可愛い女の子と温泉に入りたいと思うのは当然
リベリットグリズリーを討伐し、その巨体をリベリット槍騎兵六騎に縄で引きずってもらって帰ってきた私達は、歓声と共に迎えられた。
危険な魔獣であると同時に、価値も高い。
毛皮は防寒具と防具に。
牙と爪は魔法道具の素材に。
味が落ちるためリベリットシープほどの価値はないが、肉の量も多い。
国の管理下にないため、食べ放題とも言う。
たった数日だが、リベリット村において"病毒の王"はかなり好意的に見られているようだ。
最高幹部がどうとかではなく、『宴会の機会を供給してくれる人』扱いなのではないか、という疑惑が拭えないが。
あくまで軍務なので、私達の懐には一銭も入らない。
リストレア的には、一ディールも入らない、と言うべきか。
しかし一部は軍の取り分になるし、地域経済からも税金が入るので、巡り巡って最高幹部のお給料となる分もあるだろう。
それに、軍務であろうと、私達が仕留めた獲物には違いなく、『おみやげ』に、牙を少し貰うとの事。
さらに宴会に招かれたが、今日はリズにお酒を禁止された。
「ねえリズ、過保護って言葉知ってる?」
「アルコールを飲んだ後の温泉への入浴は許可出来ません」
温泉に入る事を、私が希望したからだ。
リベリット村は、温泉地でもある。
ウーズ風呂も、設備の簡便さや、お肌への貢献度合いなどでメリットが多いが、天然の温泉というある種無限のエネルギーがあるのだから、それを利用する発想に至るのは当然。
公衆浴場のような大浴場や、ほぼ個人用の小浴場などがある。
そしてその中間のような、私達の泊まっている宿が管理する温泉を、今日"第六軍"名義で貸し切った。
温泉は他にもあるし、何より今日は宴会で潰れている率も高いので、貸し切りに罪悪感はない。
元々、迎賓館的な役目も持つ宿だ。
まあ普通、魔王軍の最高幹部のような『偉い人』が特に用事もなく……じゃなかった、特に明確な目的もない『視察』に来たりしないので、豪華さは特にない。
しかし、少なくとも私が温泉に求める要素は一にわびさび、二に落ち着き、三にひなびた感じなので問題ない。
一の要素が二つあるような気がするとか、全てかぶってるような気もするとか、そういう事は言ってはいけない。
この温泉は、その要素を全て満たしている。
岩風呂で露天があるというだけで、百点をあげたくなるのは、異世界で温泉に出会えて採点が甘くなっているからだが、真面目に採点しても結構いい点数が出るのではないだろうか。
組んだ岩で囲まれ、すべすべに磨かれた石が組み合わさった湯船は心地よいし、濃い白の濁り湯は、魔力回復、疲労回復、自然治癒能力向上、冷え性改善、子宝など、どこまでがファンタジーなんだか迷うような効能があるという。
どことなく、日本的な形式の温泉だ。
露天風呂の半ばまでを覆う、白木を組んで瓦を葺いて作られた屋根とか、特に。
日本の瓦とは違う洋瓦なのは分かっているのだけど、明確な洋風要素がないだけで、温泉=和と脳が認識する。
洗い場と内湯は、濃い灰色の岩壁で少しばかり威圧感があるが、広く、天井も高いのでそこまでは気にならない。
私はリズとレベッカを伴っている。
サマルカンドとハーケンは男湯だ。悪魔も不死生物も性別の曖昧な種族なので、混浴も許せるが、二人共遠慮した。
リズはショートカットなのでそのままだが、私とレベッカは、髪を軽くまとめてお団子にしている。
なお、レベッカのは私がした。
私もヘアアレンジが上手い方ではないし、ただのストレートにしない時も、『髪ゴム一本で』とか『朝三分で出来る』『ロングヘアでも寝ぐせが目立たない』なんてタイトルのサイトや動画を好んで見ていたが、レベッカには「そっちの方がよほど魔法っぽい」との事。
ベテランで各所の信頼も厚く、万能感がある彼女が、簡単なヘアアレンジに何故かもたついて、髪をぐしゃぐしゃにしている姿など見ると、好感度が上がる。
人は、一つぐらい欠点がある方が親しみやすいというが、本当かもしれない。
むしろそれを含めて万能感ある。
……そういえば、私はどうしてロングヘアにしたのだったか。
こちらに来てから、リズを身近に見ていたのもあって、何度か短いのもいいなって思って……でも、何故か……切ってはいけない気がして……。
何か忘れているような感覚を、たまに味わう。
私はそれを振り払うように、明るい声でリズに問いかけた。
「ねえ、リズ。背中流すのと、背中流されるの、どっちがいい?」
「なんですその二択?」
リズが呆れ声になる。
「お風呂では当然の二択だよ」
「それを当然と言われますと、常識のなさが不安になりますね」
「それで?」
「まあ……流す方……ですかね」
「うん、分かった。じゃあ後でよろしくね。――"粘体生物生成"」
ぽてん、と木製の洗い桶に入ったウーズを、手ですくうと身体に伸ばしていく。
絵面だけ見ると、特殊なプレイをしているようにしか見えないが、これが一般的な温泉の入り方だとレクチャーを受けた。
石けんもあるが、高級品なので、どちらかと言えば香水に近い扱いだ。
なので、まず簡単に身体を流し、老廃物とかを一部ウーズに食べてもらい、その後石けんを使って軽く洗う。
ウーズ風呂でも、とりあえず入浴した後、軽く石けんの泡で身体を洗うとか、そういう文化もある。
綺麗にするというよりも、香り付けという方が大きい。
"病毒の王"として、王城へ行く予定がある時は禁止されていた。
確かにふわりと石けんのいい香りとか漂ったら、正体不明でも怖くない。
ウーズを流し、軽く石けんを泡立たせたタオルで身体を撫でるように洗うと、優しい花の香りがした。
「じゃあリズ、お願いね」
「はあ……まあいいですけどね」
タオルを受け取ったリズが、軽く背中をこする。
遠慮がちでくすぐったい感じだが、自分で制御出来ないのも、たまらない。
「これ一人でも出来るんじゃないですか?」
「そこをあえて人にお願いするのがいいんだよ」
断言する。
「私……マスターの言ってる事……たまによく分かりません……」
「そんなもんだよ」
リズが手を止める。
「こんな感じでよろしいですか?」
「うん。ありがと」
「では……」
「次、リズの番ね。はい座って」
「え?」
リズが振り返ると、豊かな胸が揺れた。
なお、私は揺れるほどない。
戸惑い顔のリズに、微笑みを向けた。
「次は私が背中洗ったげる」
「……私、さっきの二択『流す方』選びましたよね?」
「実は選んだ方だけとは言ってないんだ」
「……はい……まあ……お願いします」
リズは既に色々と学習しているので、諦めが早い。
「洗いっこは、温泉の醍醐味だよね」
妹とも、こんな風に出来れば良かった。
……それとも、もしかしたら覚えていない、壊れて抜け落ちた記憶の中には、私と妹が温泉で背中を流し合うような、そんな過去が、あったのだろうか。
けれど、大事なのは今だ。
今、私が背中を流しているのは、私の副官さんでメイドさんの、リズなのだ。
ごく普通に洗うだけだが、しみじみと幸せを感じるのは、どうしてだろう。
それは日本人のDNAなのかもしれないし、もしかしたら――
「……少し、マスターの言う事、分かる気がします」
世界も、種族も、超えたものなのかもしれない。




