リストレアの年越しと新年
リストレアでも、年越しと新年を祝う。
種族や地域でも多少異なるが、基本は「みんなで静かに」だ。
リストレア魔王国には、あまり季節イベントがない。
建国記念日さえ、ないのだ。
これは、陛下によると、いつを正式な建国とするか一度揉めたからなのだとか。
本人も、建国時は今よりも遙かに慌ただしく、情勢が殺伐としていて、日付などよく覚えてないと言っていた。
いつか終戦記念日が加わるとよいのだけど。
まあとにかく、今のリストレアは、日本の隙を見て新しい行事を根付かせようとする勢いからすると、イベント事が少なくて、少し寂しい。
だからこそ、年越しと新年のイベントは特別だ。
レベッカとサマルカンドがいないので、リズとハーケンを伴って、街へ向かう。
レベッカとサマルカンドもそうだが、擬態扇動班と暗殺班は、異郷の地で年越しをして、新年を迎える事になる。
そんなみんなに、私が直接出来る事は、ない。
私に出来る事は、きっちり補給を送り、危険手当をはずみ、随時メンバーを入れ替え、休暇を与え、給料の使い時を作る事だけだ。
仕事内容がブラックっていうかブラッドなので、せめてそういう所だけでもホワイトにしようと努力している。
敵地に潜入しての諜報・扇動・暗殺を含む破壊工作となれば、日本的なホワイトは望めないのが悲しいが、ここは異世界なのだ。
それも、異種族間絶滅戦争をしている、とびきり陰惨な世界だ。
……まあ、私の世界は、同種族間で土地や民族や宗教、もっとダイレクトに金銭を理由に争う、それはそれで十分陰惨な世界だったが。
ここは空気が綺麗なだけ、マシなのかもしれない。
「マスターの故郷は、どんな風に年越しして、新年を迎えるんですか?」
「伝統的なのでいくと……『除夜の鐘』と『年越しそば』かな」
「鐘……聞くんですか?」
「うん。お寺……私の国の宗教施設で、百八回鳴らして、煩悩を追い払うの」
「……百八回も、鐘を鳴らすんですか?」
「うん」
「それで、その鐘の音には煩悩が消える魔法効果が?」
「いや、魔法効果はない」
「あ……そうでしたね、つい」
リズにとっては、魔法のない世界の方がおかしいのだ。
今の魔法も、果てしない新術式の開発と改良競争によって洗練され、磨き上げられた結果だという。
実践的な――実戦的と言うべきかもしれない――魔法は、数が少ない。
しかし、個々人のカスタマイズまで入れれば、魔法の数自体はそれこそ天文学的に膨れあがる。
そしてその中には、現代では失われた魔法も数多く存在する。
「ところで、煩悩って百八もあるんですか?」
「その辺は、私もよく分からない。でも、それぐらいあるんじゃないかな」
「多い気がするんですよ」
「え、でも……」
指折り数えていく。
「メイドさんのご飯でしょ? メイドさんのおやつでしょ? メイドさんとお散歩でしょ? メイドさんと添い寝でしょ? メイドさんとお風呂」
「マスターの煩悩が特殊な事はよく分かりました」
リズが、指折り数える片手の指が五本になった時点で、続きを遮った。
「ところでマスターは、なんでそんなにメイドさんが好きなんです?」
「リズ。人が何かを好きになるのは、劇的な何かも、特別な切っ掛けも要らないんだよ」
「つまり、特に深い理由はないんですね」
「そうとも言う」
頷いた。
そして隣を歩くリズに肩を寄せて、微笑む。
「今年も可愛いメイドさんと一緒に年越し出来るの、嬉しいよ♪」
「ハーケンもいる事、忘れてません?」
「忘れてないよ。けどリズと一緒な事には変わりないし」
「なに。高官の護衛は陰より、が鉄則。空気だと思ってお気になさらぬがよい」
「空気がなくちゃ人間は生きていけないんだけどねえ」
ハーケンが、顎骨を打ち鳴らしてからからと笑った。
「……私も……高官の護衛のはず……なんですけどね……」
「まあ、副官だからね。メイドも兼ねてるし」
「本職、暗殺者なんですけどね」
「キャリアアップには、違う立場や業種を経験するのも大事な事だよ」
「マスターは?」
「それはもう。異世界で魔王軍最高幹部として人類絶滅を目指すというキャリアを積んでいますとも」
「特殊すぎて……参考になりません……」
リストレアでしか通用しないし、戦後、この世界に戦争犯罪という言葉が生まれる切っ掛けになるような気もするキャリアだ。
「それで年越しそばってのはね。麺の名前なんだけど、それを食べるの。『細く長く生きられますように』って願いを込めて」
「……太く長く、ではないんですね?」
「そこんとこは私にも謎でねえ。ただまあ、どっちかしか望んじゃいけないものなんじゃ、ないかな」
だから私のキャリアも、案外短いものになるかもしれない。
リズに言うと怒られるので、言わないけど。
「……帰ったら何か麺料理、食べます?」
「いや、いいよ。気遣ってくれるのは、嬉しいけど」
軽く首を横に振った。
「私の故郷には、『郷に入っては郷に従え』って言葉があるんだ。……その土地ごとの習慣や流儀を尊重しろって、ね」
「……でも、異世界の知識を元に先進的な作戦を立案して"病毒の王"やってるんですよね?」
「それは半分誤解だねリズ。知識を参考にしているのは事実だけど……先進的なんかじゃないよ」
自嘲した。
「敵対勢力を、種族ごと滅ぼす……蛮族のやる事だよ」
対話ではなく、言葉ではなく、謀略と短剣と毒をもって。
誠実さではなく、非道をもって。
そうしたのは私が最初ではないし、きっと私が最後でもない。
そうでない戦争など、ないのだから。
「それでも……そうしたんですよね? ……どうして?」
それでも。
「リズが、聞くの?」
微笑んだ。
ブリジットに優しくしてもらって、命を拾った。
リズに守ってもらって、生き延びた。
人間性を捨ててもいいと思えるほどの、優しさを知ってしまった。
私にとっては、この世界の人間ではないひとの方が、優しくて――人間らしかったのだ。
なので私はこう言う。
「主に可愛いメイドさんのためかな」
「……マスターの戦う理由は……特殊ですね……」
「あんまり、そうは思わないんだけどね」
私の言った理由は、嘘ではない。
ただ、大切なものが出来ただけ。
人を殺しても、いいぐらいに。
それが、戦争の原点だ。
争いが起きるなら、憎しみより先に、優しさがある。
だからきっと、戦争はなくならない。
優しい人がいる限り、終わらない。
それでも、戦争をなくそうと、終わらせようとするのならば。
すべき事は、一つしかない。
全ての争いの、根を絶つ。
少なくとも、そう思われている、全てを。
種族の差を戦争の大義名分に掲げた種族がいるのならば、その種族を、滅ぼす。
その種族の名前が、この世界では人間だっただけの話だ。
それだけの、話だ。




