歓迎の宴
普通、お肉には熟成期間というものが必要になる。
なので、美味しく食べたいなら、今日の獲物で乾杯、というのは残念ながら出来ない。
そこで、熟成されたものがこちらになります、とテレビの料理番組で何度も聞いた口上と共に出されたのは、以前の狩りの獲物。
新規の肉が確保出来れば、在庫に余裕が出来るのは世の常だ。
妙に切断力の高いナイフで切った肉を、フォークに刺して口へ運ぶ。
「ん~……」
割とワイルドな、ステーキと呼ぶべきか、焼いて温かい陶器の皿にのっけただけと言うべきか、少し迷う焼いた肉を噛み締めていくと、言葉を失う。
もちろん肉はリベリットシープのものだ。
レストランで食べた上品なソースと落ち着いた雰囲気のスパイスも素敵だったが、塩胡椒だけの潔さと、組まれた太い丸太が、長年の煙に燻されていい色になったログハウスで、わいわいと食べるのも素敵。
リベリットシープの肉は高級品ではあるし、飼育下にあるものは国に管理されているが、狩りの獲物に関しては、ある程度自由が利くらしい。
リベリット村では成人や婚礼の時、そして狩りの成功を祝う時など、イベントごとがあった時に、少量ずつ食べるのだとか。
なので、"第六軍"の長である"病毒の王"の来訪は、かなり好意的に受け入れられた。
貴重な肉を食べる絶好の機会、というわけだ。
私が今いるのは、長テーブルがいくつも置かれた、集会所兼食堂だ。
わいわいと騒ぐ雰囲気の中、リズとレベッカと共に、一つのテーブルで食事をしている。
小さいグラス一杯という条件付きだが、リズがお酒も許可してくれたので、ちびちびと楽しんでいる。
ブランデーっぽいが、かなり強めだ。保存のためか、この寒い地域で効率的に身体を温めるためかは分からないが、度数が高い。
そんなにお酒は弱い方でもないが、グラス一杯なのは味を楽しむという意味でも丁度よかった。
サマルカンドとハーケンは、今日の狩りのMVPなので、村の狩人達に大人気で、囲まれている。
一部、リベリット村に駐留している軍人も混ざっているとの事。
この辺りの緩さは、むしろリストレアのいい所だろう。
平時の軍人が『タダ飯喰らい』であるのはあまりいい事ではないし、地域との関係は良いに越した事はない。
狩りは近世までの日本の武士階級や、欧州の貴族階級における有事に備えた訓練としての地位を長く保っていた。
特に獲物が魔獣種であるこの世界では、訓練という言葉の重みが、後期では貴族趣味の遊興にまでなった地球の狩りとは、全く違う。
「楽しんでおられますかな?」
食事が一段落して、周りでは酒盛りに変わりつつある頃を見計らって、村長さんが挨拶に来た。
「ええ。貴重な肉を頂いてありがとうございます。とても美味しかったと、厨房の方にもお伝え下さい」
「料理を担当した者も喜ぶでしょう」
私は微笑んだ。
「それでは、頼み事をお伺いしましょうか」
「……何故、お分かりに?」
「私の故郷には、『タダより高いものはない』という言葉がありましてね。地味な視察の予定でしたが、思ったよりも歓迎されている。レベッカを伴っているためかとも思いましたが――」
ちらりとレベッカの方を見た。
「それだけでも、ないようなので」
まず接待。そして頼み事。
現代日本ではおおっぴらにやりにくそうなスタイルは、分かりやすいので嫌いではない。
「……いや、これはこれは。しかし、歓迎の気持ちに嘘はありません」
「ええ、それを疑うつもりは、ありませんとも」
何かしらの厄介事があり、それを解決出来る能力を持つ外部の人間に、歓迎しただけで協力してもらえるなら安いものだ。
「――サマルカンド、ハーケン。大事なお話があるそうだ。同席しろ」
二人を呼ぶ。
既に場は酒盛りになっていて、サマルカンドはあまり飲まないし、ハーケンも飲めないし、そろそろ、囲む者達のろれつも怪しくなってきたので丁度いい。
グラスに、指一本分ほど残していた酒をくいっとあおると、喉が焼けるようだった。
グラスを置き、立ち上がる。
そして、私のそばに控える四人を示すように腕を広げた。
「改めて、頼み事をお伺いしようではないか。この場には"第六軍"の序列第一位から第五位までが勢揃いしている。その意味を分かった上での頼み事ならば、喜んで聞かせて頂こう」




