカンド、ハーケンが、リズの部屋で一堂に会していた。


「サマルカンド。マスターに呼ばれたと言いましたね。何か、聞かれたのですか?」


 リズがサマルカンドに問う。

 サマルカンドが、恭しく答えた。


「私達の態度に、違和感を持たれたようです。"血の契約"もあり、真実をお伝えしました。我らが主を甘やかすべきであるという結論に至ったと」


「マスターの反応は?」


 レベッカの問いにも、同じ態度で頭を下げて、サマルカンドが答えた。


「最初は疑問を抱かれたようですが、最後には『お前達の忠誠……いや、気持ちを、ありがたく思う』とのお言葉を頂きました。少し一人になりたいとの事で退室し、その足でこの場に参りました」


「では、順調であると?」


 ハーケンの問いに、サマルカンドは頭を上げると、口調は丁寧な物を崩さず、頷いた。


「そのように考えて、よろしいかと」


 リズが、微笑んだ。



「……マスターが喜んでくれたなら、何よりです」



 皆が、頷いた。




 私は、しばらく窓辺に一人でたたずんでいた。


 こちらに来てからの毎日を、懐かしく思い返す。


 無我夢中で、ここまで来た。


 みんなに支えられて――ここまで。



 そのみんなの様子が、おかしい。



 ハーケンは元々よく分からない所があるし、サマルカンドはいつもと変わらないが、特にリズとレベッカの様子が、おかしかった。


 妙に、優しい。

 優しすぎる。


 心当たりは……認めたくないが、一つだけあった。


 死刑囚は、死刑執行の前日に好きな食事をリクエスト出来るという。

 あるいは、煙草を吸わせてもらったり、神父に懺悔をしたりだ。



 私は少し、やりすぎたのかもしれない。



 リストレア魔王国は、危ういバランスで成り立っている国だ。


 国内に魔獣がはびこり、種族はばらばら。

 手が足りず、魔獣も多いため手つかずの地域が多いが、国土自体は、かなり広い。


 だから、人間がこの国を滅ぼす事は、困難を極める。

 防衛戦に徹すれば、こちらに分がある。


 人間側が本格的に侵攻してさえ――地獄を見るのは、人間になる。


 さらにリストレアは、無数の不死生物(アンデッド)が住まう国だ。


 "福音騎士団オーダー・オブ・エヴァンジェル"と、神聖騎士団の二割が失われ、死霊軍の戦力の重みが増し始めている。


 "ドラゴンナイト"も、もういない。


 人間達の通常戦力だけでも、こちらを十分に滅ぼせるほど――けれど、人間達は間違いなく、切り札を失ったのだ。



 もう、人類という種族の命運さえ賭けなければ、魔族の絶滅などおぼつかない。



 それはリストレアにとっても、勝利とは呼べないだろう。


 今戦えば、勝ってさえ、人口はおそらく、十分の一を割る。個体数を維持出来ない種族も出るだろう。特にドラゴンだ。

 先日の作戦にさえ、駆り出されなかったほどの最重要種族。一匹の死さえ、許されない。まして"竜母(ドラゴンマザー)"の死など。


 今戦争になれば、国の体は、保てないだろう。


 それでも、希望は見えた。



 ――もう、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"は、要らないのかもしれない。



 "第六軍"の運用など、リズとレベッカ、それにクラリオンがいればそれで事足りる。


 私は替えの利かない存在ではないのだから。


 私は、ただの。


 ただの、人間だから。




 私は、深夜にリズの部屋を訪れた。


 身につけているのは若草色のローブだけで、他は全て畳んで置いてきた。

 ローブも、護符(アミュレット)も、杖も――仮面も。


 ノックと同時に、部屋の扉が開けられる。

 ふわりとした、丈の長い寝間着のリズが出迎えてくれる。


「マスター、どうしたんですか。こんな夜更けに。ベルを鳴らしてくれれば、参りましたのに」


「……話が、あるんだ。入れて、くれる?」


「いいですよ。どうぞ」


 彼女に招かれて、部屋に入ると、扉を後ろ手に閉めて、鍵を掛けた。


「それで……お話とは? あ、添い寝ですか? いいですよ」


 微笑むリズ。


 この笑顔が、欲しかった。


 彼女の心が、欲しかった。


 せめて、一緒の時間を、少しでも長く過ごしたかった。


 それが叶わないと悟った今でも、彼女を憎む気持ちは、一片も湧いてこない。


「違う、の。お礼が……言いたくて」


 微笑んだ。



「……リズ。今までありがとう」



「マスター……」


 リズが、そっといたわるように微笑んで、私を抱きしめてくれる。


 私は、改めて覚悟を決めた。


 抱きしめ返す事は辛すぎて出来ず、けれど彼女の耳元に、呟くようにささやいた。



「苦しませずに、殺してくれる?」



「……マスター。何、言ってるんですか?」


「命乞いは、しないよ。でも、みんなをお願い。リズ達は大丈夫だと思うけど、特にクラリオン達ドッペルゲンガーの事を頼む。暗殺班の皆も、私の命令に従っただけだ。全ての責めは私に負わせて。……バーゲスト達も、なるべくいいように計らって。こんな事、頼めた立場じゃ、ないかもしれないけど……」


「マスター? 私がそれをする理由がありません」


「財産は没収されるかもしれないけど、実は遺言で受け渡し先は全額リズにしてあるから……」


「……それ、初耳ですよ。そんなの、受け取りたくないですからね」


「じゃあ、床下に金のインゴット隠してあるから、それを好きにして。帳簿に計上されてない『存在しない』財産だから……」


「いや、それはもっと受け取りたくないです。後、いつの間に?」


「隠し金はたしなみかと思って」


 手数料を取る貸金庫に近いが、リストレアには国営銀行があって、私の個人資産は、ほぼ全てそこに収められている。


 いつか、そこを介さず、動く必要がある時のために。

 契約の名に置いて他言無用を命じた、サマルカンドのみを使って用意した非常用資金だ。


 インゴット以外にも、目立たないように、きっちり銅貨と銀貨も多めに混ぜた、当座の資金も用意してある。


 これを持ち出せなかった時のためにも、そう大金ではないが、別名義の口座も用意してある。


 ……もしも、いつか、リズと逃げる必要に迫られる時がくれば、と。

 少しだけ、甘い夢を見た。


 けれど、もしかしたら、情に訴えれば、彼女の心を動かせるかもしれないという、その時になっても。

 どうせ死ぬならそうしてみてもいいのではないかと、理性がささやいても。



 私は、彼女を、この国の敵にはしたくなかった。



 地獄への道連れは、思い出だけで十分だ。


「ごめんね。……私、いい主じゃなかった、ね」


 彼女の肩を押して、引き剥がす。


 私は微笑んだ。



「でも、大好きだよ、リズ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 思い詰め過ぎー!!(泣) だが、それでこそ、主人公らしい…。 [一言] さあ、早く! 毒舌を吐くんだ! リズとレベッカ! マスターの心は限界よ!?
[良い点] 最期と思ってマスターいろいろ暴露。 お金はあって困らないけど隠し方がスゴいしかもリズに内緒でよくもそこまで! [気になる点] このあとお金どうなったんだろ。 [一言] 甘やかし期間のリズは…
[一言] うん、まあ、多分こう考えるよね。
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