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病毒の王  作者: 水木あおい
3章

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狂った世界


 何故か、リズと二人きりで夜を過ごすはずだったのに、夜になったら隣のベッドにいたのはレベッカだった。


 リズの荷物も消えて、レベッカのトランクになっている。


「マスター。リズに何をしたんだ?」


 私と同じくベッドに腰掛けているレベッカが、呆れたような口調で言う。


「……変な事は何もしてないよ」


 レベッカが、ため息をついた。


「もうなんかよく分からん顔で、部屋を交換してくれと言ってきたぞ」


「じゃあ、リズは一人部屋に?」

「そういう事になるな。今はそっとしておいてやれ。――で、何したんだ?」



「ほっぺと耳にキスして、抱きしめて大好きだって告白しただけだよ?」



「ああなるほどいつも通りか」


 あっさりと頷くレベッカも凄いな。


「まあほどほどにしておいてやれ」

「……うん」


 私はレベッカの事が嫌いではない。むしろ好きだ。


 しかし、せっかく――それが軍務であるとはいえ――リズと一緒の部屋でお泊まりする予定がなくなったのは寂しい。


「明日になれば頭も冷えて、いつも通りだろう。リズもプロだからな」


 淡々と語るレベッカ。



「――明日、改めて軍議が開かれるが、概要は?」



「ラトゥースから聞いたぐらいだね。変更はある?」


「特にはない。進軍のペースから計算して、二日後が予想されている。砦攻めは、もう一日、タイミングを遅らせる可能性もあるが……まず急ぐだろうな」


「どうして?」


「うちの悪い魔法使い様が、誰よりよくご存知のはずだが?」


 レベッカが、疲れたような笑みを浮かべた。


「……ぼろぼろ死んでいる。十万は保てまい。"福音騎士団オーダー・オブ・エヴァンジェル"や神聖騎士団はともかく、この冬季に、民兵を大量に引き連れてのリタル山脈越えを狙うとは……度し難いな」


「神の言葉だからね」


「それもよく分からないんだ。……神がなんと言おうと、冬の寒さは変わらない。身体強化さえろくに出来ない民兵など、大規模な野戦ならともかく、山越えとなると足手まといだ。"福音騎士団オーダー・オブ・エヴァンジェル"も、神聖騎士団も、こんな局面で軽率に切っていい『切り札』ではない」


「そうだね」


「大体、待ち伏せされている事はおろか、砦の駐留戦力さえ把握していないはずだぞ。あれは対悪魔(デーモン)、対不死生物(アンデッド)に特化した兵種だ。私達の他は、後方支援に悪魔(デーモン)が何人かいるぐらいで……向こうにとっては、地形を抜いても最悪の戦場になる」



「レベッカは、賢いね」



「……馬鹿にしてるのか」

 レベッカがじろりと睨む。


「ううん。本心だよ。……当たり前なのにね。祈りに応えてくれる便利な神様なんていないって事ぐらい、知ってるはずなのにね」


 神の不在を証明する事は、誰にも出来ない。


 それは、悪魔の証明と同じだ。


 何かが本当にいない事を証明する事は、出来ない。



 けれど、証明さえ不要だ。今もリストレア魔王国は健在なのだから。



 全て、人の力だ。天上におわす神ではなく、生きている人間の力だ。


 なるべくその辺をくすぐる文言を考えたのは私だが……人間の愚かさをまざまざと見せつけられているようで、素直に喜べない。


「勝てる?」


「油断は出来ない。信仰心は未知の力を与える事があるし、仮にも向こうは最精鋭。民兵も盾……肉壁にはなるだろうさ。数では我々が圧倒的に劣っているのだ。……だが、な」


 レベッカが吐き捨てるように呟いた。



「兵が哀れだ……」



 軍隊というやつは、命令が絶対の組織。


 さらに王権の強いこの世界ともなれば、なおさら。


 神聖王国は宗教色が強い関係で、最も王権が弱いが、その宗教が、今回の派兵の理由になっている。


 知らない土地へ、熱に浮かされるようにして、無謀な進軍をしている。


 本人達は、無謀とさえ、思っていないかもしれない。


 信仰に燃えているだろう。

 使命感に溢れているだろう。

 全能感に満たされているだろう。



 だが、彼らには何もない。



 彼らが持っているのは、信仰心から希望に至るまで、奪われるために与えられたものだ。


 私は、そう仕組んだのから。


「レベッカは……優しいね」

「そうか?」


「うん。……どうしてかな。哀れとは……理屈では思うけど……」

 私は、笑った。



「あれは、リストレアの兵じゃないから」



 誰もが、誰かの大切な人。

 この世界に生きる皆が、生きる理由を持つ。


 けれど、この世界には一本の線がある。


 昔、人間が――もしかしたら魔族も――引いた、『人間と魔族は敵同士』という、一本の線。


 私は、その線のこちら側だ。


 私は、人間だけど。

 私が大切に思う人間は、この世界に一人もいない。


 レベッカが、立ち上がって、わずかな距離を詰めて。


 私の頭を、ぽんと叩いて、軽く撫でた。



「全く、我らが最高幹部様は、身内に優しい非道の悪鬼だな」



「……今なんで頭撫でられたの?」


 撫でられた所を押さえながら、少しだけ上にある彼女の顔を見上げる。

 レベッカが、微笑んだ。


「たまには、ねぎらってやりたい気分になるんだよ」


「そう? ……ありがと」

「気にするな」


「じゃあ、添い寝しよっか」


「……ん?」

 レベッカが笑顔のまま、首を傾げる。



「ほら、明後日に備えて魔力供給しなきゃね! 明日は打ち合わせとかで忙しいだろうし、前日に私の魔力使いすぎてもいけないし!」



 有無を言わせぬ笑顔で押し切る私。


 結局、ベッドが二つあるのに、一つしか使わない事になったが、あまり窮屈ではなかった。


 私も色々とスレンダーな方だし、レベッカに至っては小柄な幼女だ。


 荷物を切り詰めているので、寝間着は持ってきていない。

 いつもの恰好のまま、帯だけをほどいて、布団に入る。


 寝る前にバーゲストも全部ローブから出した。

 大部分はレベッカを抱きしめた私の周りに寄り添い、あぶれた子達はベッドの下や、本来レベッカが寝るはずだったベッドの上などに寝そべる。


 バーゲスト達もぬくいし、後ろからお腹の辺りを抱きしめて、抱き枕にしているレベッカも子供体温なので、ぬくぬく。


「はあ~、可愛い女の子抱き枕にして寝るのがお仕事だって! この世界狂ってるね! いい意味で!!」


 レベッカが乾いた声で呟く。



「甘い顔見せるんじゃなかった……」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 愚かな、信仰の毒が頭にまで回った人間達の狂信。 使命感による幸せの絶頂に至り、哀れなほどにバタバタと死んでいく。 いっそ滑稽。 そして、精神的不安定に陥りかけたのに、レベッカのファイン…
[良い点] この回のレベッカ好きです。 >「兵が哀れだ……」 の台詞が重い。マスターの作戦が上手くいって喜ぶのではなく、敵への同情とも違う感情。 ズシンときます。 [一言] やりすぎマスターしょぼ…
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