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病毒の王  作者: 水木あおい
3章

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歴史に残る戦い


 間違いなく、今日という日は、歴史に残る戦いになるだろう。


 どんな風に語り継がれるかは、どちらが語り継ぐかで変わるのだろうけれど。



 人間側が勝ったならば、今日は悲劇の日だ。



 どこをどう脚色するかは戦後史料次第だが、おおむね、邪悪な魔族の卑劣なる罠によって神聖騎士団の多くが失われた……という感じになるのではないだろうか。



 魔族側が勝った場合は、若干複雑だ。



 まず、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"がどう歴史に記されるか、になる。

 戦後の私の立場がどんな風になるのかは、実の所、よく分かっていない。



 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"という名前が、戦場のおとぎ話になる未来も、あり得る。



 歴史とは、後の者のために語り継がれるべきもの。

 しかし平和な世界で、過去の政権が非道な作戦を承認し、軍によって実行に移したという過去は、プラスにならない。


 場合によっては、"第六軍"ごと『戦後の混乱による資料消失』という名目で軍籍抹消、という線も十分にあり得るし、私自身の幸せのためにも、そちらの方がいい可能性もある。


 リズなどは、私が最高幹部のまま"第六軍"が、敵国内政基盤への攻撃を担当する部署から、華麗に百八十度転身して、戦後の復興を担当する部署になる事を期待しているらしい。



 その場合はきっと、今日の勝利は英雄的なものとして語られるだろう。



 圧倒的な数でもって国境に押し寄せる狂信者の群れを、一人の種族不詳の大魔法使い"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"が一発の大魔法"雪崩(アヴァランチ)"にて殲滅――ご都合主義の英雄譚にもほどがあるが、王道ゆえに中々に心が躍る。


