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病毒の王  作者: 水木あおい
3章

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戦いの理由


 ――この戦争は、いつまで続く?


 私は、その質問への回答を正確かつ完全に持っていた。



「人間が絶滅するまで、です」



「戦いを止める道は? ないのか?」


「ありません」

 私は即答した。


「――本当に?」


 全てを、見透かされているような気がする。

 戦いを止める道が『本当にないのか』と聞かれて、ないと答えたら、嘘になる。

 理論上、ほとんどあらゆる可能性が否定出来ない。


 だから、私は改めて答えた。



「現実的な手段、という事なら、ありません」



 私は、薄く笑った。


「それでも比較的現実的に考えるなら『講和』という事になるでしょう。主戦派を片端から暗殺、または謀略によって追い落とし、非戦派を主流派にします。その後、各国家と非戦の条約を結び、以後『戦争をしない』。――そうすれば、それは戦いを止めた、と言ってもいいでしょう」


「それは、出来ないのか?」


「まず、前提から困難です。非戦の条約を保証する軍事力がありません。――敵側を、信用出来る理由も、ありません」


 かつて陛下に語った事の、繰り返しになる。


 もう、非道をもってしか勝てない。

 そして……非道を行ったのは、私達だけではないのだ。



 もう、お互いがお互いを、許せない。



 それでも平和を求めようとすれば、気の遠くなるような時間が掛かるだろう。


 そして流れる血は、きっと……普通に戦争をやるより、遙かに多くなる。


 平和というのは、多量の血をもってしか買えない、高額な商品なのだ。


「何故だ? この戦争に、どんな意味がある?」


 悲しそうに問うリタル様は、きっと優しいのだろう。

 もしかしたら――理解出来ないのかもしれない。


 百年も生きられない、空も飛べず、火を恐れる、弱い種族の気持ちは。


「意味なんて、ないですよ?」



「……なんだと?」



「だから、ないですよ。人間が欲しいのは『絶対的な安全の保証』です。――魔族を滅ぼしても、安心出来る理由にはなりませんけど、種族の違いって目立ちますからね」


「……我らは……人間を滅ぼした後、どうするのだ?」


 私は、それにも答えを持っているし、たまに陛下やリズとも話している。


 とらぬ狸の皮算用、という言葉が頭をよぎる事もあるが、勝った後の事も考えず戦争をするよりはマシだ。


 戦争とは、ただ目的のために行われる手段だ。


 そして私達の国は、人類絶滅を目的になどしていない。

 ただ、リストレア魔王国という国を第一に考えた時、その存在を許せないというだけの話。


 だから私にとっての目標は人類絶滅だが、それはリストレアという国にとっては、ただの通過点だ。

 決して最終目標ではないし、まして国家が目指すべき目的などではない。


「しばらくは、人間側の領土への入植、ですね。人口も減ってるでしょうし、食料も厳しいでしょう。ですから、まず入植・開拓を推進します」


 ここは、大陸の北方。


 リストレア魔王国が、国土の広さの割に国力がいまいち高くないのは、ここが生きるのに厳しい土地で、人口が少ないからだ。


 さらに言うなら、そもそも長命種ゆえに人口が増えにくく、また下手に人口を増やせば、食料や物資が足りなくなるというジレンマを抱えているからだ。


 最も豊かな大陸中央を含む南方を、完全に押さえるために、人間は魔族の全てを敵とした。


 ならば魔族も、奪われた先祖の故郷である最も豊かな土地を求めるために、人間の全てを敵としても、それは因果が巡るだけの話だ。


「その後は?」



「『戦う理由』をなくします」



「……どんな理由が、戦いにある?」


「『お腹が減った』」


「……ん?」


「『住む家がない』。『自分とは違う』。『怖い』。……色々ありますけどね。単純に、不満の全てを、明確に原因から潰していく」


 私は、平和を知っている。


