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病毒の王  作者: 水木あおい
3章

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可愛い女の子と温泉に入りたいと思うのは当然


 リベリットグリズリーを討伐し、その巨体をリベリット槍騎兵(ランサー)六騎に縄で引きずってもらって帰ってきた私達は、歓声と共に迎えられた。


 危険な魔獣であると同時に、価値も高い。


 毛皮は防寒具と防具に。

 牙と爪は魔法道具(マジックアイテム)の素材に。

 味が落ちるためリベリットシープほどの価値はないが、肉の量も多い。

 国の管理下にないため、食べ放題とも言う。


 たった数日だが、リベリット村において"病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"はかなり好意的に見られているようだ。


 最高幹部がどうとかではなく、『宴会の機会を供給してくれる人』扱いなのではないか、という疑惑が拭えないが。


 あくまで軍務なので、私達の懐には一銭も入らない。

 リストレア的には、一ディールも入らない、と言うべきか。


 しかし一部は軍の取り分になるし、地域経済からも税金が入るので、巡り巡って最高幹部のお給料となる分もあるだろう。


 それに、軍務であろうと、私達が仕留めた獲物には違いなく、『おみやげ』に、牙を少し貰うとの事。


 さらに宴会に招かれたが、今日はリズにお酒を禁止された。


「ねえリズ、過保護って言葉知ってる?」

「アルコールを飲んだ後の温泉への入浴は許可出来ません」



 温泉に入る事を、私が希望したからだ。



 リベリット村は、温泉地でもある。


 ウーズ風呂も、設備の簡便さや、お肌への貢献度合いなどでメリットが多いが、天然の温泉というある種無限のエネルギーがあるのだから、それを利用する発想に至るのは当然。


 公衆浴場のような大浴場や、ほぼ個人用の小浴場などがある。

 そしてその中間のような、私達の泊まっている宿が管理する温泉を、今日"第六軍"名義で貸し切った。


 温泉は他にもあるし、何より今日は宴会で潰れている率も高いので、貸し切りに罪悪感はない。

 元々、迎賓館的な役目も持つ宿だ。


 まあ普通、魔王軍の最高幹部のような『偉い人』が特に用事もなく……じゃなかった、特に明確な目的もない『視察』に来たりしないので、豪華さは特にない。


 しかし、少なくとも私が温泉に求める要素は一にわびさび、二に落ち着き、三にひなびた感じなので問題ない。


 一の要素が二つあるような気がするとか、全てかぶってるような気もするとか、そういう事は言ってはいけない。



 この温泉は、その要素を全て満たしている。



 岩風呂で露天があるというだけで、百点をあげたくなるのは、異世界で温泉に出会えて採点が甘くなっているからだが、真面目に採点しても結構いい点数が出るのではないだろうか。


 組んだ岩で囲まれ、すべすべに磨かれた石が組み合わさった湯船は心地よいし、濃い白の濁り湯は、魔力回復、疲労回復、自然治癒能力向上、冷え性改善、子宝など、どこまでがファンタジーなんだか迷うような効能があるという。


 どことなく、日本的な形式の温泉だ。

 露天風呂の半ばまでを覆う、白木を組んで瓦を葺いて作られた屋根とか、特に。


 日本の瓦とは違う洋瓦なのは分かっているのだけど、明確な洋風要素がないだけで、温泉=和と脳が認識する。


 洗い場と内湯は、濃い灰色の岩壁で少しばかり威圧感があるが、広く、天井も高いのでそこまでは気にならない。


 私はリズとレベッカを伴っている。

 サマルカンドとハーケンは男湯だ。悪魔(デーモン)不死生物(アンデッド)も性別の曖昧な種族なので、混浴も許せるが、二人共遠慮した。


 リズはショートカットなのでそのままだが、私とレベッカは、髪を軽くまとめてお団子にしている。

 なお、レベッカのは私がした。


 私もヘアアレンジが上手い方ではないし、ただのストレートにしない時も、『髪ゴム一本で』とか『朝三分で出来る』『ロングヘアでも寝ぐせが目立たない』なんてタイトルのサイトや動画を好んで見ていたが、レベッカには「そっちの方がよほど魔法っぽい」との事。


