見据える未来
レベッカは、本当に賢い。
確かに、私は戦後を見据えている。
「かいかぶりすぎだよ」
けれど、私は首を横に振った。
私はそこまできちんと、動けてはいない。
非力な身で、より良い未来を求めて、足掻いているだけだ。
「……ただ……ね。私、知ってるんだ」
思い返すのは、今はもう、遠く感じる地球の事。
「よそからの知識が、いい事ばかりじゃないって」
『科学』によってもたらされた、環境に合わない『善意の新技術』が多くの人を殺した。
上手くいった地域だって、いい事ばかりではない。
荒れた自然。伝統の喪失。
平均寿命が延びれば、それが『幸福』で、それが『成功』だろうか?
その答えを出すのは、その地域の人達であるべきだ。
ただ、私は。
「我が儘かもしれない……けど……私、この国好きだよ」
私が人間性と呼ばれる全てを投げ捨ててでも、守りたいのは、リストレアという国。
「だから、この国は、この国らしく進んでほしい」
私が望むのは、決して地球化された世界などではない。
軍事面でも、言ってしまえば私は背を押しただけだ。
誰かは、絶対に考えた。
敵の内政基盤を、住民ごと破壊する。
簡単な、理屈。――当然の理屈。
主流派にならなかったのはきっと、そんな非道を一体どの部署が行えるのか、というだけの話だ。
陛下直属は論外。イメージが悪すぎる。
"第一軍"も同様。ドラゴンは貴重すぎる上に目立つので対策もされやすいし、何よりリストレアの象徴には不似合いな仕事だ。
"第二軍"暗黒騎士団に? 名誉と騎士道をもって規律を維持する集団にそれをしろというのは、冗談がすぎる。
"第三軍"獣人軍も同様。戦士の誇りが時に勝敗よりも大事にされる種族に、それをしろと言えば、国が割れる。
"第四軍"死霊軍というのは、現地活動班の種族からいっても、現実的な回答だ。しかし死霊軍は鉱山地帯や狩猟を中心に、最も軍内で国内産業に関わる。不死生物に対する悪印象を、長年掛けて払拭してきた過去を捨てるのは危険だろう。
"第五軍"悪魔軍は、人手が足りないだろう。悪魔は少数種族であり、平時は主に死霊軍と連携しての狩りと、アンデッドへの魔力供給を行うという重要な役割がある。
ゆえに至った結論は"第六軍"の設立。
種族不詳、経歴不明、極端に言えばいつでも首を切れる、替えの利く都合のいい傀儡が軍団長。
恐れられるために、憎まれるために、いつか必要でなくなるために、私達は生まれた。
そうしてでも、この国を守るために。
「……私の国……エルフの国は……『平和』だったよ」
レベッカが、薄く微笑んだ。
「レベッカ?」
「森ばかりの小国だ。小さいがそれなりに豊かで……周辺の人間の国との仲も悪くなくて……王家が無能だったとも……思わない……」
レベッカの声に苦みが混じる。
「ただ、理想を貫く力がなかった。きっと歴史を俯瞰して見れば、リストレアに向かうべきだったのだろう。周辺の人間国家は『魔族』を敵とすると宣言したのだから。けれど……私達はまだ、人間を敵と思ってなかった。自分達が……『魔族』とさえ……」
戦火が燃え広がるのは、一瞬。
国が滅びるのは、歴史の中では、瞬きするほどの時間。
「その甘さが、エルフを絶滅させた……」
彼女が国でどんな立場だったかは、彼女の二つ名の一つ、"蘇りし皇女"からも、想像に難くない。
彼女の姿は、一つの種族が滅びた象徴なのだ。
「レベッカ……」
「……勘違いするな。マスターの思う事は、分かる。技術の危険性ぐらい、分かる。それを無理に聞き出そうとも、思わない」
目に寂しさを湛えたまま、彼女は首を横に振ってみせた。
「ただ……私は復讐を誓ったし、その後は、リストレアの守り手として仕える事を誓った」
深紅の瞳に、炎が燃えるようだった。
悲しみと憎しみが、まだ彼女の内には燃えている。
けれど、それでも、彼女は敵を多く殺せる事ではなく、自分達の仲間が死ぬのが減る事を喜んだ。
今も誓うのは、国家の――民の――守り手として。
レベッカが目をそらして、ふっと笑った。
「"病毒の王"に言う事では……なかったな」
「ううん」
私も首を横に振ってみせた。
「やっぱり、私の知ってる危ない技術、概要だけでも全部聞く?」
「それはいい」
「マスター。あんまり危ない提案やめてくれますか」
「二人共慎重だね」
「だってほら、うちのマスターだし」
「ド外道のマスターがまだ伏せてる技術ですよね?」
微妙に嫌な信頼感。
なので、私はあえて笑って見せた。
「大丈夫大丈夫。ここで言うなら、大陸全土焼き払って人が二万年ぐらい住めなくなるぐらいだよ」
「にまん……? いや、それ以上聞きたくない」
「マスターの世界狂ってます」
リストレアの人達が理性的で良かったと思うのは、こういう時。
そして――この大陸の人間国家に、最早その理性を望めないと分かっている。
ならば私のやるべきはたった一つ。
私は、"病毒の王"。
目標、人類絶滅。
より多くの『ひと』が生きられる、未来のために。