 私の生きてきた、狭い範囲の世界は、間違いなく平和だった。


「食べ物があって、住む所があって、生まれた時から、自分のそばに違う存在が当たり前にいて……それを、当たり前にして。『違う』事だけが怖い事ではないのだと、教えて」


 そのやり方を、そのまま持ち込む事は出来ない。


 それでも――私は、知っているのだ。



 戦う理由の、ない世界を。



「そんな風に、『戦争を知らない世代』を育てていく。――それだけ、です」


 言葉にすると、それだけ。

 それはとても、簡単な理屈。


 しかし、リタル様は嘆息した。


「……それは、難しいな」

「ええ、戦争より難しいですよ」


「戦争は、簡単か?」


「始めるだけなら、馬鹿にでも出来ます。終わらせるのは大変ですね、『自分の思うように』終わらせるのは」


 今でも、全く考えないと言えば、嘘になる。

 ある程度痛めつけ、国力の釣り合いが取れたところで……『現実的な』平和を作れないものかと。


「私も平和的に解決出来るものなら、そうしたい気持ちは……今もありますけど」


 でもそれは、綱渡りと言うのも生ぬるい茨の道だ。

 そして渡りきれず落ちた時、この国の全てを道連れにする。


 私は、そんな『難しい』道を選べない。



「『人類絶滅』が『一番簡単』という事です」



「……はっきりと……筋道立てて、話すのだな」

「それが取り柄でして」


「その理屈は、人間の理屈か?」


「いいえ。現実と理性の上に築かれるものを理屈と呼ぶのならば、それに『人間の』と付ける意味はないですよ」


 私達は、違う種族と、言葉を交わせる。

 同じ世界で、同じ物理法則の下に、生きている。

 だから、同じ理屈を、共有出来る。



 その上で――私達は、血を流して争っているのだ。



 譲れない物のために。


「この理屈は『正しい』んだ」


「こんなにも辛いものが? ……こんなにも悲しいものが? 『正しい』と?」


「私は部下に、死の可能性がある任務を命じた事があります。……あなたも、きっとあるはずです」


「……ああ」

 リタル様が、頷いた。


「それは『正しかった』。違いますか?」


「ああ……」

 リタル様が、深く頷いた。


「私は、知っていたな。正しい事は、痛くない事ではないと」


「ええ。痛い事が正しい事でもない。でも、考えて、考えて……それでもそれが正しいなら、どんなに痛くても、そうするしかない」


 それが、非道であろうと。


 同種族を弱い所から殺して、その死を種に不和を広げる、地獄の悪鬼のような所業であろうと。


 最終的に流れる血が、理屈の上で少ないのならば。


 私は、そうする。


「それが、理屈です」


 結論は変えられない。――変えたら、それはもう、理屈じゃない。


 ただ平和が欲しいと言って、理想を追えば、きっと地獄だ。


 そして、その時地獄になるのは、リストレアになる。


 リタル様の口元の鱗が、少し歪められた。


 私は、ドラゴンの表情を読んだ経験がないけれど。


 ――私には、微笑んだように見えた。



「悲しいな」

「ええ」



 私達は、共に魔王軍最高幹部だ。


 私達は、同じ責任を背負った。


 だから、私達に出来るのは、そう言って頷き合う事だけ。


 同じ正しさを知る者同士。同じ正しさが与える、同じ痛みを味わった者同士で、ほんの少し傷を舐め合う事だけ。



 未来では、こんな痛みが、ないといい。




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― 新着の感想 ―
[良い点] マスターの理屈。 異世界人という究極の外視点で判断した、リストレアが生き残る方法。 [一言] 多分物語してなら、マスターの判断はアリなのです。 現実世界に持ち込んではならないのです。 何故…
[良い点] 更新はお疲れ様です! そういえば、そうでした。既に魔王様から何度も聞かれたんのは当たり前ですね。 痛いの理屈ですね。確かに、より理想的な結果を求めたらより高いのコストとリスクを背負ってしま…
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