 ベテランで各所の信頼も厚く、万能感がある彼女が、簡単なヘアアレンジに何故かもたついて、髪をぐしゃぐしゃにしている姿など見ると、好感度が上がる。


 人は、一つぐらい欠点がある方が親しみやすいというが、本当かもしれない。

 むしろそれを含めて万能感ある。


 ……そういえば、私はどうしてロングヘアにしたのだったか。


 こちらに来てから、リズを身近に見ていたのもあって、何度か短いのもいいなって思って……でも、何故か……切ってはいけない気がして……。


 何か忘れているような感覚を、たまに味わう。


 私はそれを振り払うように、明るい声でリズに問いかけた。



「ねえ、リズ。背中流すのと、背中流されるの、どっちがいい?」



「なんですその二択?」


 リズが呆れ声になる。


「お風呂では当然の二択だよ」

「それを当然と言われますと、常識のなさが不安になりますね」


「それで?」


「まあ……流す方……ですかね」


「うん、分かった。じゃあ後でよろしくね。――"粘体生物生成(クリエイトウーズ)"」


 ぽてん、と木製の洗い桶に入ったウーズを、手ですくうと身体に伸ばしていく。

 絵面だけ見ると、特殊なプレイをしているようにしか見えないが、これが一般的な温泉の入り方だとレクチャーを受けた。


 石けんもあるが、高級品なので、どちらかと言えば香水に近い扱いだ。

 なので、まず簡単に身体を流し、老廃物とかを一部ウーズに食べてもらい、その後石けんを使って軽く洗う。


 ウーズ風呂でも、とりあえず入浴した後、軽く石けんの泡で身体を洗うとか、そういう文化もある。

 綺麗にするというよりも、香り付けという方が大きい。


 "病毒の王ロード・オブ・ディジーズ"として、王城へ行く予定がある時は禁止されていた。

 確かにふわりと石けんのいい香りとか漂ったら、正体不明でも怖くない。


 ウーズを流し、軽く石けんを泡立たせたタオルで身体を撫でるように洗うと、優しい花の香りがした。


「じゃあリズ、お願いね」

「はあ……まあいいですけどね」


 タオルを受け取ったリズが、軽く背中をこする。

 遠慮がちでくすぐったい感じだが、自分で制御出来ないのも、たまらない。


「これ一人でも出来るんじゃないですか?」


「そこをあえて人にお願いするのがいいんだよ」

 断言する。



「私……マスターの言ってる事……たまによく分かりません……」



「そんなもんだよ」


 リズが手を止める。


「こんな感じでよろしいですか?」

「うん。ありがと」


「では……」

「次、リズの番ね。はい座って」


「え?」


 リズが振り返ると、豊かな胸が揺れた。

 なお、私は揺れるほどない。


 戸惑い顔のリズに、微笑みを向けた。


「次は私が背中洗ったげる」


「……私、さっきの二択『流す方』選びましたよね?」


「実は選んだ方だけとは言ってないんだ」


「……はい……まあ……お願いします」

 リズは既に色々と学習しているので、諦めが早い。


「洗いっこは、温泉の醍醐味だよね」


 妹とも、こんな風に出来れば良かった。

 ……それとも、もしかしたら覚えていない、壊れて抜け落ちた記憶の中には、私と妹が温泉で背中を流し合うような、そんな過去が、あったのだろうか。


 けれど、大事なのは今だ。


 今、私が背中を流しているのは、私の副官さんでメイドさんの、リズなのだ。

 ごく普通に洗うだけだが、しみじみと幸せを感じるのは、どうしてだろう。


 それは日本人のDNAなのかもしれないし、もしかしたら――



「……少し、マスターの言う事、分かる気がします」



 世界も、種族も、超えたものなのかもしれない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] マスターの二択 選んでもらう事に意義がある?のかw おいしいとこは外さないマスター [気になる点] 不器用なレベッカたん せっかくカッコイイとこ見せたのに、やっぱり可愛いが勝ってしまうとこ…
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