 そう伝えられた場合、歴史家と魔法研究家は多分泣くだろう。


 もう少し現実的に伝えられるなら。

 リストレアという国の未来を信じ、真実を語り継ぐならば。



 今日という日は、謀略と罠によって勝利を得た日だ。



 "第六軍"の擬態扇動班に所属する『ドッペルゲンガー』によって、聖女と天使が演じられ、敵軍をリタル山脈に誘導。

 神聖王国の最高戦力たる"福音騎士団オーダー・オブ・エヴァンジェル"のほぼ全てを含む、十万に迫る軍勢を、人工的に引き起こされた雪崩によって壊滅。

 "第二軍"、"第三軍"を中心に、ごく少数だが"第五軍"、"第六軍"、地方の駐留軍からも抽出された精鋭によって、残存戦力を掃討した……という形になるだろう。



 僅かな犠牲で、掌中の玉のように大切にされてきた虎の子部隊を引きずり出し、全滅させたと。



 けれど。


「何人、死んだ?」

「俺のとこは十二だ」


 ブリジットとラトゥースが話している声が、耳に届いた。

 二人は軍装だが、血まみれの鎧は脱いで、それぞれ、"第二軍"のワッペンの付いた軍服と、肩章付きのコートに着替えている。


「暗黒騎士が十四。リベリット槍騎兵(ランサー)が二人死んでいる。……二十八人か」


「意識のない内の一人は、多分目を覚まさねえだろう」


「そうか。三十に満たない犠牲……と、言えればいいのだがな」


「そう言うしかねえよ。俺達は勝った。完全に作戦を成功させて、想定よりなお少ない犠牲で、二百倍の敵兵を討ち取った……全員、覚悟の上だ」

「……ああ」


 今日の日の犠牲が、重く語られる日は、来ないだろう。

 戦争だ。その時々の戦場で、人は死ぬ。

 今日のような、『華々しい大勝利』の日でさえ。


「――耳なし!」


 ラトゥースが声を張り上げて、私を呼んだ。


「……ラトゥース」


「今日の立役者の悪い魔法使い様が、随分と辛気くさい顔してんな」


「だって……人が死んだんだよ? 私達の国のひとが」


「じゃあ笑え」


 ラトゥースが、牙を剥き出しにして――笑顔と言うには苦みの強い、けれど狼の顔でも口角が上げられている事は分かる表情を作った。


「俺達は軍人だ。作戦通り戦って、結果を出した。今日死んだやつらは、戦士として戦って、死んだ。俺達の命令で、だ」


 そこでラトゥースは、大きく息を吸った。


 そして叫ぶ。



「俺達は勝ったぞ! あの"福音騎士団オーダー・オブ・エヴァンジェル"のクソ野郎共を、全員天国とやらへ送ってやった! 下山前に砦の備蓄を食い尽くしてよし。怪我人は下山してから奢ってやるから今は我慢しろ!」



 歓声が、上がった。


 見ると、獣人だけでなく、暗黒騎士も歓声を上げている。

 さすがは魔王軍最高幹部だ。"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"のような怪しげな部署でなければ、他の部署にも人気がある。



「後で"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"も参加するから、先に始めとけ!」



 一際大きい歓声が、上がった。


 ――私も、この歓声を、浴びていいのだろうか。


「あ、酒は残しとけよ?」


 笑い声も、上がる。


 人を殺してきて。

 敵も味方も沢山死んで。


 でも、私達は勝ったから――


「……ラトゥースは、すごいね」


「ん?」


 うつむいて、ぐい、と両手で押し下げたフードの陰に顔を隠した。


「私……慣れないよ、まだ。仲間が死ぬの」


 私は、本当に計算が苦手だ。

 十万の人間を殺した事より、三十人に満たない犠牲の方を、痛く感じる。


「ばあか」


 フードの上から、ラトゥースの大きい手が頭をわしわしと撫で回す。


「え、何!?」


 慌てて見上げると、ラトゥースは、苦笑いを浮かべていた。

 悲しそうに、苦みを浮かべて、それでも笑っていた。


「……慣れねえよ、そんなもん」


 ブリジットも、力のない笑みを浮かべた。


「ああ。……私も。こればっかりは、な。いや、少しは慣れたんだろう。それでも……部下を……仲間を失う悲しみに慣れて、平気になったり、しないな」


「平気になるまで慣れるようなやつは、向いてねえよ。そんでいつか、兵をただの数字と見て、使い潰すクソ指揮官になりやがる」


 ラトゥースが、ばん、と私の背中を叩いて気合いを入れてくれた。

 

「俺はお前の事を、戦士の誇りなんざひとっかけらも持ち合わせちゃいねえ、悪い魔法使い様だと思ってるがよ」


「あ、うん」


 私は、悪い魔法使いだ。


 戦士の誇りなど持ち合わせていないし、人だってたくさん殺した。

 私の命令を信じた部下だって死んだ。


 これから、もっと死ぬ。


「それでもお前は、魔王軍最高幹部だ。俺達とは違うやり方で、それでも俺達と同じもんのために戦ってる。――そうだろ?」


「……うん」


 私は、悪い魔法使いだ。


 けれど。


 私には、同じものを信じる仲間がいて。


 同じように、悲しみを込めて、笑い合って、痛みを分かち合える人達がいる。



 ――未来では、こんな痛みが、ないといい。



 誰も、こんな風に痛い思いをしながら、歯を食い縛って、辛い戦いをしなくてもいい世界だといい。


 けれど。


「行くぜ。酒をみんな飲まれちまう」

「ああ。主役が顔を見せなくては始まらないぞ?」


 一歩先で、私を誘うラトゥースとブリジットに向かって、私は精一杯の笑みを浮かべた。


「……うん、行こう!」


 そして一歩を踏み出して、二人と並んだ。



 未来でも、こんな風に信じ合える仲間がいる世界だといい。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 仲間の死に慣れることはない、その上で笑えというラトゥースが渋かっこええ。兄貴! こういうときはやはりマスターが一番年下なんだなと思うところ [気になる点] 仲間の死を重くすることで、敵の…
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