歴史に残る戦い
間違いなく、今日という日は、歴史に残る戦いになるだろう。
どんな風に語り継がれるかは、どちらが語り継ぐかで変わるのだろうけれど。
人間側が勝ったならば、今日は悲劇の日だ。
どこをどう脚色するかは戦後史料次第だが、おおむね、邪悪な魔族の卑劣なる罠によって神聖騎士団の多くが失われた……という感じになるのではないだろうか。
魔族側が勝った場合は、若干複雑だ。
まず、"病毒の王"がどう歴史に記されるか、になる。
戦後の私の立場がどんな風になるのかは、実の所、よく分かっていない。
"病毒の王"という名前が、戦場のおとぎ話になる未来も、あり得る。
歴史とは、後の者のために語り継がれるべきもの。
しかし平和な世界で、過去の政権が非道な作戦を承認し、軍によって実行に移したという過去は、プラスにならない。
場合によっては、"第六軍"ごと『戦後の混乱による資料消失』という名目で軍籍抹消、という線も十分にあり得るし、私自身の幸せのためにも、そちらの方がいい可能性もある。
リズなどは、私が最高幹部のまま"第六軍"が、敵国内政基盤への攻撃を担当する部署から、華麗に百八十度転身して、戦後の復興を担当する部署になる事を期待しているらしい。
その場合はきっと、今日の勝利は英雄的なものとして語られるだろう。
圧倒的な数でもって国境に押し寄せる狂信者の群れを、一人の種族不詳の大魔法使い"病毒の王"が一発の大魔法"雪崩"にて殲滅――ご都合主義の英雄譚にもほどがあるが、王道ゆえに中々に心が躍る。
そう伝えられた場合、歴史家と魔法研究家は多分泣くだろう。
もう少し現実的に伝えられるなら。
リストレアという国の未来を信じ、真実を語り継ぐならば。
今日という日は、謀略と罠によって勝利を得た日だ。
"第六軍"の擬態扇動班に所属する『ドッペルゲンガー』によって、聖女と天使が演じられ、敵軍をリタル山脈に誘導。
神聖王国の最高戦力たる"福音騎士団"のほぼ全てを含む、十万に迫る軍勢を、人工的に引き起こされた雪崩によって壊滅。
"第二軍"、"第三軍"を中心に、ごく少数だが"第五軍"、"第六軍"、地方の駐留軍からも抽出された精鋭によって、残存戦力を掃討した……という形になるだろう。
僅かな犠牲で、掌中の玉のように大切にされてきた虎の子部隊を引きずり出し、全滅させたと。
けれど。
「何人、死んだ?」
「俺のとこは十二だ」
ブリジットとラトゥースが話している声が、耳に届いた。
二人は軍装だが、血まみれの鎧は脱いで、それぞれ、"第二軍"のワッペンの付いた軍服と、肩章付きのコートに着替えている。
「暗黒騎士が十四。リベリット槍騎兵が二人死んでいる。……二十八人か」
「意識のない内の一人は、多分目を覚まさねえだろう」
「そうか。三十に満たない犠牲……と、言えればいいのだがな」
「そう言うしかねえよ。俺達は勝った。完全に作戦を成功させて、想定よりなお少ない犠牲で、二百倍の敵兵を討ち取った……全員、覚悟の上だ」
「……ああ」
今日の日の犠牲が、重く語られる日は、来ないだろう。
戦争だ。その時々の戦場で、人は死ぬ。
今日のような、『華々しい大勝利』の日でさえ。
「――耳なし!」
ラトゥースが声を張り上げて、私を呼んだ。
「……ラトゥース」
「今日の立役者の悪い魔法使い様が、随分と辛気くさい顔してんな」
「だって……人が死んだんだよ? 私達の国のひとが」
「じゃあ笑え」
ラトゥースが、牙を剥き出しにして――笑顔と言うには苦みの強い、けれど狼の顔でも口角が上げられている事は分かる表情を作った。
「俺達は軍人だ。作戦通り戦って、結果を出した。今日死んだやつらは、戦士として戦って、死んだ。俺達の命令で、だ」
そこでラトゥースは、大きく息を吸った。
そして叫ぶ。
「俺達は勝ったぞ! あの"福音騎士団"のクソ野郎共を、全員天国とやらへ送ってやった! 下山前に砦の備蓄を食い尽くしてよし。怪我人は下山してから奢ってやるから今は我慢しろ!」
歓声が、上がった。
見ると、獣人だけでなく、暗黒騎士も歓声を上げている。
さすがは魔王軍最高幹部だ。"病毒の王"のような怪しげな部署でなければ、他の部署にも人気がある。
「後で"病毒の王"も参加するから、先に始めとけ!」
一際大きい歓声が、上がった。
――私も、この歓声を、浴びていいのだろうか。
「あ、酒は残しとけよ?」
笑い声も、上がる。
人を殺してきて。
敵も味方も沢山死んで。
でも、私達は勝ったから――
「……ラトゥースは、すごいね」
「ん?」
うつむいて、ぐい、と両手で押し下げたフードの陰に顔を隠した。
「私……慣れないよ、まだ。仲間が死ぬの」
私は、本当に計算が苦手だ。
十万の人間を殺した事より、三十人に満たない犠牲の方を、痛く感じる。
「ばあか」
フードの上から、ラトゥースの大きい手が頭をわしわしと撫で回す。
「え、何!?」
慌てて見上げると、ラトゥースは、苦笑いを浮かべていた。
悲しそうに、苦みを浮かべて、それでも笑っていた。
「……慣れねえよ、そんなもん」
ブリジットも、力のない笑みを浮かべた。
「ああ。……私も。こればっかりは、な。いや、少しは慣れたんだろう。それでも……部下を……仲間を失う悲しみに慣れて、平気になったり、しないな」
「平気になるまで慣れるようなやつは、向いてねえよ。そんでいつか、兵をただの数字と見て、使い潰すクソ指揮官になりやがる」
ラトゥースが、ばん、と私の背中を叩いて気合いを入れてくれた。
「俺はお前の事を、戦士の誇りなんざひとっかけらも持ち合わせちゃいねえ、悪い魔法使い様だと思ってるがよ」
「あ、うん」
私は、悪い魔法使いだ。
戦士の誇りなど持ち合わせていないし、人だってたくさん殺した。
私の命令を信じた部下だって死んだ。
これから、もっと死ぬ。
「それでもお前は、魔王軍最高幹部だ。俺達とは違うやり方で、それでも俺達と同じもんのために戦ってる。――そうだろ?」
「……うん」
私は、悪い魔法使いだ。
けれど。
私には、同じものを信じる仲間がいて。
同じように、悲しみを込めて、笑い合って、痛みを分かち合える人達がいる。
――未来では、こんな痛みが、ないといい。
誰も、こんな風に痛い思いをしながら、歯を食い縛って、辛い戦いをしなくてもいい世界だといい。
けれど。
「行くぜ。酒をみんな飲まれちまう」
「ああ。主役が顔を見せなくては始まらないぞ?」
一歩先で、私を誘うラトゥースとブリジットに向かって、私は精一杯の笑みを浮かべた。
「……うん、行こう!」
そして一歩を踏み出して、二人と並んだ。
未来でも、こんな風に信じ合える仲間がいる世界だといい。




