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病毒の王  作者: 水木あおい
3章

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二人の旅立ち




「では、しばらく留守にするぞ」



 『視察』が決まったレベッカを、門まで見送る。

 両腰に剣を下げ、足下には彼女の体格には不釣り合いなほどの荷物が、背負えるようにした状態で置かれている。


 常にないほどの重装備は、これから彼女が赴くのが敵地だからだ。


「うん、気を付けてねレベッカ。サマルカンドも、護衛よろしく」


 サマルカンドもレベッカと共に行く。

 やはり足下に置かれた荷物は、レベッカとは違い、彼の体格に合う程度だ。

 それでも、レベッカの倍近くあるが。


 彼は私の言葉に、片膝を突き、恭しくひざまずいて頭を垂れて答えた。


「この命に代えましても」


 私は、この言葉が好きではない。

 特にサマルカンドのそれが、ただの格好付けでない事を、誰よりもよく知ってしまっているから。



「命令だ、サマルカンド。――お前も含めて、誰も死なせるな」



「御意」

 サマルカンドが短く答える。


 彼は、命令を違えない。


 私の言葉が、命令ですらない甘い言葉だとして――それでも、それを果たそうと努力する。

 この国において重いのは、サマルカンドの命よりレベッカの命だ。それはサマルカンドも――いや、サマルカンドこそ、分かっているだろう。


 だからこそ、私は、こう言う。


 ギリギリまで諦めないための、心の支えになる事を願って。


「全く甘ちゃんだな」


 レベッカが苦笑する。


「指揮官はそれぐらいの方がいいんだよ。『犠牲を厭わず戦果をあげよ』とか命令されたい?」


「……それも嫌だな」

「でしょ?」


「――ご命令とあらば」


「サマルカンド……忠誠心は疑わないからさ、もう少し自分を大事にしてね?」

「はっ」


「今回の目的は、現地活動班への補給を兼ねた視察であり、偵察だ。無理にとは言わない。お前達の安全を最優先しろ。それが正式な命令であり、今回は建前も本音も同じだ。それ以上は、可能な範囲でいい」


「分かった」

「御意」



「――では、行ってくる」


「我が主も、お体にお気を付けて心安らかにお過ごし下さい。ハーケン殿、リズ様と共に、留守を頼みます」


「無論だ、サマルカンド殿」

 ハーケンとサマルカンドが固い握手をかわす。


「武運を。現地活動班によろしくね」

「二人共、無事を祈っています」


 私とリズの言葉に、二人は頷く。


 私は最後に、レベッカを軽く抱きしめた。


「……気を付けて」

「……ああ」


 レベッカを解放すると、サマルカンドに向かって両手を広げる。


「サマルカンドも」

「私も……でありますか?」


「二人共、可愛い部下だよ」


 サマルカンドを抱きしめた。

 こう、体格差があるのでいまいち抱きしめる、という雰囲気でもないが。


 それでも、ぽん、と激励の気持ちを込めて軽く背中を叩くと、伝わったような気もする。


「光栄の極み……」

 涙声のサマルカンド。


 伝わりすぎているような気もする。


「お前達もね」

 バーゲストも三匹『補給』に入っている。

 対人、それも格下で、まともに魔法を使えない相手にとっては、文字通り悪夢のような魔獣だ。


 格上相手でも、時間稼ぎや撤退を優先していいなら、かなり頼もしいので、現地活動班が再三増強の要望を送ってくるのも当然だろう。


 そうぽんぽんと増えるものではないので、中々応えてやれないのが悩みだ。


 ……報告によると、現地でも増えているらしいのだけど。

 黒妖犬(バーゲスト)は、魔力を吸収して増える。


 そして、人間にだって魔力はある。

 犠牲者の数が積み上がっているのだから、現地活動班、特に暗殺班の先鋒として活動中のバーゲストの数が増えるのは、必然と言える。


 万が一のリスクと、単純な戦力不足から一部隊には十匹を上限としているが、全部足すと百を超えており、いつか統合されると、ちょっと洒落にならない数のような気がする。


 一匹ずつ、首筋をぎゅっと抱きしめると、尻尾が振られた。

 こうしていると、愛らしい大型犬でしかない。



「じゃあみんな、行ってらっしゃい」



「主のお心に従い、必ず帰還する事を誓いましょう」

「リズがいるから大丈夫だとは思うが、あんまりサボるなよ」


 二人はひょいと荷物を持ち上げて背負うと、軽く手を振って、王都への道を歩いていく。


 リタルサイド城塞まで馬車で向かい、その後、休暇を迎える一部の現地活動班と入れ替えで、現地活動班を視察する。


 私は報告こそ受けているが、現地活動班の実態を知らない。

 なので一度だけ現地視察の話を振ったら、リズに完全に拒否された。


 しかし、視察自体は検討されていて、人員に余裕が出てきた今、行われる事になった。

 私は論外、リズも副官で護衛、となると後の三人なのだが、ベテランのレベッカと、悪魔(デーモン)ゆえに魔力量が多く、不死生物(アンデッド)への補給もこなせるサマルカンドのコンビに決まった。


 まあ、現地活動班が敵地で活動出来るのは、不死生物(アンデッド)が中心だからで、人間の私は足手まといでしかない。


 行っても、何が出来るかも分からないし……下手に迷いが生まれても、問題だ。


 私がここまで非道を行えるのも、きっと現地を知らないから……というのもあるだろう。


 人間は、自分の見えないものには、ひどく残酷になれる種族だ。



「……少し……さみしいね」



「私も、ハーケンもおりますよ」

「……うん」


 前より、屋敷の住人は増えた。

 けれど、それは"第六軍"としてだ。


「年内に帰ってくるのは難しいでしょうから、年越しは私達だけという事になりますかね。私の方で手配してもよろしいですか?」


「何か、するの?」


「……去年は二人きりでしたから……屋敷内で、特別な事は何もしない年越しになりましたが、今年はハーケンもいる事ですし……街に出て、この国の普通の年越しをするのもよいかと」


「……いいの?」


 私は、"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"で。

 最近は、立場がマシになってきているけど、私を目障りに思う勢力はこの国にもいて。


「ええ。……でも、私達の指示には従ってもらいますよ」


「うん、もちろん」

 頷いた。



「ちゃんと、言う事聞くよ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] ちゃんとサマルカンドや黒犬さんもぎゅっとするマスター。いいね。 [気になる点] サマルカンドは目立ちそうだけど魔法で偽装するのかな?化けたサマルカンドも見てみたい。 レベッカとサマルカン…
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