リベリット村
リベリット村。
リストレア魔王国の、北部に位置する村だ。
建国歴四年に入植が行われた。
その際、周辺の魔獣種を安全域になるまで駆逐。
その中の一種、現名称『リベリットシープ』を家畜化し、現在に至るまで、毛皮を防寒具に、肉を食用に、骨や角を魔法道具の素材に、一部の生体を騎乗用にと、幅広く使用している。
なお旧名称は『バーサークホーン』。
……明らかに、後に家畜化される動物に付けられた名前じゃない……。
なお、かなりの大型種であり、村全体でも、子供を含めて三十頭程度が飼育されているに留まる。
村周辺の魔獣種は入植前より大きく数を減らしているが、元々リストレア魔王国の森は魔獣種の巣だ。
国土の半分以上を覆う"闇の森"。この辺りは名前の由来でもある黒い木々が白く染まる豪雪地帯となっているが、生態系はかなり豊か。
豊かすぎる、とも言う。
言ってしまえば、この環境に適応した猛者達であり――実の所リベリットシープは『弱い方』だ。
シープの名前通り、一応羊っぽさがなくもない。何より、草食獣なのだ。
北の生き物は大型化しやすいというのは地球の常識であり、この世界でも共通の常識だが、この世界ではそれが4トントラックサイズになる。
とはいえ、肉食獣は入植時と以後の狩猟でかなり数を減らしていて、村の周囲での危険は少ない。
生態系という概念があり、いずれ完全討伐に向かうのか、保護という名の管理下に置くのか、現状を維持するのかなどと、議論されているらしいが、今の所それが精一杯という事もあり、現状維持に落ち着くとの事だ。
それを可能にしているのは、魔王軍。
"第一軍"の竜、"第三軍"の獣人達、"第四軍"の不死生物が、狩猟を通じて、警察機構のような治安維持を担当する"第二軍"の暗黒騎士達とは、また違った方向で国内の安全に貢献している。
"第五軍"の悪魔も、特に"第四軍"のアンデッド達の魔力供給役として活動しているので、私の所属する"第六軍"を除いた五軍が、リストレア魔王国という国を形作っている事になる。
軍の権限が、強いわけだ。
「"第六軍"の皆様方をお迎え出来て光栄でございます。狩猟でもご活躍だったとか……」
「こちらこそ、世話になります。よい部下に、恵まれまして」
なので、リベリット村の村長さんは、かなり好意的だった。
陛下ほどではないが、かなりお年を召された男性のダークエルフ。温和で理知的で、礼儀正しい姿に安心する。
染めていないリベリットシープらしい毛足の長い毛皮を羽織った姿は、村長と言うより族長って感じのワイルドさだが。
村に到着して早々に狩りへの見学を提案され、同行したので、これが村長さんとの初顔合わせだ。
村の住人は、ダークエルフと獣人がほぼ半々。不死生物が少し。
地域柄、畑は最低限のビタミンを確保出来る程度の規模で、多くの物資を交易に頼っている。
特産品はリベリットシープに関する諸々。
特産品が有名で、規模が大きい村という事を除けば、リストレア北部の一般的な村だ。
ちなみに普通の村も、周辺魔獣種の狩猟などは行っているので、毛皮や肉、それに爪や牙などが交易品となる。
「……こんな事を言うと失礼かもしれませんが……安心しました」
村長さんが微笑む。
「"病毒の王"様が人間だとは事前に知らされておりましたが……どんな方がいらっしゃるのかと。ですが、名前に似つかわしくない方で……」
「我らは、魔王軍でありますので。敵相手にならば、名前の通り振る舞いましょうが、味方相手にこの名前に似つかわしい振る舞いなどしては、最高幹部の名が泣くというもの」
「頼もしい限りです」
村長さんが頷く。
「ところで……レベッカ・スタグネット様とは……どなたでしょう?」
「私だ」
レベッカが軽く手を上げ、一歩前に出る。
「……入植の折にも活躍されたという、最古参のレベッカ・スタグネット様は……?」
彼がそう聞くのも無理はない。
彼女はフリフリの黒ゴシックな恰好が似合う幼女だ。
――少なくとも、外見は。
レベッカは、気を悪くした様子もなく、淡々と答える。
「自分で活躍したと言うのもなんだが、私だな。私は不死生物だ。アンデッドは、外見で年齢を測れないのは知っていると思うが」
「これは失礼致しました。実は……父が一目会いたいと申しておりまして……」
「――レベッカ様……」
しわがれた声が、彼女の名を呼んだ。
年齢は、いくつなのだろう。入植時の彼女を知っていて、会いたいというのならば、四百歳を超えているはずだ。
ダークエルフの寿命は、はっきりとしたデータが存在しない。
自己申告が多すぎるのだ。
長命種ゆえ、特に長生きした者は同世代が全員死亡している事も珍しい事ではなく、生き証人がいない。
戸籍は未だ本格的に整備されておらず、特に建国時など、正に混乱期。
軍を筆頭に死人も多く、いつか国史をまとめろと言われた歴史家は、多分泣くだろう。
さらに、多くのダークエルフが寿命ではなく病気や事故で死ぬ。無論、『戦死』する者も多い。
四百年から五百年がおおむね限界だろうとされているに留まる。
確かにその説は、正しいように思える。
今まで見た事がないほどに、老いた姿だった。
髪も髭も豊かだが、色が褪せ真っ白になり、細くなって縮れている。毛皮を幾重にも着込み、褐色の肌で目立たないが、黒い染みが浮き、目は皺に埋もれるようだった。
杖を突いているが、足取りはおぼつかない。
陛下も、彼と同じ四百歳を超えているはずだが、遙かに若々しいのは、魔力量の差なのだろうか。
「父上。膝が……」
村長が駆け寄り、腕を取って支える。
「儂の事など覚えてはおらぬでしょう……ですが、客人の中にレベッカ様の名前を見つけた時……一目お会いしたいと……」
頭を垂れる。
「あの時は満足に礼も言えなかった……。恐るべき魔獣の死体を積み上げ、不死生物として使役し、ほとんど単独で周辺の魔獣種を駆逐されたお姿を……今も覚えております」
ほとんど単独で?
確かに、人数は言ってなかったけど。
レベッカは確かに、『ベテラン』なのだなと。
積み重ねた過去が膨大で、経験と共に、信頼を積んできたのだ。
私のように、戦争の幻のように現れ、いつか消えるべき存在とは違う。
「あれが、リベリット村の始まり。その後村長を務めましたが……全ては貴方のおかげです」
そして、微笑んだのが分かった。
「しかしお変わりのない姿で……私は、もうこんなにしわくちゃのじじいになってしまいましたが」
「正しく歳を重ねたのだろう? 私は、ただ手助けをしただけだ」
レベッカも微笑む。
そして彼の手に、自分の手を重ねた。
褐色でしわだらけの大きい手と、白くすべすべで小さな手。
同じ時を重ねても――彼女は時に取り残され、彼は正しく歳を重ねた。
しわに埋もれるような目に、涙が滲む。
「お会い出来て……よかった……」
「ああ。私も、あの時代を生きた者にそう言ってもらえると、嬉しい」
でもきっと、それだけだ。
私には、どちらの手も、美しく見えた。




