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病毒の王  作者: 水木あおい
3章

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ラトゥースのお出迎え


「遅えぞ、耳なし!」


 リタル山脈に築かれた小さな砦に到着するなり、私は罵声で出迎えられた。


 ここはリタル山脈の"四番砦"。固有名称ではなく番号で管理される程度の、小さな山城だ。

 ちなみに何度か統廃合が行われ、欠番があったり、地図上では隣の砦と連番でなかったりする。


「ラトゥース。これでも急いで来たよ。それにまだ時間の猶予はあるよね?」


 罵声の主は、腕組みをして仏頂面をしている、"第三軍"たる獣人軍を率いる獣人の長、"折れ牙"のラトゥースだ。


 降りしきる雪で、黒い毛並みが薄っすらと白く染まっているが、その寒さを気にした様子もないのは、さすが狼の獣人といった所だろうか。


「後二日もすれば来るぞ」


「……今なんて?」


「だから、二日もすれば来るって言ったんだよ。"福音騎士団オーダー・オブ・エヴァンジェル"がほぼ全軍。神聖騎士団二千。民兵十万だ」



「ちょっと何言ってるか分からない」



 そんだけの大軍のくせに、一体どんな速度で進軍中だ。


 頭おかしいとしか。


 ラトゥースに案内され、私達五人は砦の中に入る。

 それほど強い風雪とも思っていなかったが、石造りの建物の中に入ると、あまりの静けさに思わず耳がきーんとなるほどだった。


 この辺りまで居住区の暖気が届いているとも思えないが、吹きすさぶ寒風がないだけで随分と暖かく感じる。


「私が最後?」


「だな。ああ、そうだ。リタル様が、着いたら顔見せろってよ」


「……リタル様って、あの、"竜母(ドラゴンマザー)"で、"第一軍"の竜族率いてる、最高幹部の?」


「俺は他にリタルって名前のやつは知らねえよ。"第一軍"の副官が砦にいる。リタル様は近くの洞窟にいるから、声かけて連れてってもらえ」


「分かった」


「それで? 体調とか、崩してねえだろうな」


「……もしかして、心配してくれてる?」


「あぁ? 勘違いすんなよ。おめえは弱っちい人間だろうが。おい、メイドの嬢ちゃん。気を付けてやってるんだろうな」


 それを心配と言うのではないだろうか。


「勿論ですよ、ラトゥース様」


 リズが軽く一礼する。


「ならいい。……よう、レベッカ。お堅いお前が、今はこいつの部下か?」


「おかげで随分と柔軟になったよ、ラトゥース」


「……知り合い?」


 聞くと、レベッカが頷いた。


「最高幹部との面識ぐらいあるよ。これでも古参だからな」


 ラトゥースが、私の後ろのハーケンに目を向けた。


「それにハーケンの野郎もか。全く、このへなちょこの何が気に入ったんだか」


「何、ラトゥース殿が気に入られている理由と同じであろうよ」


「誰が気に入ってるって?」

 ラトゥースが顔をしかめる。


「え、ハーケンも知り合い?」


「"第六次"の時からな」


「"第六次リタルサイド防衛戦"に共に参加し、肩を並べて剣を振るった事もある間柄よ。当時の獣人軍の長はその際に戦死され、ラトゥース殿が戦功によって最高幹部へと新たに任じられた」


 それは現時点で、リタルサイドを巡る最後の防衛戦。


 小競り合いではない大規模戦闘にはそれぞれ第一次から第六次までのナンバリングが振られ――第六次と言えば、五十年ほど前の事だ。


 人の身には長い、けれど、魔族にとってはまだその戦争に参加した者が多く残る程度の時間。


「はあ……なんか、意外な人同士が知り合いだねえ」


 ほんの少しの、疎外感を覚えた。


 この戦争に勝って。ここにいる全員が死なずに生き残って。そうしたら。



 ――多分、一番最初に、私が死ぬ。



 それは、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"の『功績』や『戦果』が戦後にどう評価されるかとか、そういう政治的な理由ではなくて、私がただの人間だからだ。


 寿命らしいものを持たない不死生物(アンデッド)に、上位悪魔(グレーターデーモン)

 長命種の代表たるダークエルフ。ダークエルフよりは短いようだが、獣人もまた長大な寿命を持つ種族だ。


 私は、大切にされてさえ、きっと百年も生きられない人間だ。



「……意外って言葉は、お前にこそ言いたいんだが?」



「え?」


「メイドの嬢ちゃんはあの"薄暗がりの刃ダークリング・ブレード"。一人で一国を滅ぼしたっていう逸話持ちの"歩く軍隊(ウォーキングアーミー)"のレベッカに、二つ名こそねえがリタルサイドのハーケンといやあ国内でも指折りの戦士だ。それに上位悪魔(グレーターデーモン)が"第五軍"以外に所属して、あまつさえ"血の契約"だ? 意外どころの騒ぎじゃねえよ」


 ラトゥースがため息をついた。


 振り返ってレベッカを見る。


「……レベッカ、一国滅ぼしてたの?」


 目をそらすレベッカ。


「昔の話だ。……それに、そんなに大きくない都市国家だから」


 否定はしてない。


「……で? 悪い魔法使い様は、一体どんな手品を使ったんだ?」



「誠心誠意、心を込めて接しただけだよ」



 そして背後の皆を振り返る。


「ね♪」



 全員が、無言で目をそらした。



「……息はぴったりだな」

「ねえ。全員、自慢の可愛い部下だよ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] クセの強い部下だらけですね、実は皆上司を選ぶタイプの部下ですな、それぞれ気に入らない上司のもとでも仕事はするけど実力発揮は別問題。 そういった意味ではマスターは面白い上司なんでしょう。 […
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