洞窟の中の二人
リタル様の元を辞して、来た道を辿って戻ると、気配を察したのか、リズが小屋から出て迎えてくれた。
「マスター。おかえりなさい」
「……ただいま、リズ」
ランタンと杖を足下に置いて、歩み寄って、そっと抱きしめた。
「……少し、疲れたよ」
「……何か、悪い事でも?」
「ううん。リズが心配するような事はないよ。リタル様はまともで、優しいひとで……でも。だから、かな」
彼女の肩に額を当てて、ぬくもりにすがりつくようにしながら、ぽつぽつと痛みを吐き出していく。
「人間は、こんなひと達と、戦い続けてきたんだ、って」
昔、この世界は、人間と魔族では、争っていなかった。
それは、人間の歴史にも綴られている事だ。
その時々で、種族同士――いや、小規模な共同体同士が、戦う事はあった。
けれど、色んな種族が、集落や都市国家といった程度の規模で、緩やかに共存していた事は、間違いない。
いつかどこかで『魔族という敵を作る』事で、国をまとめようとした人達がいなければ。
私達は、綺麗に二分された世界地図の上で、戦わなくてよかった。
時計の針は、戻らない。
私のした事も、また一つ、絶対的な断絶を生んだ。
けれど、歴史にやり直しがないなら、私は時計の針を先に進める。
「……大好きだよ、リズ」
私が今抱きしめているこの子が生きられない世界を、許せない。
ダークエルフ――魔族という事が、悪だとも、思わない。
「マスター……」
軽く、リズが抱きしめ返してくれる。
それが嬉しくて、私は少し身を引くと、彼女の頬に軽く口付けた。
「えっ? ――はっ!? 今なんでほっぺにキスしました!?」
「唇の方がよかった? ごめんね、じゃあ改めて」
「違います! そういう事は言っておりません!! というかクラド様が見てますって!」
「お気になさらず……若い人達の仲睦まじい様を見られるなんて、寿命が延びますわ」
そう言ってフードの陰の口元を笑みの形にするクラドさん。
好感度が上がった。
歳を取るならこんな風に取りたいな。
「私達女同士ですけど!?」
「"病毒の王"様は人間ですし……あまり気にされない方がよいのでは?」
「え?」
「私は獣人。リタル様はドラゴン。あなたはダークエルフ。その方は、人間。――それだけでは、ありませんか?」
「え、いや、あの」
「女同士で何がいけぬと言えば、子を成せぬ事でしょうか。しかし、望んでも子供が生まれぬ種族同士が好き合う事もございます。同じ種族でも、子供を作れるほど近しい種でも、子供を授からぬ事はよくあるもの……。女性同士というのは確かに珍しい事ですが、当たり前でない事を理由にすれば、我らはあの者達と――我らの存在自体を認めぬと言う者達と同じ」
好感度が上がった。
「その関係をなんと呼ぶかは、私には分かりません。恋人とは呼べぬのかもしれない。最も近しい友人かもしれない。あなた達はその前に主従であるのかもしれない。けれど、お互いがお互いを大切に想い合っているならば、どれでもよろしいではありませんか」
好感度が上がった。
本当に、こんな風に歳を取りたいなあ。
「……お節介でしたわね。若い人には、若い人なりの速度があるのに、沢山の悲しい事を見てきたから、年寄りはいつも分かったような事を言ってしまう」
クラドさんが、フードの陰で微笑んだ。
陛下も、リタル様も、クラドさんも。
長生きした人は、みんな少し悲しそうに微笑む。
それなのに、まだ、沢山の事を諦めないでいる。
私も、彼女達と同じぐらい長く生きられれば、そんな風になれるだろうか。
彼女達ほど長く生きられずとも、こんな風になれるだろうか。
「……いえ」
リズがうつむいた。
「ごめんね、リズ。大規模作戦前なのに」
「私は――帰ってきますよ。だから……その」
私は、安心させるように微笑んだ。
「うん。今すぐどうこうは、言わないよ。私はただ、リズと一緒にいたいの。それだけだよ」
「マスター……」
リズが微笑む。
その姿が愛おしくて、私は彼女の腕をそっと捕まえて身体を引き寄せると、笹の葉のような長い耳の先に軽く口付けた。
リズが私を振りほどき、耳の先まで真っ赤にして叫ぶ。
「――今なんで耳にキスしました!?」
「さっき頬にして怒られたから」
「場所の問題ではないんですよ」
「時と場合の問題?」
「全くもってその通りです」
リズの言葉が嬉しくて、私はまたリズを捕まえた。
「――私にされるのが嫌とかじゃ、ないんだね?」
リズが固まる。
その隙に、ぎゅっと抱きしめた。
「答えなくて、いいよ。――でも、私は」
抱きしめたリズの身体は、温かくて……むしろ、熱いぐらいで。
薄闇の中でもはっきりと分かるほどに真っ赤になっている、長い耳に口を寄せて、ささやいた。
「リズの事が、大好きだよ」




