信頼と覚悟と無茶振り
「それで、"病毒の王"様。我ら、擬態扇動班に新たなる任務を……という事でありましたが」
応接間も兼ねている談話室に移り、ローテーブルを挟んだソファーに腰掛けて、フードを目深にかぶった、"病毒の王"姿のクラリオンと対面している。
リズは中間の一人用ソファーだ。
「ああ。神聖王国を叩く。いい頃合いだ」
笑った。
「信仰心の収穫の時期が来たぞ」
この表情が、彼女達の言う『この世に悪という言葉の意味を知らしめてやろう』という笑みなのだろうか。
リズとクラリオンが、顔を見合わせた。
「……本家の笑みは違いますね」
「はい」
……そうみたい。
それはとりあえず気にしない事にして、話を進める。
「ドッペルゲンガーを最低二名、用意してもらいたい」
「人選は?」
「すまないが、クラリオンに任せる。全員の個性を把握しているわけでもない。希望者を募ってもいいし、独断で選抜してもいい。ある程度の演技力が必要だし、場合によっては長期になるかもしれない。現場判断を優先していいが、逆に言えばアドリブで計画を修正出来るだけの能力が必要とされる。計画に支障が出ないと判断したならば、途中で入れ替わってもいい」
そこで、言葉を切った。
「あ、危険手当とかも出すからね」
「……危険、なのでありますか?」
「いつも危険だけど、どうしてもね。……拒否権は与えよう。可能な限り、現地での活動プランは擬態扇動班に任せる。その上で、不可能であると判断したのならば、話は終わりだ」
「……我らの中で、死を恐れぬ者は、おりませぬ。弱い種族、ゆえ」
クラリオンの口元が、きゅっと引き結ばれた。
「ですが、死を恐れて任務を投げ出す者も、おりませぬ。我らはリストレア魔王国、"第六軍"所属の、擬態扇動班でありますから」
悲壮感さえ漂わせて、覚悟を表明するクラリオン。
その言葉に、胸を打たれる。
彼女達もまた、未来のために戦っている。
『ドッペルゲンガー』は、弱い種族だ。
私が命じるような……敵国に混乱を撒き散らす作戦にしか、使えない。
騎士道や、戦士の誇りとは、縁のない『戦い方』しか、出来ない。
けれど、私達には、それこそが必要なのだ。
そうしなくては勝てないなら、そうするだけの事だ。
「私は、君達の忠誠を疑った事はない。――疑う事もさせない。誰にもだ」
彼女達の戦う理由もまた、私が彼女達ドッペルゲンガーに親近感を抱く理由の一つだ。
私は、自分のために戦っている。
……けれど、私の世界の――少なくとも私の親しかった――人間のためにも、戦っているのだ。
いつか陛下に宣言したように、召喚魔法唯一の、そして最悪の先例となるために。
彼女達が、自分達で言うように弱いのに、それでも戦うのは、ドッペルゲンガーの地位を上げるためだ。
未来の同族が、いわれなき差別を受けなくていいように。
「……だから、ね?」
安心させるように軽く微笑んだ後、口調を"病毒の王"の物に切り替える。
「――無理なら無理と言ってくれればいい。確かに重要な作戦だが、君達は何度も言うように"第六軍"に欠かせない人材だ。一人として損なうわけにはいかない」
「……ありがたきお言葉であります」
クラリオンが、顔を伏せた。
ただでさえ目元まで隠れているのに、口元さえもフードの陰になり、全く表情が読めなくなる。
「しかし……我らは、ドッペルゲンガーを名指しした召集に応え、あの時、まだ"病毒の王"を名乗られていなかったあなたを、信じると決めたのです」
私が、まだ、何者でもなかった頃。
クラリオン達ドッペルゲンガーを戦力として望んだのは、"病毒の王"と呼ばれる、前の話。
クラリオンが、顔を上げた。
長い黒髪の、日本人女性――私の顔で、覚悟を目に閃かせて、私をまっすぐに見据える。
「ゆえに、我らはどのような無理難題でも、成し遂げて見せましょう。我らドッペルゲンガーの変身能力の全てと、"病毒の王"の名に懸けて」
「……そう」
微笑んだ。
彼女達には信頼があり、覚悟がある。
ならば私も、信頼で応えなければならない。
「では命じようか」
「なんなりと」
「神聖王国で聖女様やってきて」
「…………んん?」
自分自身の固まった笑顔を眺めるというのも、中々レアなものだ。




