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病毒の王  作者: 水木あおい
3章

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明白な異常


 私は、家――与えられた屋敷――に、帰ってきていた。


 しかし、『家に帰ってきた』感が薄い。


 理由は明白だ。




「リズ。抱きしめていい?」



「もちろんですよ、マスター」


 リズが、にっこりと微笑んで、両手を迎え入れるように広げて――あまつさえ、彼女の方から抱きしめてくれる。


 何の罠かと怯えながら、それでもリズを抱きしめる機会を逃す事は出来ず、しばらく抱きしめて――抱きしめられて――いた。


 恐ろしい事に、全身に伝わってくるのは、優しく、壊れ物を扱うような力加減だ。


 それも、力を入れていないのではなく、心地よい限界を見極めて力を入れて、ぎゅっとしてくれている。




「レベッカ。ちょっと眼鏡掛けた姿を一時間ぐらい眺めてもいいかな」



「……なんだ? 随分とお気に入りだな。しかし一時間か」


 顎に手を当てるレベッカ。

 既にこの時点でおかしい。罵倒されてないのがおかしい。


「読書しながらでも、いいか? それとも、お茶の時間にでも?」


「……お茶にしようか。リズも呼んで」

「ああ」


 眼鏡を掛けたレベッカと、途中で眼鏡を借りたリズとを眺める、素敵なお茶の時間だった。




「ハーケン。何か面白い小話を頼む」



「ふむ。先日死霊軍時代の同僚の骸骨(スケルトン)にこう言われたのだ。『ヘイ、ハーケン! お前の新しい勤め先が評判になってるぜ。血も涙もないヤツにしか務まらないってよ!』とな。ゆえに我はこう答えた。『ハハハ、ジョージ、俺達はスケルトンだぜ? 血も涙もないなんて当然じゃないか!』とな」


「「ははは!」」


 つい合わせて笑ってしまったが、何故エセアメリカン風。

 口調おかしいし、そもそもジョージが実在かどうかも怪しい。


 しかし、最近ハーケンが外出した事もあるし、最近リストレア内においては改善されつつあるとはいえ、"第六軍"の評判は彼の言った通り。


 やった事のない無茶振りをしてみて、ノータイムで披露された小話にしては、妙に真実味がある。


 もしかして、友人相手だとそんなふざけた口調だったりするんだろうか。




「サマルカンド。限定二十名様のアップルパイが食べたくなった。明日、朝一番で並んで買ってきてくれ」



「喜んで」


「……近所の主婦に大人気だそうだぞ。デーモンは目立つと思うが、本当に大丈夫か。後、確実に手に入れようと思うと、多分早朝というより深夜になるが」


 詳しい事を聞く前に即答した彼が、あまりに心配になってしまった。

 一度小耳に挟んで食べたいと思ったのだが、リズにせよサマルカンドにせよ、さすがにその手間を掛けさせるのは悪いと思って、一度はやめた案件だ。


 当のサマルカンドは、何故か頬を緩める。


「我が主。どうぞ能力の限界までご命令下さい。いえ、能力の限界を超えてなお、我が尊きお方のご命令ならば、歓喜と共に果たしてみせましょう」


「……うん、アップルパイだけでいい」


 サマルカンドだけは、いつも通りだった。



 皆の様子が、おかしい。



 具体的に言うと、とても優しい。


 仏様や聖女のような微笑みを浮かべて、それとなく体調に気遣い、欲しいものはないか、やりたい事はないかと聞いてくる。


 理由を聞くと、黙ったまま微笑んで誤魔化して、答えようとはしない。


 さらに、日々のたわむれにおいて、明らかに許されるラインが変わった。



 ――明らかに異常だ。



 ていうか怖い。

 なので私は、サマルカンドを部屋に呼んだ。



「サマルカンド。呼ばれた理由は、分かるか?」



「いいえ、我が主」

 片膝を突いてひざまずいたサマルカンドが、首を横に振る。


「――契約は健在。間違いないな?」


「はい、我が主」

 サマルカンドが、首を縦に振る。



「一切の虚偽を許容しない。私の質問に明確に答えろ」



「はい、我が主」


「お前以外の皆の様子――特にリズとレベッカがおかしい。知っているか」


「……私以外の……ですか?」


「ああ。お前はいつも通りだが、ハーケンも何かおかしいな。しかし、リズとレベッカは……」

 私は、ため息をついて首を軽く横に振った。



 最近の二人の態度を一言で表すならば、デレ期だ。



 嬉しい。可愛い。そして――怖い。


 なにしろ、心当たりらしい心当たりが、ないのだ。


 なのに、美少女じゃなかったら――あるいは美少女だからこそ――心が折れそうな、ばっさりいく毒舌を、最近聞いていない。


 何の前触れもなく、唐突にあの二人が私に対する態度を変えたのは、何か理由がある。


 そしてそれを聞くのにサマルカンドを選んだのには、二つの理由がある。


 一つは、サマルカンドの態度がいつもと変わらない事。


 一つは、彼と私の間には"血の契約"が存在している事。


 彼だけは、偽物、演技、虚偽、そういった可能性が存在しない。



「まず、聞くぞ。これは擬態扇動班の『訓練』ではないな?」



「はい。擬態扇動班の、我が主周辺での活動はございません」


 神聖王国の作戦に参加した者は休暇中のはずだし、それ以外も穴埋めローテーション中のはずだ。

 訓練という名目で、私を騙くらかして遊んでいる暇はないだろう。


 しかし、一番穏当な可能性が消えた。


「精神魔法を使用された兆候はあるか?」

「ございません」


「お前も行動は変わらないが、何か隠しているな。私が感じている違和感について、お前が知っている事を答えろ、サマルカンド」


「はい、我が主」

 サマルカンドが頷いた。



「我ら四人は、我が主を甘やかすべきであるという結論に達しました」



 時間が止まった。


「……んん?」

 彼が言い直さないのを確認したところで、ようやく遅れて変な声が漏れる。


 虚偽はない――だと?


 何を言っているんだこの黒山羊さんは。


 いや待て。彼は悪魔(デーモン)だ。


 話す言葉の重さが一々おかしく、日頃のコミュニケーション自体は問題ないが、私の言葉を全肯定して、私を崇拝するという不思議な感性の持ち主だ。


「……すまない、サマルカンド。お前の種族の……独特の言葉か?」


「いいえ我が主。字句の通りでございます」


「言い換えは、可能か?」



「困難です。しかし強いて補足するならば、我ら四人は、主の信頼と、これまでの行動に敬意を表し、我が主を甘やかすと決めました」



「……そうか」


 何を言っているのか、よく分からない。

 いや、違う。


 分かりたく、ないんだ。


「お前達の忠誠……いや、気持ちを、ありがたく思う」


「はっ」


「下が……いや。すまない。少しだけ」


 命令を下そうとして、私はそれを取りやめた。

 彼は――彼だけは、私の味方になるだろう。


 "血の契約"を盾にすれば、サマルカンドは私の言う事を聞く。


 他の全ての要素を、無視して。



「一人にしてくれ……」




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― 新着の感想 ―
[良い点] サマルカンド通常運転? 契約通り正直に話しているはずなのに真実が伝わらないサマルカンドマジックw [気になる点] ハーケン、ある意味一番謎の人? 甘やかしの表現があのジョークなのか、元から…
[一言] 更新はお疲れ様です! 甘やかされているのに、そんなに怖いとは、主人公さんは思い詰め過ぎるかも。。。
[一言] こじれてる。 でもそれも良い。
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