二人の旅立ち
「では、しばらく留守にするぞ」
『視察』が決まったレベッカを、門まで見送る。
両腰に剣を下げ、足下には彼女の体格には不釣り合いなほどの荷物が、背負えるようにした状態で置かれている。
常にないほどの重装備は、これから彼女が赴くのが敵地だからだ。
「うん、気を付けてねレベッカ。サマルカンドも、護衛よろしく」
サマルカンドもレベッカと共に行く。
やはり足下に置かれた荷物は、レベッカとは違い、彼の体格に合う程度だ。
それでも、レベッカの倍近くあるが。
彼は私の言葉に、片膝を突き、恭しくひざまずいて頭を垂れて答えた。
「この命に代えましても」
私は、この言葉が好きではない。
特にサマルカンドのそれが、ただの格好付けでない事を、誰よりもよく知ってしまっているから。
「命令だ、サマルカンド。――お前も含めて、誰も死なせるな」
「御意」
サマルカンドが短く答える。
彼は、命令を違えない。
私の言葉が、命令ですらない甘い言葉だとして――それでも、それを果たそうと努力する。
この国において重いのは、サマルカンドの命よりレベッカの命だ。それはサマルカンドも――いや、サマルカンドこそ、分かっているだろう。
だからこそ、私は、こう言う。
ギリギリまで諦めないための、心の支えになる事を願って。
「全く甘ちゃんだな」
レベッカが苦笑する。
「指揮官はそれぐらいの方がいいんだよ。『犠牲を厭わず戦果をあげよ』とか命令されたい?」
「……それも嫌だな」
「でしょ?」
「――ご命令とあらば」
「サマルカンド……忠誠心は疑わないからさ、もう少し自分を大事にしてね?」
「はっ」
「今回の目的は、現地活動班への補給を兼ねた視察であり、偵察だ。無理にとは言わない。お前達の安全を最優先しろ。それが正式な命令であり、今回は建前も本音も同じだ。それ以上は、可能な範囲でいい」
「分かった」
「御意」
「――では、行ってくる」
「我が主も、お体にお気を付けて心安らかにお過ごし下さい。ハーケン殿、リズ様と共に、留守を頼みます」
「無論だ、サマルカンド殿」
ハーケンとサマルカンドが固い握手をかわす。
「武運を。現地活動班によろしくね」
「二人共、無事を祈っています」
私とリズの言葉に、二人は頷く。
私は最後に、レベッカを軽く抱きしめた。
「……気を付けて」
「……ああ」
レベッカを解放すると、サマルカンドに向かって両手を広げる。
「サマルカンドも」
「私も……でありますか?」
「二人共、可愛い部下だよ」
サマルカンドを抱きしめた。
こう、体格差があるのでいまいち抱きしめる、という雰囲気でもないが。
それでも、ぽん、と激励の気持ちを込めて軽く背中を叩くと、伝わったような気もする。
「光栄の極み……」
涙声のサマルカンド。
伝わりすぎているような気もする。
「お前達もね」
バーゲストも三匹『補給』に入っている。
対人、それも格下で、まともに魔法を使えない相手にとっては、文字通り悪夢のような魔獣だ。
格上相手でも、時間稼ぎや撤退を優先していいなら、かなり頼もしいので、現地活動班が再三増強の要望を送ってくるのも当然だろう。
そうぽんぽんと増えるものではないので、中々応えてやれないのが悩みだ。
……報告によると、現地でも増えているらしいのだけど。
黒妖犬は、魔力を吸収して増える。
そして、人間にだって魔力はある。
犠牲者の数が積み上がっているのだから、現地活動班、特に暗殺班の先鋒として活動中のバーゲストの数が増えるのは、必然と言える。
万が一のリスクと、単純な戦力不足から一部隊には十匹を上限としているが、全部足すと百を超えており、いつか統合されると、ちょっと洒落にならない数のような気がする。
一匹ずつ、首筋をぎゅっと抱きしめると、尻尾が振られた。
こうしていると、愛らしい大型犬でしかない。
「じゃあみんな、行ってらっしゃい」
「主のお心に従い、必ず帰還する事を誓いましょう」
「リズがいるから大丈夫だとは思うが、あんまりサボるなよ」
二人はひょいと荷物を持ち上げて背負うと、軽く手を振って、王都への道を歩いていく。
リタルサイド城塞まで馬車で向かい、その後、休暇を迎える一部の現地活動班と入れ替えで、現地活動班を視察する。
私は報告こそ受けているが、現地活動班の実態を知らない。
なので一度だけ現地視察の話を振ったら、リズに完全に拒否された。
しかし、視察自体は検討されていて、人員に余裕が出てきた今、行われる事になった。
私は論外、リズも副官で護衛、となると後の三人なのだが、ベテランのレベッカと、悪魔ゆえに魔力量が多く、不死生物への補給もこなせるサマルカンドのコンビに決まった。
まあ、現地活動班が敵地で活動出来るのは、不死生物が中心だからで、人間の私は足手まといでしかない。
行っても、何が出来るかも分からないし……下手に迷いが生まれても、問題だ。
私がここまで非道を行えるのも、きっと現地を知らないから……というのもあるだろう。
人間は、自分の見えないものには、ひどく残酷になれる種族だ。
「……少し……さみしいね」
「私も、ハーケンもおりますよ」
「……うん」
前より、屋敷の住人は増えた。
けれど、それは"第六軍"としてだ。
「年内に帰ってくるのは難しいでしょうから、年越しは私達だけという事になりますかね。私の方で手配してもよろしいですか?」
「何か、するの?」
「……去年は二人きりでしたから……屋敷内で、特別な事は何もしない年越しになりましたが、今年はハーケンもいる事ですし……街に出て、この国の普通の年越しをするのもよいかと」
「……いいの?」
私は、"病毒の王"で。
最近は、立場がマシになってきているけど、私を目障りに思う勢力はこの国にもいて。
「ええ。……でも、私達の指示には従ってもらいますよ」
「うん、もちろん」
頷いた。
「ちゃんと、言う事聞くよ」




