前線からの新装備に関する報告書
「――と、いうわけでな。前線の弓兵から大好評だ」
レベッカが胸を張って言った言葉に、首を傾げた。
「ねえ、レベッカ。なんで私の世界の日用品が、前線の弓兵さんの手で殺戮装置に変わってるの?」
「それはマスターの発想が実に先進的だったからだが?」
首を傾げ返し、何を言っているのか分からない、というまっすぐな瞳で私を見るレベッカ。
「レベッカの発想が先進的すぎる」
「面白いアイディアだった。実に感服する。マスターは先見の明があるな」
「いや、それ全部レベッカの」
「謙遜をするな。私にはあんな発想はなかった」
「いや、ヒントにはなったかもしれないけど、手柄は全部レベッカのだってば」
「ああ、"第六軍"……"病毒の王"の名前で予算とか色々通したから、マスターの手柄になっているぞ」
「何してくれてるの。レベッカの手柄でしょ」
「部下の手柄は上司の手柄だ」
「部下が言ってるからかろうじていい話風だけど、それ上司が言ったら最低のやつだよ?」
「小型化でコストを下げられるのは分かっていたが、あそこまで薄く、小さくするという発想がなかった。しかも装着方法も斬新! あの、『コンタクトケース』のデザインも使いやすいと好評だ」
「レベッカ。意思の疎通の出来る会話をして」
「いつもと逆ですね……」
「ねえ」
リズの言葉に頷く。
珍しく暴走気味のレベッカが、我に返った。
「あ……すまないな。つい興奮してしまった。新技術が正式に採用されるというのは、嬉しいものだ」
「それは分かる気がするけど」
「しかもコストが安く、効果は絶大。言った通り、現場からの評判もいいらしい。ほら」
「それはいい話だけど」
受け取った書類にざっと目を通す。
その中の、前線からの声に目が止まった。
・「四キロ先の敵にも当てられるようになりました!」
・「見張りの任務が楽になりました」
・「こんなに薄くて軽いのによく見える!」
・「肩こりがなくなりました」
などなど、妙にうさんくささの溢れる感想が箇条書きで並んでいる。
他に夜間の戦闘時に、展開される魔法陣が発光する事への問題など、真面目な物もあるのだが、むしろ真面目な意見と並んでいるから、相対的に怪しい。
「レベッカ、この感想……どこかで水増しとかされてない……よね?」
「マスターは心配性だな。さすがにないと思うぞ」
「だよね」
一応"病毒の王"の名前において実行された計画とは聞く。
私は部下に虚偽の報告を許さないと宣言しているし、今まで報告で、故意に水増しをされたり、嘘が混ざった事はない。
今回この『コンタクトレンズ』を先行配備され、評価試験をして意見をまとめてくれたのは、リタルサイド城塞に詰める暗黒騎士団の弓兵さん達。
ブリジットが、部下の意見を改竄する無能だとも思わない。
だから、この意見は基本的に信じてもいいはずだ。
にしては、妙に不安になるのは何故だ。
「ええと、特にこの、肩こりが気になるんだけど」
「眼球が疲労すると、肩も疲れるからな」
「なるほど」
「ある程度の適性は必要みたいだが、弓兵の適性と合致するようだな。特に監視が主任務のリタルサイド城塞では活躍するはずだ」
「嬉しそうだね」
「嬉しいさ。――死ぬ兵が、減る。より効率的に防衛を果たせるようになる。私が新技術の開発に回っているのは……それが、前線に立つより、多くの者を生かせると信じるからだ」
レベッカが笑ってそう言った。
「そっか」
それは、私も嬉しい。
けれど、これは人を殺す技術だ。
異世界の情報を元にした、本来この世界では、このタイミングで生まれるはずのなかった技術。
――私は、自国民と敵国民、どちらが死んだ方がいいかという問いなら、何も迷わない。
けれど、それでも、この世界に持ち込まない方がいいだろう技術や概念がある事ぐらいは、理解しているのだ。
まあ私は核兵器もミサイルも銃も、原理や構造を分かっているわけではないので、そう危険はないと思うのだけど。
勝たなくてはいけない。
けれど、もしそのために持ち込んだ技術と概念が、滅びを加速させるようものなら……そういう勝ち方をしてはいけないのだ。
なので、思うまま暴虐の限りを尽くしていると思われがちな"病毒の王"だが、実は結構厳しい制限の中頑張っている。
とっくに民衆への攻撃と扇動という、控えめに言って最低な手段に手を出しているので、もしかしたら手遅れかもしれないが。
私に戦後というものがあるなら、"病毒の王"についてある事ない事ばらまきつつ、部下には悪いが、全て"病毒の王"の行った事だと歴史改竄するお仕事が待っているかもしれない。
「……浮かない顔だな」
「いや……こんなことになるとは、思ってなかったから」
「……そうか」
レベッカが目を細める。
「――お前が見ているのは『戦後』だな?」




