なんとかと煙は高い所が好き
私はリズ一人を伴って、王城へと来ていた。
正装で、メイド一人を伴った私は、未だ噂話の的。
最近は中の人の正体も少しずつ広まりつつあるが、むしろ王都の方が、『私が人間である』と知っている者は少ない。
"第六軍"及び、陛下直属の人員を除けば、"闇の森"にある獣人軍駐屯地と、リタルサイド城塞に詰めている部隊が、私の正体を知っている。
ただ、ブロマイドが売れている事もあって、私の見た目を知らない人は、少なくとも軍人にはまずいないだろう。
ことに、王城に詰めている人員となれば。
ただ、今日は公務ではない。
陛下に呼ばれたわけでも、ブロマイド事業の進捗確認や打ち合わせでもない。純粋に私用だ。
だから正装でなくても別にいいのだが、こちらの方が色々と通りがいい。
中途半端に変装をするより、せっかく高い地位にいるのだから、その辺は活用しないともったいない。
途中からリズに先導されて歩く。
一応ここで暮らしていた事もあるのだけど、その時は自由は少なかったし、何よりここは城なのだ。
迷路と言うほど極端ではないが、詳しい構造は防衛上の機密なので、現代日本人にはぜひとも欲しい館内図はない。もちろん地図アプリとかそういうのもない。
物覚えが悪い方とは思わないが、階層ごとに廊下や部屋の配置が違うし、一人なら迷う自信がある。
しかし今は、リズと一緒なので安心。
向かったのは、この城で一番高い城壁。
リズが、鉄板で補強された分厚い木製扉を押し開けると、身を切るような冷気が流れ込んでくる。
ローブがなければ、凍えて今すぐ帰ろうと言い出す気温だ。
この辺りは結構高いし、風がモロに当たるし、人気もないので、全てが相まって空気が冷たい。
城壁の中程まで来ると、しばらく、私は無言で景色を見ていた。
冬の澄んだ空気のおかげか、かなり遠くまで見渡せる。
最初に目に入るのは、リタル山脈。
視線を下げていくと、"闇の森"が見えるが、黒っぽい森なので、どこがどこやら。
リタル山脈にしても、どこまで見えているのかはっきりとしない。
地球にそこだけ転移すれば、初登頂と新記録に命を懸けるアルピニストが大歓喜しそうな大山脈なので、距離感が掴めないのだ。
町や村はあるはずだが、見えてもごま粒だろう。
そして、当然ながら王都も見えるが、ここから見下ろすと、ひどくちっぽけに見える。
――これが、リストレア。
大陸の北方であり、寒々しい土地。
けれど、その寒々しささえも愛おしいのは……私が好きな人達の生まれ故郷だから、だろうか。
それとも……ここが、私にとっても、もう故郷だから、だろうか。
平和になれば、もっと過ごしやすくなる。
国境に戦力を張り付けておかねばならない負担から、解放されれば――
人類が、絶滅すれば。
私がこの国に必要とされるのは、いつまでだろう。
平和になったら?
平和になるまで?
それとも――非道な人間の手など借りずとも、もう戦争に勝てると思った時……?
気温と同じぐらい寒々しい思考をもてあそびながら、私は、私が愛する国の冬景色を目に焼き付けていた。
「マスター。どうして高い所からの景色が見たいなんて言い出したんですか?」
しばらくそうしていると、リズが口を開いた。
「私の故郷には、こんな言葉があってね」
少し間を溜めた。
「馬鹿と煙は、高い所が好き」
「……あの、その言葉に、今どういう意味が?」
困惑するリズに、さらりと返した。
「深い意味はないよ」
ただ、気分転換も兼ねて、高い所から景色を見たかっただけだ。……とは、一応リズに伝えている。
もう少しちゃんとした理由があるかと、深読みしたのかもしれない。
「――マスターは煙ではなさそうですね」
「否定はしない」
城壁から離れ、彼女に向き直った。
僅かな距離を詰めて、軽くリズの頬に触れる。
「私は、煙みたいにどっかに行ったりしないよ」
「本当ですか?」
「本当だよ」
「でもマスター、馬鹿ですから、自分の言った事も忘れちゃうんじゃないですか?」
「はっきりと言わないようにしてるかと思ってたのに」
リズが笑う。
「どうせ気にしないでしょう?」
「しないけど。もう、リズより頼りになる副官さんとか考えられないしね」
「はいはい。光栄でございますよ」
軽くあしらわれた。
しかし、マフラーがぴこりと嬉しそうに動く。
最後にもう一度、向こうを見た。
リタル山脈。
事実上の国境線であり、最前線の防衛ライン。
あそこが、次の戦場だ。




