戦いの理由
――この戦争は、いつまで続く?
私は、その質問への回答を正確かつ完全に持っていた。
「人間が絶滅するまで、です」
「戦いを止める道は? ないのか?」
「ありません」
私は即答した。
「――本当に?」
全てを、見透かされているような気がする。
戦いを止める道が『本当にないのか』と聞かれて、ないと答えたら、嘘になる。
理論上、ほとんどあらゆる可能性が否定出来ない。
だから、私は改めて答えた。
「現実的な手段、という事なら、ありません」
私は、薄く笑った。
「それでも比較的現実的に考えるなら『講和』という事になるでしょう。主戦派を片端から暗殺、または謀略によって追い落とし、非戦派を主流派にします。その後、各国家と非戦の条約を結び、以後『戦争をしない』。――そうすれば、それは戦いを止めた、と言ってもいいでしょう」
「それは、出来ないのか?」
「まず、前提から困難です。非戦の条約を保証する軍事力がありません。――敵側を、信用出来る理由も、ありません」
かつて陛下に語った事の、繰り返しになる。
もう、非道をもってしか勝てない。
そして……非道を行ったのは、私達だけではないのだ。
もう、お互いがお互いを、許せない。
それでも平和を求めようとすれば、気の遠くなるような時間が掛かるだろう。
そして流れる血は、きっと……普通に戦争をやるより、遙かに多くなる。
平和というのは、多量の血をもってしか買えない、高額な商品なのだ。
「何故だ? この戦争に、どんな意味がある?」
悲しそうに問うリタル様は、きっと優しいのだろう。
もしかしたら――理解出来ないのかもしれない。
百年も生きられない、空も飛べず、火を恐れる、弱い種族の気持ちは。
「意味なんて、ないですよ?」
「……なんだと?」
「だから、ないですよ。人間が欲しいのは『絶対的な安全の保証』です。――魔族を滅ぼしても、安心出来る理由にはなりませんけど、種族の違いって目立ちますからね」
「……我らは……人間を滅ぼした後、どうするのだ?」
私は、それにも答えを持っているし、たまに陛下やリズとも話している。
とらぬ狸の皮算用、という言葉が頭をよぎる事もあるが、勝った後の事も考えず戦争をするよりはマシだ。
戦争とは、ただ目的のために行われる手段だ。
そして私達の国は、人類絶滅を目的になどしていない。
ただ、リストレア魔王国という国を第一に考えた時、その存在を許せないというだけの話。
だから私にとっての目標は人類絶滅だが、それはリストレアという国にとっては、ただの通過点だ。
決して最終目標ではないし、まして国家が目指すべき目的などではない。
「しばらくは、人間側の領土への入植、ですね。人口も減ってるでしょうし、食料も厳しいでしょう。ですから、まず入植・開拓を推進します」
ここは、大陸の北方。
リストレア魔王国が、国土の広さの割に国力がいまいち高くないのは、ここが生きるのに厳しい土地で、人口が少ないからだ。
さらに言うなら、そもそも長命種ゆえに人口が増えにくく、また下手に人口を増やせば、食料や物資が足りなくなるというジレンマを抱えているからだ。
最も豊かな大陸中央を含む南方を、完全に押さえるために、人間は魔族の全てを敵とした。
ならば魔族も、奪われた先祖の故郷である最も豊かな土地を求めるために、人間の全てを敵としても、それは因果が巡るだけの話だ。
「その後は?」
「『戦う理由』をなくします」
「……どんな理由が、戦いにある?」
「『お腹が減った』」
「……ん?」
「『住む家がない』。『自分とは違う』。『怖い』。……色々ありますけどね。単純に、不満の全てを、明確に原因から潰していく」
私は、平和を知っている。
私の生きてきた、狭い範囲の世界は、間違いなく平和だった。
「食べ物があって、住む所があって、生まれた時から、自分のそばに違う存在が当たり前にいて……それを、当たり前にして。『違う』事だけが怖い事ではないのだと、教えて」
そのやり方を、そのまま持ち込む事は出来ない。
それでも――私は、知っているのだ。
戦う理由の、ない世界を。
「そんな風に、『戦争を知らない世代』を育てていく。――それだけ、です」
言葉にすると、それだけ。
それはとても、簡単な理屈。
しかし、リタル様は嘆息した。
「……それは、難しいな」
「ええ、戦争より難しいですよ」
「戦争は、簡単か?」
「始めるだけなら、馬鹿にでも出来ます。終わらせるのは大変ですね、『自分の思うように』終わらせるのは」
今でも、全く考えないと言えば、嘘になる。
ある程度痛めつけ、国力の釣り合いが取れたところで……『現実的な』平和を作れないものかと。
「私も平和的に解決出来るものなら、そうしたい気持ちは……今もありますけど」
でもそれは、綱渡りと言うのも生ぬるい茨の道だ。
そして渡りきれず落ちた時、この国の全てを道連れにする。
私は、そんな『難しい』道を選べない。
「『人類絶滅』が『一番簡単』という事です」
「……はっきりと……筋道立てて、話すのだな」
「それが取り柄でして」
「その理屈は、人間の理屈か?」
「いいえ。現実と理性の上に築かれるものを理屈と呼ぶのならば、それに『人間の』と付ける意味はないですよ」
私達は、違う種族と、言葉を交わせる。
同じ世界で、同じ物理法則の下に、生きている。
だから、同じ理屈を、共有出来る。
その上で――私達は、血を流して争っているのだ。
譲れない物のために。
「この理屈は『正しい』んだ」
「こんなにも辛いものが? ……こんなにも悲しいものが? 『正しい』と?」
「私は部下に、死の可能性がある任務を命じた事があります。……あなたも、きっとあるはずです」
「……ああ」
リタル様が、頷いた。
「それは『正しかった』。違いますか?」
「ああ……」
リタル様が、深く頷いた。
「私は、知っていたな。正しい事は、痛くない事ではないと」
「ええ。痛い事が正しい事でもない。でも、考えて、考えて……それでもそれが正しいなら、どんなに痛くても、そうするしかない」
それが、非道であろうと。
同種族を弱い所から殺して、その死を種に不和を広げる、地獄の悪鬼のような所業であろうと。
最終的に流れる血が、理屈の上で少ないのならば。
私は、そうする。
「それが、理屈です」
結論は変えられない。――変えたら、それはもう、理屈じゃない。
ただ平和が欲しいと言って、理想を追えば、きっと地獄だ。
そして、その時地獄になるのは、リストレアになる。
リタル様の口元の鱗が、少し歪められた。
私は、ドラゴンの表情を読んだ経験がないけれど。
――私には、微笑んだように見えた。
「悲しいな」
「ええ」
私達は、共に魔王軍最高幹部だ。
私達は、同じ責任を背負った。
だから、私達に出来るのは、そう言って頷き合う事だけ。
同じ正しさを知る者同士。同じ正しさが与える、同じ痛みを味わった者同士で、ほんの少し傷を舐め合う事だけ。
未来では、こんな痛みが、ないといい。




