"福音騎士団"
"福音騎士団"。
対悪魔・対不死生物に特化した装備と戦闘技術を有する、最精鋭。
エトランタル神聖王国の誇る神聖騎士団の精鋭からさらに選抜され、千名ほどが所属するという成り立ちは、まさしく最精鋭と呼ぶに相応しかった。
彼らは、体重と同じ黄金と同量の価値があると噂される。
その噂は、間違いだ。
彼らの価値は、そんなに安くない。
そもそも黄金の値が下がり続けているご時世だ。
金がどれだけあっても、安心出来ない時代。
"病毒の王"が出没するのは主に農村部であり、大都市に住むだけで、とりあえず安全にはなる。
しかし、"病毒の王"が、いつその魔の手を都市部にまで伸ばすか分からない以上、安心とはどれだけ黄金を積んでも手に入らない商品となりつつあった。
だから、"福音騎士団"とはエトランタル神聖王国の切り札だ。
唯一、その安心をもたらしてくれるかもしれない者達だから。
聖女によってもたらされた預言にあった『最も聖なる者』とは、彼らを置いて他にはない。
熱に浮かされたような空気の中、会議は驚くべき速度で進み、決定が下された。
"福音騎士団"を全て投入。約一千。
神聖騎士団を二千。これは一部の強硬な反対で、騎士団の五分の一ほどだ。
一般兵と民兵が、約十万。――民兵の志願者数が、今回の派兵に関しては、異常だった。
元々、信仰心ある者が志願兵となる事も多いお国柄ゆえ、民兵に一時貸与される装備も充実している。
速やかに物資が神聖王国の全土から集められた。
武装や食料以外で目立つのは、比較的温暖な気候である神聖王国には似つかわしくない防寒具だ。
これは、リタル山脈を山越えし、山頂に築かれている敵の見張り砦を攻め落として、リストレア魔王国へ――王都へ侵攻する予定だからだ。
無謀とも思える作戦だが、士気は、恐ろしく高い。
他でもない聖女自らが、神聖王国の紋章である聖十字が刻まれた旗を掲げ、白馬に乗って先頭を進んでいるからだ。
特急であつらえられた、特注の純白の鎧が、柔らかい陽光を反射してまばゆく輝く。
その様は、暗さを増していく時代の中にあって、付き従う者達に光輝の力を確信させるには十分な神々しさだった。
そして、彼女に付き従うように、天使が体重のないような軽やかな飛び方で、空を飛んでいた。
自分達は今、奇跡を目の当たりにしているという確信が、彼らの足を前へと進めていた。
皆が、勝利を疑っていなかった。
全てが恐ろしく迅速に手配され、進軍している。行軍速度も速い。これほどの大軍が動くともなれば情報が漏れるだろうが、この数を迎え撃つだけの準備をするのには時間が掛かる。
それが、当たり前の考え方だった。
「マスター、準備出来ました?」
「うん。ちょっと早いかもだけど」
リズの言葉に、私は頷いた。
身の回りの品はまとめた。
リベリット村に行った際に準備した防寒具も完備。
いつもの装備の調子もチェック。特に円盤状の護符だ。魔法防御の品だが、寒さに対する耐性にもなってくれる。
「向こうがどれぐらいの速度で動くか分かりませんからね。早め早めに動くに越した事はないです」
「そうだね。でも、レベッカとハーケンは不死生物だし、サマルカンドも悪魔だけど、"福音騎士団"相手にして、本当に大丈夫?」
「全員最前線には配置しませんよ。一応、ハーケンは不死生物の中でも召喚生物ですし、サマルカンドは一度蘇生している関係で若干光属性に耐性があります。レベッカが一番不安なのですが、元々最前線に出るタイプではありませんから、そういった立ち回りには慣れているでしょう」
「うん……リズは?」
「私は接近戦が得手ですから。戦力を遊ばせていられる余裕もありませんし」
「……本当に、大丈夫?」
「マスター。その言葉が、純粋に心配ゆえの物だという事は、分かるつもりです。――ですが」
彼女は、胸に手を当てて、力強く微笑んだ。
「あなたの刃を、どうかご信頼下さい。私は"薄暗がりの刃"。これでも五指に入る暗殺者ですよ」
「……うん。ごめん」
「いいえ。戦場に絶対はありませんが……大丈夫ですよ。私は、暗殺者にあるまじき近接戦闘を多数経験し、全て生き延びたアサシンですよ。しぶとい、という評価をお姉様方からも頂いております」
「……お姉様方?」
「私より腕の立つ近衛師団直属の暗殺者四名は、全員女性ですので」
「何それ。聞いてないよ」
「一応機密ですからね。……なんでそんな嬉しそうなんですか」
「え、嬉しそうだった?」
「顔がにやけていますよ。何想像したんですか」
ジト目のリズ。
「いやあ、いい国だなあって」
「いい事を言っているのに……なんだか……不安になるのは気のせいですかね……」
遠い目のリズ。
「気のせいだよ。それに安心して」
彼女の肩に手を置いて、彼女の目をまっすぐに見た。
「私にとって最高の暗殺者は、リズだよ」
リズが微笑んだ。
「……そう言って頂けると、嬉しいです」
ぴこぴこするマフラー。
私は、愛しさを全て込めて、彼女をぎゅっと抱きしめた。
後、髪を撫でて、頬ずりする。
「……あの、ちょっとスキンシップ過剰じゃないですかね?」
「過剰じゃないです」




